東京・三軒茶屋から八ヶ岳に家族で移住してきた石田恵海と申します。などと、もう一度、自己紹介からはじめたほうがいいのではないかと思うくらい、ご無沙汰してしまいました。すいません。
「どこまで私、人生書いたんだっけ?」と前回自分が書いたコラムを読み直したら、具体的な開業準備に入った段階で止まっていました。「開業日記」と冠のついたコラムの名にかけて、重ね重ねすいません。
さて、どこから書こうか、と考えると気が遠くなるので、何を書こうか、と考え直す。考えあぐねた結果、やっぱりはじまりの「レセプション」のお話を書きたいと思います。
心で泣いた三茶スタート、心から泣いた八ヶ岳スタート
かつて三軒茶屋のお店がはじまった2011年9月7日のレセプションの日を、きっと私は忘れることができません。うれしかったから、ではなく、さみしかったからです。
はじめてのお店開業、私たちはたくさんの方に、オープンのお知らせとレセプションのお誘いを記載したハガキを送りました。それがまず間違っていました。
お店のオープニングとなるレセプションパーティ、この方は確実に来てくださるだろうと思っていた方は思った以上にいらっしゃらず(もちろん、来ていただいてうれしいお顔もたくさんありましたが)、逆に「この方、どなただろう?」という方が友達を大勢連れていらしていたり、小さな三軒茶屋の店の半分以上は知らない方で埋まっていたのでした。
「ねぇ、ねぇ、○○さん、いらっしゃらなかったね。なんか知らない人ばっかりだね」。夫にそう言うと「レセプションなんてそんなもんだよ」と寂しそうに言っていた横顔は忘れられません。
もちろん、「この方、どなただろう?」と思うようなご縁の薄い方をご招待した私たちが間違っていたのです。自分たちがこれからはじめようとしている大切なお店のはじまりをどんな方にお知らせしたいのか、お店づくりのお礼をしたいのか。そもそも私たちはレセプションパーティをどう考えるのか、ということ自体、考えていなかったのでした。
当然ながら、レセプションにタダ飯を召し上がりにいらした知り合いの知り合いの方々は、三軒茶屋で営業していた4年間のうち一度もその後、お店にいらしてくださったことはありません。
そこから6年の時を経た2017年4月15日、新たな門出となるレセプションパーティを開きました。
本当はご招待して、門出をいっしょに祝っていただきたい方は東京にも関西にも東北にも北海道にも九州にもたくさんいました。ですが、今回は私たちがこれから地域でお店をかたちづくっていくのに欠かせない山梨の大切なパートナーの方にしぼって、ご招待させていただきました。
レセプションパーティのはじまり、集まってくださった60名近い方々を前に、あらためて夫が八ヶ岳に移住した経緯やお店づくりのことなどを話しました。この日の夫はとっても饒舌でした。それはもう、結婚式の時になぜこれくらい話せなかったのか!と思うくらいに(笑)。
次は私が話す番でしたが、もう私は何も話すことがないくらいに夫が話してしまっていました。何を話そうかな。あ、そうだ!と「三軒茶屋で6年前にお店を開いた日は雨が降っていました」と三軒茶屋でのレセプションの日のことから話そうと、顔を上げてそこに集まってくださっている方々のお顔を見た瞬間、涙があふれて、それ以上、お話ができなくなってしまいました。
なぜなら、そこには知らないお顔がほとんどいなかったからです。はじめてお会いする方は、もれなくお店づくりでお世話になった方の妻や夫など大切なパートナーの方たちでした。
私たちの山梨移住や開業の支えになってくださった方、物件探しを手伝ってくださった方、文字どおりお店づくりをしてくださった工務店の方々、お皿や看板、のれんなどお店の彩りに欠かせない備品や設備などを製作してくださった地元の作家の方々、コンセプトである「テロワール(その土地ならではの味わい)」を担ってくださる地元の生産者の方々……。いらしていただきたかった方しかそこにはいない。
これからここに集まってくださった方々と力を合わせて地域を盛り上げ、八ヶ岳の魅力を発信していくんだと思うと、込み上げてきたものを止めることができませんでした。
古民家のご先祖さまたちに仕組まれた店!?
この日、私たちにはうれしい風景がたくさんありました。ゲストの方同士が実は同じ中学校出身だったと盛り上がっていたこと。大ケガをした近くでゲストハウスをつくっている八ヶ岳仲間の新田さんが顔を出してくれて、その生還をみんなが喜んでいたこと。おもしろ生産者さんの宇宙農民さんがセルフビルドでクラフトビールの醸造所「うちゅうブルーイング」をいよいよはじめられることを話していたこと。同世代に近い八ヶ岳仲間は夢を語っていました。
そして、その両親世代にあたり、30年以上にわたって八ヶ岳を盛り上げてきてくださって、今なお現役の古民家のオーナーの輿水さんと同世代である自然栽培生産者の八巻さん、酒屋さんの久保さん、川魚専門店の大柴さんは、しっかり飲んで酔っぱらいながら思い出話を語っていました。
さらに、私たちや同世代八ヶ岳仲間のこどもたちは、古民家の庭やだだっ広い畳の間で、笑い転げ回るように遊び倒していました。
私たちがこれからお店をさせていただく古民家を守り続けてこられた、仏間に飾られた代々の方のお写真を見上げると、どこかこの3世代がそれぞれ盛り上がっている様子をご先祖さまたちが喜んでいるように私には見えました。
くしくも、私たちのお店のコンセプトのなかには「3世代で楽しめる外食の場」というのがあります。そう思うと、以前このコラムでも書きましたが、私がこの古民家を選んだのではなく、この古民家が私たちを選んでくれたのではないか。ご先祖さまたちに仕組まれた開業なのではないか。そんな気さえしたのです。
この日は間違いなく、一生忘れることのできない素晴らしい八ヶ岳のお店のはじまりとなったのでした。
出産カウントダウン! 目指せ、ビッグマザー!
そんな感動のお店のはじまりから3カ月が経とうとしています。ポテンシャルの高いスタッフに恵まれて、はじめての八ヶ岳ゴールデンウィークの死闘をみんなで乗り越え、1年で一番の繁忙期となる夏がやってきました。そして、出産の時期もやってきたのです。
まだお店がはじまる前、繁忙期に出産することにとっても不安でした。しかし、信頼する助産師さんに「それはお店を支えてくれる素晴らしいスタッフが入ってくる証拠だから、安心して出産と産褥期を迎えなさい」と言われました。そう最初に言われた時はホントかな?とまだ不安でしたが、ホントでした!
実は、3人目は胎盤の位置が低く、出産の際に赤ちゃんよりも胎盤が先に出てしまうので、それにより大量に出血する可能性や、胎盤が先に出ることで赤ちゃんがなかなか呼吸できない危険性があるため、自宅から車で1時間もかかる甲府にある病院で帝王切開で出産することが決まりました。
長男次男とも助産院で産んでいる私としては、助産院での自由でアクティブで、夫やこどもたちも立ち会える出産をとっても楽しみにしていました。なので、病院でのはじめての出産、しかも帝王切開が決定した時はショックが大きく、慣れない病院での医師との出産を打ち合わせのアポを決めるかのようなやりとりに、病院で出産する女性たちはこんなにもデリカシーのない医師の言葉を聞いているのかと憤ったりして、最終結果を受け入れるのに時間がかかりました。 しかし、出産というのは本当に十人十色で、スムーズに事が運ぶばかりではない。それを身を持って経験することは私の人生にとって必要に思えてきたのです。心配して連絡をくれた助産師さんからも「帝王切開だといつ産まれるか日が決まっているから、スケジュールを立てやすいでしょ。忙しいお店の状況を思って、おなかの子はきっとそれを考えて望んでいるのよ」、そんなふうに言われ、何かが溶けるように少しずつ現状を受け入れ、出産の日を迎えました。明日入院し、その翌日、出産予定です。
男子3人の母なんて、我ながらよく似合うなと思います(笑)。目指せ、ビッグマザー! 修行すぎる子育てと女将の道はまだまだ続きます。
第14回→
石田 恵海(いしだ えみ)
1974年生まれ。ビオフレンチレストランオーナー&編集ライター
「雇われない生き方」などを主なテーマに取材・執筆を続けてきたが、シェフを生業とする人と結婚したおかげで、2011年に東京・三軒茶屋で「Restaurant愛と胃袋」を開業。子連れでも楽しめる珍しいフレンチレストランだと多くの方に愛されるも、家族での働き方・生き方を見直して、2015年9月に閉店し、山梨県北杜市へ移住。2017年4月に八ヶ岳ガストロノミーレストラン「Terroir愛と胃袋」を開業した。7歳と6歳と1歳の3男児のかあちゃんとしても奮闘中!
Restaurant 愛と胃袋
第1回:ハロー!新天地
第2回:熊肉をかみしめながら考えたこと
第3回:エネルギーぐるり
第4回:「もっともっとしたい!」を耕す
第5回:「逃げる」を受容するということ
第6回:生産者巡礼と涅槃(ねはん)修行
第7回:「ファミ農」、はじめました。
第8回:東京から遠い山梨、山梨から近い東京
第9回:土と水と植物と身体と
第10回:自立と成長のこどもたちの夏
第11回:自分らしくあれる大地
第12回(前編):今年は引越・入学・転園・開業・出産!
第12回(後編):今年は引越・入学・転園・開業・出産!
第13回:素晴らしき八ヶ岳店スタート&出産カウントダウン!
第14回:出産から分断を包み込む
第15回:味噌で、映画で、交わる古民家
第16回:夫、妄想殺人事件!
つくるめぐみ代表
得意なテーマは自ら実践する「田舎暮らし」「女性の起業」「自由教育」。八ヶ岳ガストロノミーレストラン「Terroir愛と胃袋」女将であり、「自分らしい生き方」などをテーマとした編集・ライターでもあり、三兄弟の母でもあり、こどもたちをオルタナティブスクールに通わせている。「誰もが、オシャレしてメシ食って恋して仕事して、最期まで自分を生きられる、自立した社会づくりに貢献すること」を理念に活動。2020年より古民家一棟貸しの宿、棚田を愛でながらコーヒーを楽しむカフェ・ギャラリーも開業する。
→ Terroir 愛と胃袋