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石田恵海とひらばるれなの「ぺちゃくちゃ交換日記」石田恵海とひらばるれなの「ぺちゃくちゃ交換日記」

彼女の記憶の旅

石田 恵海 │ 2021.06.15

リモートで仕事ができてしまう昨今、ばるさんはじめ多くの人が自然を渇望して、移動をはじめている空気、すごくわかるなーと思いながら見ています。
Terroir愛と胃袋の離れにある小屋を「café yusan」にして、1カ月ちょっと経ったのだけど、こちらにも「移住を考えて物件を見に来た帰りです」なんていうお客さまも多いし、移住者も増えている印象です。

さて、今日はそのカフェで起きた一瞬の話。

café yusanは、店内やピクニックでコーヒーを楽しめるほか、八ヶ岳作家の作品や食品、フェアトレード、エコロジーを大切した雑貨なども扱う週末だけ開けているカフェ&雑貨店で、お店は10代のスタッフに任せています。
そのスタッフがつくった商品POPを見て、「写真を見ればわかることを言葉にするな。写真の背景にある物語を言葉にしろ!ってライター時代、よく言われたなー」と言った瞬間、脳みそがすーっと時空を超えていきました。不思議な感じでした。

わたしの編集ライター全盛期の先輩に、キャプション(写真に付ける解説文)の名人がいて、彼女は100文字あるかないかの短文の世界で、よくぞここまで!という内容を書いていました。そのキャプションからいつも彼女の取材力の深さを感じていたから、キャプションとは記事の本文中では書き切れない物語のエッセンスを注入するもので、記事の本文に書いている内容とかぶる内容や、ましてや写真を見ればわかることを表現するのはナンセンス! そう学んできました。

だからなのだろうか。スタッフがつくった商品を見ればわかる内容が書かれたPOPを見て、キャプションの師匠である彼女の記憶が走馬灯のように流れ出したのでした。

彼女が書いたあの雑誌のあの特集記事のあのキャプションに唸ったこと。宮下公園脇にあった屋台で深夜よく一緒にすすったラーメン。会社に泊まる時は誰よりも先に寝ていたこと。静岡の蕎麦屋に一緒に行った大晦日……。彼女との数々の思い出が流れ、そして越前から小松空港へと走る車のなかで彼女の訃報を聞いたこと。そのときにずっと見ていた真っ白に吹雪く雪の景色が現れたところで、時は現代へ。涙がすっと流れ落ちました。この時空を超えた旅は、本当に一瞬の出来事でした。

彼女はいまのわたしよりも若いころに病気で亡くなっています。でもこうして、何かの拍子で不意にわたしのなかから出てくるということは、彼女の存在がわたしがわたしらしくあるための血や肉になっているということなんだなぁ。そんな理解をしました。

いまの自分を支えているのは、過去の若い自分。これはわたしが好きなフレーズなのだけど、若いころに感動したり、キズついたり、夢中になったりした経験が肥やしになって、若くないいまの自分を支えているんだなと最近富に実感します。その肥やしのなかにはたくさんの人との出会いが必ずある。彼女から学んだものがスタッフに伝わっていくように、それは生物の多様性や自然環境の循環によって、ゆたかな土壌がつくられるのと、どこか似ている気がするのです。

春蝉の鳴く声を聞きながら、彼女の記憶の旅をもう一度反芻しようと思います。

ぺちゃくちゃ交換日記
-都会と田舎でそれぞれ子育てしながら暮らす、ふたりのワーキングマザーの七転八倒な日常を綴る日記-

2021.06.15 エミ 彼女の記憶の旅
2021.06.01 ばる 体験する自然と日常の中の自然
2021.05.14 エミ 子育て新章
2021.05.01 ばる 好きを耕す
2021.04.14 エミ 「もっと、わたしたち」計画
2021.04.01 ばる ふるさとの挑戦
2021.03.15 エミ ものがたりと知性とユーモアと
2021.03.01 ばる 卒園とハハ友
2021.02.15 エミ 過去にとらわれず、成長を恐れず、歳をとる
2021.01.05 ばる おこだわり! 
2021.01.15 エミ ご無沙汰してます! Twitter
2021.01.05 ばる 2021
2020.12.15 エミ わたしたちがレストランで在ること
2020.12.02 ばる 次の人たちに
2020.11.16 エミ 開拓者魂たちの気配
2020.11.03 ばる 紅葉と体験を探しに
2020.11.02 エミ 秋深まり、田んぼにのぼり⁉

交換日記は月のはじめと真ん中頃に往復する予定です。

研究員プロフィール:石田 恵海

つくるめぐみ代表
得意なテーマは自ら実践する「田舎暮らし」「女性の起業」「自由教育」。八ヶ岳ガストロノミーレストラン「Terroir愛と胃袋」女将であり、「自分らしい生き方」などをテーマとした編集・ライターでもあり、三兄弟の母でもあり、こどもたちをオルタナティブスクールに通わせている。「誰もが、オシャレしてメシ食って恋して仕事して、最期まで自分を生きられる、自立した社会づくりに貢献すること」を理念に活動。2020年より古民家一棟貸しの宿、棚田を愛でながらコーヒーを楽しむカフェ・ギャラリーも開業する。
Terroir 愛と胃袋

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