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第16回: 夫、妄想殺人事件!

石田 恵海 │ 2018.09.12

第15回

深夜、珍しく集中して一気にこのコラム原稿を3分の2近く書き上げたあたりで、寝室の三男から「おっぱい」が呼ばれました。一気に書けたという軽い達成感もあるし、今夜はここで終わりにして明日仕上げよう!とうっかりパソコンのデスクトップに原稿を保存してしまったのが運のつきでした。

翌朝、パソコンの電源を入れてもうんともすんとも言わず、走馬灯のようにクラウドに保存していないデータは何があったのかと記憶の波がざーっと寄せたと思った途端、一気に干潮へ。悪寒! メーカー修理に出すもののマザーボード交換の刑で、1週間後、私のパソコンは生まれたての赤ん坊のようになって帰ってきたのでした……。

3月に起きたこのショックからまったく立ち直れず、かといって同じ内容の原稿を書く気力も、また時期もズレてしまい、なかなかよいしょ!と気持ちが起き上がれずにいる春を過ごしていると思っていたら、ごめんなさい。夏が終っていました。

長男のクラスでは妖怪をテーマに調べものをしたり、演劇をしたり、こんな怪奇ぜんさいをつくってお祭りで販売したり、楽しんでいる(左)。次男、5度目の入園式にて。「ザ・男子」に拍車がかかっている(中央)。歯が上下で4本生えて、大好きなとうもろこしをリスのような風情で器用に、でもわやくちゃにしながら食べる三男(右)

その間に、長男は小学校2年生に進級し、木工大好き少年で、1年生ではものづくりや古民家改修を行うクラスに入っていた彼は、何があったのか、演劇を中心に行うクラスを2年では選択しており、先日は「地蔵」というハマり役をこなしていました。

次男は一日を森で過ごす保育園に、通算5度目の転園をして、彼のそのままを受け入れて愛してくださるお友達や先生方とイキイキと毎日を過ごしています。家では常に上半身裸の南国少年のようで、背中は真っ黒焦げに日焼けして、野生児としてますますパワーアップしています。

三男は7月で1歳になり、八ヶ岳ハイシーズンの8月から次男と同じ保育園に通いはじめて、元気に森の中をハイハイ(時々つたい歩き)して楽しんでいるようです。よって、私も久しぶりに制服に袖を通してホールに立ったり、そしてこの原稿にも着手できる時間ができたというわけです。

そして、夫はというと……。

夫亡き後の日々を妄想して

この春、亡くなりました。なんていって、驚かせてしまってすいません! 夫の死は私の脳みそのなかでの出来事です。でも実際に、亡くなったらどうしようと心底心配したのでした。

2月くらいからでしょうか。お向かいさんや常連のお客さまなどから「シェフ、だいぶやせたわよね。大丈夫? 病気?」と小声で聞かれることがたびたび続きました。えっ? 夫、そうなの? 最近ちょっとやせたなと思ってはいたけれど、これって病気なのかな?  あまりに聞かれるので、私も不安になってきたのです。

しかも、夫は「病は気から効果」の高い人で、子どもが風邪をひいたりして、伝染るかもと思うと本当に伝染る率が高いので、みなさんの「大丈夫? 病気なんじゃない?」なんていう声を聞いていたら、本当に病気になってしまって、あっという間に重病人になって、私より先に逝ってしまうー! そんなことになったらどうしよう、と。

そうだ! 市から健康診断の案内が来ていたな。私も産後1年以内だし、今年の参加はいいやと思っていたけれど……とネットで市の健康診断についての情報をチェックしてみると、近日開催される地域が近いことがわかり、すぐさま市の健康増進課に電話をして参加の手配をしました。「オレだけ参加なの?」と夫が嫌がるかもしれないから、夫婦で参加することにしました。

もしも何らかの病気だった場合、健康診断をしたからといって治るわけではないのだけれど、漠然と病院に行くよりは、健診である程度、病らしき部位を見つけてから病院に行ったほうがいいだろうという判断でした。それでも、健診までの2週間ほどは気が気ではなかったのです。

実際、顔色も悪い気がする。ガンかもしれない。若い時のガンは進行が早いと聞くし……。実際、叔父が40代の頃、ガンで亡くなっているので、年齢や残された男兄弟の子どもたちなど、夫とかぶりました。

そしてついに私は夫を殺しました。私の脳みそのなかで。

毎晩、夫のいない世界を想像して、布団のなかで泣きました。日中はそういう想像をしないでいられるのに、なぜか夜になると、いらん想像してしまって涙があふれ、なかなか眠れない日が続きました。

でも泣いてばかりはいられないと、夫死後、どうやってこどもたちを食わせていこうかと事業について考えはじめました(ここらへんが起業家体質かもしれません)。

レストランは夫の技術や味があってこそのお店なので、夫以外のシェフを探してきたところで、「Terroir愛と胃袋」のコンセプトやフィロソフィーを崩すことなく、クオリティを維持しながら継続するのはものすごく難しいだろう、ということは容易に見当がつきました。

かといって、じゃあ、レストランをたたむかと考えても、すぐには答えが出ませんでした。こればっかりは実際に夫が亡くなったとしても、きっとすぐには答えが出ないだろうと思うのです。きっとジタバタする。だから、いったんレストランが事業として沈むのは見えました。レストランが沈んでも、続けられる他の事業がないといけない。

編集・ライターの仕事があるじゃないかと思うかもしれないですが、独身時代のように寝ても覚めても好きで好きで仕事をして、しっかり稼いでいた頃と同じように仕事をしていたら、子育てがままなりません。編集・ライター業は事業全体の年商の1割も満たしていないのが現状ですから、そこから仕事関係の知り合いの多い東京の企業に営業努力をして仕事を増やしていくには時間がかかります。

そこで、お店のナナメ向かいにある古民家をお借りして、当初、オーベルジュ(泊まれるレストラン)として予定していた宿泊業にやっぱり着手しようと決意しました。しかも、善は急げと、実際に空き家となっていた古民家を管理されている方に連絡を取り、お借りする承諾まで取ってしまいました。

あれほど夫のいない世界を想像して泣いていた私だったのに、新事業を考えはじめて楽しくなっている自分に気づいたのでした。わはははははっ!

古民家再生のアイデアを考えた結果、原点に戻る

そういうわけで、来春、古民家一棟貸しの宿のオープンを目指し、計画がスタートしました(妄想ではなく、これは本当の話です)。ただ、この事業は勢いではじめた計画ではなく、前々から考えているなかで、夫の死が(死んでないけど)、私の背中を押したということです。

私たちが暮らす地域はもともと宿場町で、趣のある古民家も数多く残されています。ですが、空き家も多いのが現状で、空き家のままの状態が続けば、家の状態も悪くなっていきます。放っておいていつか取り壊すという判断になるよりも、古民家の魅力をそのまま残した改修をして日常的に使っていくことで保存するほうがいいのではないか。そう常々思いながら、時々、集落にある古民家を眺めながら散歩をしたりしていました。

ご縁あって、現在、古民家でレストランをすることになったわけですから、古民家を生かすことをひとつの軸に置いた事業展開をしていってもいいのではないか。そんなふうに考えるようになった時、ナナメお向かいの古民家におひとりで住まわれていたおばあちゃんが高齢者施設に入居されることになり、空き家になりました。それが昨年末のこと。

自宅のソファで三男に授乳していると、ちょうどそこからその古民家の屋根裏の窓が見えます。そこで授乳をしながら目線の先にある古民家を見ていると、その建物が私を手招きして呼ぶようになりました。実際にはもちろん手招きしていないのですが、「こっちこーい! こっちこーい!」と呼んでいるように感じはじめたのです。

この建物を大切に活用するいいアイデアはないだろうか。当時は、現在レストランをしている古民家を改装して宿泊業もいずれしようという考えが頭にあったので、ナナメお向かいの古民家は別の使い方がいいのではないかと模索していたのです。

たとえば、お隣の長野県富士見町には「富士見 森のオフィス」という素敵なコワーキング施設があるのですが、北杜市にはそれに近い施設はありません。ここでそんなスペースをするのはアリだろうか? そう最初は考えたのですが、それにはもうちょっと広さが必要に見えました。

そうしたら、オーベルジュとは別の庶民的なゲストハウスだろうか?とも考えました。しかし、この古民家に何組ものお客さまが出入りするような宿泊施設というイメージがつきませんでした。また、もともと1日1組限定のオーベルジュをしようと考えたように、どちらかというとフェイス・トゥ・フェイスで一組ごとにていねいなお付き合いをしていく事業のほうが自分たちには向いている気がして、それにゲストハウスは自分たちのプライベートな領域と、ゲストの領域が親密に入り混じるイメージがあって、そもそも私たちには上手くやれる自信がありませんでした。

作者家族近影。古民家一棟貸しを学びに家族で泊まった笛吹市芦川町の「LOOF」さんの古民家前にて

そんな時、女性起業家支援をしている友人に「一棟貸しにしたら?」というアドバイスをもらいました。レストランのある古民家で宿泊業もしようと考えつつも、水回りの設備やプライベート感の演出など難しそうだと課題に感じていたことが、「別棟で1日1組の宿泊をする」ということで一気にクリアできるじゃないかと目の前が晴れわたったのです。それでもやっぱり新しい事業に着手するには、よいしょっと腰を上げるエネルギーがいるもので躊躇していたのです。

そんな時に夫が亡くなり(何度も言いますが、私の妄想です)、やっぱり古民家一棟貸しをやろう!と動き始めたのでした。

古民家一棟貸しをするということはまた借金をするということでして、そこが一番考えると気が重いところです。金融機関がお金を貸してくれて、この地域の班長さんの承諾を得られれば(宿泊業は地域の理解が大切なので)、なんとか事業をはじめられると思うので、また事業計画書を書く日々がはじまります。次回コラムで、古民家一棟貸しの話を完全スルーしていたら、どうぞ察してやってください(笑)。

当初、このMAZE研コラムは「開業」という言葉がタイトルに入っていたのですが、開業してしまったので、「開業」という言葉を取りましょうかということになったのですが、なんだかまた復活してもいいんじゃないかという様子です。

ディナーをツールに北杜のステキをアピールしたい

実は、古民家一棟貸し事業の準備のほかに、「Dining Hokuto」というイベント企画もはじめているのです。北杜市は、自然の豊かさだけでなく、歴史や文化を感じる建物など、ごちそうともいえるような風景がたくさんあって、こういった絶景のなかで、美味しい料理を楽しめたら、とっても贅沢で特別な時間を過ごせるのではないだろうかと。「ディナー」をツールに北杜市のステキをアピールするプレミアムなツアー「Dining Hokuto」を考えたのでした。

我が家では「そうめん」といえばセットで「流す?流さない?」と聞くくらい流しそうめんは日常的。こちらは流さないほう(左)。竹の節をかなづちを使って取る作業もお手のもの。三男も参加意識高め!(中央)。夏休みに都心よりやってきた男子たちと仲良くなり、男子だらけのW流しそうめんを決行!(右)

その第1回を10月6日・7日に開催する予定で、現在その準備にも追われています。第1回は北杜市が誇る癒やしと神秘の秘境の里「増冨」というエリアです。

増冨はラジウム温泉が有名な湯治場で、みずがき湖や霊山の瑞牆山(みずがきやま)など絶景ポイントがたくさんある場所で、北杜市に暮らす私でさえも、増冨に行く時はいまだに毎回わくわくしちゃうくらいの絶景と空気感があるんです。その空気感をつくる瑞牆山を圧倒的存在として感じられるみずがき自然公園を舞台にしたディナー、宿泊はもちろん増冨ラジウム温泉が楽しめる宿。そこでは正しいラジウム温泉の入り方を宿の女将からレクチャーを受けて入ることができます。翌朝は神秘的な森のトレッキングなど、「癒やしと神秘の秘境の里」を堪能するにふさわしいツアー内容になっています。おいしい景色でおいしいお料理を味わいたい方、ぜひいらしてください!

Dining Hokuto

こういった会を年2回ほど開催したいなぁと考えていて、まだ第1回さえ開催前だというのに、第2回の開催を3月に決め、会場も決定。こうやって何を伝えたいか、誰と一緒に組んだらそれが実現できて、素敵な会になるかと企画していくプロセスは編集業とまったく同じで大好きな仕事。だからこそ、わくわくしながら取り組めるんだろうなと自分のことを推測します。そんな夫婦で実現したいことがまだいっぱいあるので、ビジネスパートナーでもある夫に死なれては本当に困るのです(脳内で殺しておいて、どの口が言うのか!ですが)。

そうそう! 実際、健康診断の結果はどうだったのか。健診から1カ月後に届いた結果を見て、夫婦でのけぞって笑ってしまいました。あんなに「痩せちゃって、大丈夫? 病気じゃないの?」とみなさんに散々心配されていた夫だったのに、なんと診断書にはこう書かれていました。軽い肥満。……おあとがよろしいようで。

石田 恵海(いしだ えみ)

1974年生まれ。ビオフレンチレストランオーナー&編集ライター
「雇われない生き方」などを主なテーマに取材・執筆を続けてきたが、シェフを生業とする人と結婚したおかげで、2011年に東京・三軒茶屋で「Restaurant愛と胃袋」を開業。子連れでも楽しめる珍しいフレンチレストランだと多くの方に愛されるも、家族での働き方・生き方を見直して、2015年9月に閉店し、山梨県北杜市へ移住。2017年4月に八ヶ岳ガストロノミーレストラン「Terroir愛と胃袋」を開業した。7歳と6歳と1歳の3男児のかあちゃんとしても奮闘中!
Restaurant 愛と胃袋


第1回:ハロー!新天地
第2回:熊肉をかみしめながら考えたこと
第3回:エネルギーぐるり
第4回:「もっともっとしたい!」を耕す
第5回:「逃げる」を受容するということ
第6回:生産者巡礼と涅槃(ねはん)修行
第7回:「ファミ農」、はじめました。
第8回:東京から遠い山梨、山梨から近い東京
第9回:土と水と植物と身体と
第10回:自立と成長のこどもたちの夏
第11回:自分らしくあれる大地
第12回(前編):今年は引越・入学・転園・開業・出産!
第12回(後編):今年は引越・入学・転園・開業・出産!
第13回: 素晴らしき八ヶ岳店スタート&出産カウントダウン!
第14回:出産から分断を包み込む
第15回:味噌で、映画で、交わる古民家
第16回: 夫、妄想殺人事件!

研究員プロフィール:石田 恵海

つくるめぐみ代表
得意なテーマは自ら実践する「田舎暮らし」「女性の起業」「自由教育」。八ヶ岳ガストロノミーレストラン「Terroir愛と胃袋」女将であり、「自分らしい生き方」などをテーマとした編集・ライターでもあり、三兄弟の母でもあり、こどもたちをオルタナティブスクールに通わせている。「誰もが、オシャレしてメシ食って恋して仕事して、最期まで自分を生きられる、自立した社会づくりに貢献すること」を理念に活動。2020年より古民家一棟貸しの宿、棚田を愛でながらコーヒーを楽しむカフェ・ギャラリーも開業する。
Terroir 愛と胃袋

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