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このコラムを書かせていただいて、ちょうど1年が経ちました。ということは、山梨に移住して1年が経ったということになります。そして1年にしてやっと、「我が家の開業ストーリー」のコラムタイトルにふさわしく、開業について書ける段階に入りました。お待たせ!(笑)
だいたい月に1回くらいのペースで連載させていただいていたこのコラムを11月12月とお休みいただいていたのも、実は具体的な開業準備に入り、今年4月にお店をオープンすることが決まりました。
しかも、山梨に移住を決めた最大の理由でもある「南アルプス子どもの村小中学校」への長男の入学内定や、私の妊娠が11月にわかるなど、2017年は引越し・入学(長男)・転園(次男)・開業・出産……と、もはや11月の段階で2017年は激動の年を送ることが確定!
と、短い行数に情報激盛りでぶっこんでみました。どこからお伝えしたものか……ですが、さかのぼりながら順繰りにお伝えしていきたいと思います。
資金を得るため計画書づくりに没頭
11月、私は寝ても覚めても事業計画書をずっと書き続ける日々でした。それもあって、このコラムをお休みさせていただきました。
実は昨夏、北杜市商工会が開催する「創業サークル」という、事業をはじめたばかりの方や新たに事業をはじめる方向けの全5回セミナーに参加しました。
かつて私は編集ライターとして、こうやって各地の商工会(商工会議所)が開催する「創業塾」を取材して記事にしたり、事業計画書の書き方についてのノウハウ記事を書いたりといった側にいました。当時はまさか、自分がそのセミナーの参加者になったり、自分の事業で計画書を書く側になるとはつゆとも考えたことはありませんでしたが、あらためて自分が当事者となって計画書の作成を学ぶことはとっても新鮮で、非常に勉強になりました。
三軒茶屋のお店を閉めた後から、もう数え切れないくらい売上予測やら損益予測などを立てて事業計画書を書いてきたのですが、予測でしかないものを立てるのは正しいのかどうなのかもわからないし、正直もう飽き飽きなところがあったのですが(笑)、創業サークルで基礎から学んだことで新鮮な気持ちで、事業を見直す素晴らしい機会となりました。
では、なぜ11月に事業計画書をガッツリ書いていたかというと、山梨中央銀行基金が実施されている地域経済の活性化に寄与する事業に助成金をいただける応募の締め切りがあったから。と同時に、お店となる物件とその改装をお願いできる工務店さんが確定し、オープンまでのスケジュールが見えました。そうなると、具体的な数字もリアルに見えてくる。事業計画書に向かう意欲がこれまでと全然違っている自分に気づきました。
今まではなんだか手探りで書いているようなところがあったのですが、書いている自分自身に対しても説得力がある地に足の着いた計画書が書けている自信が不思議とありました。
無事、計画書は山梨中央銀行基金の応募期日に間に合い、封筒に事業計画書と「採択されますように!」という念を入れて送りました。結果は1月末に出る予定ですが、これを採択していただけないと、予算が足りなくて、もうひとひねり作戦を練らないといけません。どうぞみなさんからも念を送っていただけますと幸いです。
そして、同じ事業計画書を日本政策金融公庫から融資を得るために提出したのですが、今まで別の物件の際に金融機関に相談しても、どうもしっくりこなくて先に進まないところがあったのに、今回はびっくりするほどスムーズ。しかも、計画書の内容を担当者さんが褒めてくださるほどで、2回の面談だけで決裁が出て翌週には融資が下りるスムーズさで、今までの苦労は何だったのだろうかと、正直ポカンとしてしまいました(笑)。
こちらに移住して1年で見聞きしてきた経験や地域の方との交流、そしてお店をすることになった古民家との出合いがいいかたちで結びついて、ひとつの指標である事業計画書に落とされていたのかもしれません。
かつて栄えた宿場町に光を灯したい!
さて、その古民家についてです。昨夏、日々、物件探しに苦戦している私たちを見かねた生産者さんから素敵な古民家を紹介いただいた話は、チラリと前回書きましたが、それまで何軒も古民家の物件を見てきましたが、これほど立派で状態の良い古民家は出合ったことがなく、天井の高さや梁の素晴らしさは息を呑むほどでした。はじめてその古民家に訪れた時は、建物の存在感に圧倒されて思考停止になったのを覚えています。素晴らしすぎて逆に引く、とでも言うのでしょうか。
私たちがこの古民家を選ぶのではなく、この古民家が私たちを家主として選んでくれるかどうかではないか。そんな気さえする存在感のある家なのです。
その家をお借りできることになったのはいいのですが、改装をお願いしようと相談した建築家さんから建物が大きいので管理がとっても大変だから考え直したほうがいいと言われ、悩みました。
しかし、調べるととっても歴史ある建物だということがわかったのです。その古民家がある場所は「長澤宿」と呼ばれ、甲州街道と中山道を結ぶ「佐久甲州街道」にある甲州最後の宿場町。そしてその古民家は、人や荷物などを運ぶために人馬を用意し、佐久までの物流を担っていた「問屋(といや)」という重要な役割りだったことを知ります。
江戸時代、長澤宿は関所でもあったため、かつては人の往来で栄えた地だという記録が残されているらしいのですが、今では山間の谷にある小さな集落で、かつての面影といえば元問屋だったこの家と数軒、古民家が残っているだけ。今ではそこに暮らす人の多くがお年寄りで、空き家も増えていると聞きます。
当時の繁栄をこの集落に取り戻したい、とまでは思いません。だけども、ざわざわと人が往来したことがわかるこの出合ってしまった建物に、かつての活気を取り戻してあげたいと私たちは思いました。
そこで、この古民家でお店をすることに反対の建築家さんを断り、築170年近いこの古民家をさらに長く保つためにと考え、トレーサビリティのしっかりした無垢の国産材を使用し、天然・低温乾燥することで防虫のための農薬散布を行わないことや、昔暮らしや自然と共生する家づくりにこだわっていらっしゃる八ヶ岳の工務店さんアトリエデフさんに相談。デフさんは古民家改修もされているので、古民家ならではの寒さ対策などご提案がシンプルで素晴らしく、デフさんにお願いしようということに。そこから大家さんと物件の契約のお話を進めたのが、10月の終わりのころ。2017年4月オープンを目指した改装工事がはじまりました。
この古民家の横には、古民家のオーナーさんのご姉弟がかつて暮らされていた現代的なお家があり、現在は他の方に貸されていたのですが、私たちがこの古民家で事業をするにあたり、ありがたいことに私たち家族が住まう家として貸していただけることに。お店のオープンのタイミングで、自宅を引越すこと、次男の保育園の転園が決まりました。ひとつ事が運ぶと、数珠つなぎのように動き出すものですよね。
そこから、助成金や融資確保のために本気の事業計画書づくりをはじめた頃、こどもを授かったことがわかったのでした。
おへそから見える赤ちゃん
以前、このコラムでも書きましたが、私は7月にも子どもを授かったのですが、残念ながら授かって7週でお腹の子は亡くなってしまいました。それだけに11月にまたこどもが授かったとわかっても、また亡くなってしまうのではないだろうか、今度はちゃんと成長しているだろうか、元気なんだろうか、と。つい先日、12週の健診の際にエコーで見えた我が子が、人とわかるかたちに成長していたのを見るまで、ホッとできない不安感でいっぱいでした。
とはいえ、うちのこどもたちは私に赤ちゃんが授かったことをとっても喜んでいて、私のおへそからお腹の中をのぞいて「寝てるよ」「おなかチョンチョンしてるよ」「あっ! 今おしっこしたよ」とフツーの顔で教えてくれる。なんだか、お腹の中に近い彼らなら本当に見えているのではないかと思えるのです。いつだったか、長男がおへそからのぞいて「赤ちゃん、元気だよ」というので、「ヤッター!」と私が飛び上がったら、「赤ちゃん元気だと、ママが元気だな」と言われ、ホントそのとおりだと思いました。
時折、「あかちゃん、今なにやってる?」とこどもたちに聞いては、中の人の様子を教えてもらいつつ、ふたりがお腹の中にいた頃のお話を聞いたり、ふたりが産まれてきてくれた日のお話をしたり。妊婦でいられる限られた時間を楽しんでいます。
中の人が産まれてきてくれるのは7月末。順調に4月にオープンできたとしたら、一番の繁忙期にこの世に誕生することになりそうです。かつての私だったら、なんでこんな大変な時期にできちゃったんだろうと我が身を呪ったかもしれません。 ですが、くしくも3人目の子が亡くなった7月に、4人目となるお腹の子が産まれてくるのは何かの巡り合わせかもしれませんし、きっと何かしら意味があってこの時期に産まれてくるのだろうと考えています。
命は奇跡。そう思うと、まだまだ油断はできませんが、お腹のなかには希望があるんだ。そんな気持ちで大切に抱えています。
後半では、山梨に移住を決めた最大の理由でもあり、母親してる方によく聞かれたりもする「南アルプス子どもの村小中学校」について書きたいと思います。
石田 恵海(いしだ えみ)
1974年生まれ。ビオフレンチレストランオーナー&編集ライター
「雇われない生き方」などを主なテーマに取材・執筆を続けてきたが、シェフを生業とする人と結婚したおかげで、2011年に東京・三軒茶屋で「Restaurant愛と胃袋」を開業。子連れでも楽しめる珍しいフレンチレストランだと多くの方に愛されるも、家族での働き方・生き方を見直して、2015年9月に閉店し、山梨県北杜市へ移住。2017年4月に八ヶ岳ガストロノミーレストラン「Terroir愛と胃袋」を開業した。7歳と6歳と1歳の3男児のかあちゃんとしても奮闘中!
Restaurant 愛と胃袋
第1回:ハロー!新天地
第2回:熊肉をかみしめながら考えたこと
第3回:エネルギーぐるり
第4回:「もっともっとしたい!」を耕す
第5回:「逃げる」を受容するということ
第6回:生産者巡礼と涅槃(ねはん)修行
第7回:「ファミ農」、はじめました。
第8回:東京から遠い山梨、山梨から近い東京
第9回:土と水と植物と身体と
第10回:自立と成長のこどもたちの夏
第11回:自分らしくあれる大地
第12回(前編):今年は引越・入学・転園・開業・出産!
第12回(後編):今年は引越・入学・転園・開業・出産!
第13回: 素晴らしき八ヶ岳店スタート&出産カウントダウン!
第14回:出産から分断を包み込む
第15回:味噌で、映画で、交わる古民家
第16回:夫、妄想殺人事件!
つくるめぐみ代表
得意なテーマは自ら実践する「田舎暮らし」「女性の起業」「自由教育」。八ヶ岳ガストロノミーレストラン「Terroir愛と胃袋」女将であり、「自分らしい生き方」などをテーマとした編集・ライターでもあり、三兄弟の母でもあり、こどもたちをオルタナティブスクールに通わせている。「誰もが、オシャレしてメシ食って恋して仕事して、最期まで自分を生きられる、自立した社会づくりに貢献すること」を理念に活動。2020年より古民家一棟貸しの宿、棚田を愛でながらコーヒーを楽しむカフェ・ギャラリーも開業する。
→ Terroir 愛と胃袋