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人は在りすぎると、欲しない
思えば21年前、私が生まれ育った名古屋から東京へと上京した時、東京の何に対して憧れみたいなものを持っていたかというと、映画館や美術館がたくさんあることでした。
私が上京したのは21歳のころ。ゲージュツに触れたい盛りです(笑)。見たい単館上映作品があっても、名古屋では上映機会がなかったり、ミニシアターで上映されたとしても上映期間が短かったりして、見たい映画が見られないもどかしさをよく感じていました。美術館なんてもっとそう。見たい!見たい!見たい!と熱望する企画展が東京で開催されても、それが名古屋に回ってくることなんて稀……。
じゃあ、実際に上京して山梨に引っ越すまでの21年間、毎日映画三昧&アート三昧だったかというと、これがそうでもないんだな(笑)。東京は日本で一番映画館が多い都市ですが、“在る状況”に慣れてしまうと、そこが特別な環境だとは思わなくなるのですよね。
見たい映画があっても、まだ上映中だ→上映期間が終わっても、次はあっちの映画館でやるはずだ→それが終わったら、TSUTAYAでレンタルでいっか→そこからさらに、実際にDVDをレンタルして見るものってどれだけあるんだろうか? これって、映画に限った話ではないですよね。たくさん在ると、人は欲さない。
先日、どうしても見たい映画があって、東京まで行きました。森達也監督のドキュメンタリー映画『FAKE』です。この映画が上映される前から、私は上映を予定する全国の劇場情報をチェックし、さらに山梨県内の映画館各館のホームページを見て、先々までの上映スケジュールもくまなくチェックしてしましたが、山梨は残念ながらリストには入っていなかったのです。猛烈に見たい!
ちょうど、学生時代の恩師である三重県四日市のこどもの本専門店「メリーゴーランド」の増田喜和さんと、京都店の店長の鈴木潤ちゃんのふたりで品川で講演会をするのがわかりました。「メリーゴーランド」はこの7月7日で40周年を迎えるので、本当は記念すべきその日に三重県にあるメリーまで伺いたかったのですが、スケジュール的に難しく、どうしようかなと思っていた矢先の東京での記念講演だったのです。
そうだ! この講演会に行く日に『FAKE』を見ちゃおう! そうと決まったら、この日、東京でほかにできることはないだろうか。よし、髪切ろう! 東京生活21年間ずっと髪をカットしてもらっている方に予約を取りました。おっ、三宅洋平さんの「選挙フェス」が秋葉原で開催する。ラッキー! 彼を国会に送ることを私は切望しているので、雨で確実に減るフェス参加者のひとりになりたかったのでした。
もともと出不精すぎる私です。東京に暮らしていたら、1日に映画と美容院と演説会と講演会なんていうスケジュールを入れることはけっしてしなかったはずです。講演会だけで済ましたかもしれませんし、講演会すらも自分にいろいろ言い訳をして参加しない可能性のほうが高いです。でも、その日に東京でしかできない体験だと思うと、何の躊躇もなくスケジュールを組めたのでした。
私たちが暮らす明野は、中央線の韮崎駅が最寄り駅になるのですが、その韮崎から新宿まで特急あずさで1時間38分。自動車でも2時間くらいです。この時間を東京から山梨に行く時は遠く感じたものでしたが、山梨に暮らすと、東京まで2時間弱なんてむっちゃ近いじゃん!と感じるのでした。
都会から2時間で行ける田舎
「東京から2時間で行ける田舎」。実は、私たちはこれを大切にして山梨県北杜市を移住先に選びました。なぜか? カジュアルに行ける旅のなかに私たちのお店を入れてほしかったからです。
たとえば、新宿から箱根へ「ロマンスカー」で。東京から熱海・伊豆へ「踊り子号」で。「名古屋から伊勢へ「伊勢志摩ライナー」で。いずれもちょっと優雅な2時間以内で行ける特急の旅で、私自身も大好きなルート。
駅に隣接したデパ地下でお弁当やお惣菜、ビールやワインを買って車内に乗り込み、小さな宴会を開いていい気分になったところで目的に到着してくれる。前回書いたようなG発想のように、私がこの特急の旅にうっとりするのだから、きっと多くの人もそうに違いないと(笑)。
「特急あずさ」もこの部類に入るといえます。新宿から1時間30分~2時間乗って到着するのは山梨県北杜市です。しかし、東京で暮らしていた時、私たち自身が山梨を遠く感じていたように、箱根や熱海へ行く感覚と「北杜」「八ヶ岳」という地名の場所へ行く感覚は、ちょっと違うんじゃないでしょうか?
でもでも、いろいろ試しているのですが、東京で「どこにお住まいなのですか?」的なことを人に聞かれた時、「山梨」と回答すると、だいたい富士五湖近辺だと勘違いされて、「北杜」と言うと「どこそれ顔」。「明野」だと説明すると「へー顔」。「八ヶ岳の麓」と応えると「うっとり顔」をした揚げ句、「素敵!!」などと皆さん、おっしゃるわけです。
実験の結果、「八ヶ岳の麓と応えるのがベスト」という正解と導き出したのですが、「八ヶ岳」という響きにはめっちゃ遠い場所感が漂うんですよね。「いつか行ってみたいニッポン」みたいな(笑)。
また、こちらでは「山梨あるある」としてよく話されることですが、「山梨の冬はものすごく雪深い、と勘違いされている」というのがあります。実は私もこちらに来るまで勘違いしていましたが、雪が降るのはひと冬に2回くらいなのです。その雪深いというイメージが先行して、冬は観光客が激減してしまう、という大きな課題もあったりします。
「おいしい作物は現地で」カルチャー広げたい
一方で、春になってからこちらでは、地産の手づくりのおいしい食べものをつくっている人やクラフトをされている作家さんなどが集まるマルシェが、毎週末のように開催されています。素朴でのんびりしたオーガニックな集まり。いい雰囲気です。
ただ、今のところ、マルシェを見ていると野菜をつくっている生産者さんの出店が少ない印象。もしかして、多くのこだわり生産者さんたちは、高値で買ってくれる東京のマルシェに出店してたりするんじゃないかな、なんて思うのですよね。
地方で自然栽培された泥のついた野菜が都会に出ることで価値が高まり、地方で売るよりも高額で売れる。地域の素晴らしい商品は、地域で消費されずに、都会で消費されるとはよく聞くことですが、ホントにそうだなと実感します。
山梨に越した、あっいや、八ヶ岳の麓に越した(笑)というと、「おいしい野菜の宝庫でしょう?」なんていわれますが、「いやいや、東京のほうが有機や自然栽培のお野菜が手に入れやすいんですよ!」と。
こだわって育てられたおいしいお野菜がちゃんと評価をされて対価を得て、生産者さんがしっかり暮らしを整えることができる。それが都会で商売するのはなく、地方でできるようにしていけるといいな、などと新参者が生意気にも、こんなことを思ったりしています。
おいしい作物は現地で。そんなカルチャーが少しでも広がれば、2時間弱のドライブで週末マルシェを楽しむ人が増え、山梨の各所で開催されているマルシェにも野菜の農家さんが増え、そういった農家さんと安全でおいしい加工食品を出店している方がつながることで、よりおいしい素材を使って加工食品をつくることができ、地域にもしっかり「おいしく、安全」を還元する。まさにオーガニック(有機的)なつながりができるのではないかなと。
「遠い」→「ちょうどいい距離」に、「雪深くて行きづらい」→「おこもり感が楽しい」に、「おいしい野菜は青山で」→「おいしい野菜は山梨で」。そんなイメージ転換作戦、がんばります!
第9回→
石田 恵海(いしだ えみ)
1974年生まれ。ビオフレンチレストランオーナー&編集ライター
「雇われない生き方」などを主なテーマに取材・執筆を続けてきたが、シェフを生業とする人と結婚したおかげで、2011年に東京・三軒茶屋で「Restaurant愛と胃袋」を開業。子連れでも楽しめる珍しいフレンチレストランだと多くの方に愛されるも、家族での働き方・生き方を見直して、2015年9月に閉店し、山梨県北杜市へ移住。2017年4月に八ヶ岳ガストロノミーレストラン「Terroir愛と胃袋」を開業した。7歳と6歳と1歳の3男児のかあちゃんとしても奮闘中!
Restaurant 愛と胃袋
第1回:ハロー!新天地
第2回:熊肉をかみしめながら考えたこと
第3回:エネルギーぐるり
第4回:「もっともっとしたい!」を耕す
第5回:「逃げる」を受容するということ
第6回:生産者巡礼と涅槃(ねはん)修行
第7回:「ファミ農」、はじめました。
第8回:東京から遠い山梨、山梨から近い東京
第9回:土と水と植物と身体と
第10回:自立と成長のこどもたちの夏
第11回:自分らしくあれる大地
第12回(前編):今年は引越・入学・転園・開業・出産!
第12回(後編):今年は引越・入学・転園・開業・出産!
第13回: 素晴らしき八ヶ岳店スタート&出産カウントダウン!
第14回:出産から分断を包み込む
第15回:味噌で、映画で、交わる古民家
第16回:夫、妄想殺人事件!
つくるめぐみ代表
得意なテーマは自ら実践する「田舎暮らし」「女性の起業」「自由教育」。八ヶ岳ガストロノミーレストラン「Terroir愛と胃袋」女将であり、「自分らしい生き方」などをテーマとした編集・ライターでもあり、三兄弟の母でもあり、こどもたちをオルタナティブスクールに通わせている。「誰もが、オシャレしてメシ食って恋して仕事して、最期まで自分を生きられる、自立した社会づくりに貢献すること」を理念に活動。2020年より古民家一棟貸しの宿、棚田を愛でながらコーヒーを楽しむカフェ・ギャラリーも開業する。
→ Terroir 愛と胃袋