繁忙期の夏が終わり、子どもたちと過ごした遅い夏休みも終わり、秋風を感じてちょっとセンチメンタルな気持ちになっているよ。今年はいつにも増して忙しい夏だったのもあって、その罪滅ぼしのごとく定休日は思いっきり子どもたちと遊んでいたので、おとなはもうクタクタ。休みの日はいつも水か映画につかっていた2023年の夏だった。
今日はそんな夏の夢のような一夜について書き残しておきたいと思う。
わたしたちは八ヶ岳に来て7年になるというのに、夏の忙しさにかまけて、ずっと体験できないでいた、世界に誇れる夏のイベントがあるんだよね。「清里フィールドバレエ」がそれ。
清里フィールドバレエは日本で唯一、長期間にわたって連続上演されている野外バレエ公演。毎年、清里のリゾート施設「萌木の村」に特設野外劇場がつくられ、7~8月にかけて約2週間、開催される。
そのはじまりは1990年と聞くので、30年以上の歴史。特設劇場は地元の大工さんたちによって設営され、その設営の様子を大工さんのSNSなどで見ると、いつも夏のはじまりを感じていた。今年こそ行きたい! 毎年そう思いながらも、気づいたときはいつも時すでに遅し、だった。
今年は開催直前のいいタイミングで、この公演にたずさわる友人からレクチャーを受けた。家族におすすめのチケットの種類、当日でも見られる可能性、今回の公演の見どころ……。
しかも、うちのオーベルジュに日中のリハーサルまでも見に行かれるほどのフィールドバレエ大ファンのお客さまがいらっしゃり、お話を聞いてウズウズした。
夫も今年の公演に登場するバレエダンサー、上野水香さんの密着をドキュメンタリー番組『情熱大陸』で見て感動し、今年行かないわけにはいかない!という気持ちになった。
その千秋楽、我が家は定休日。チケット、奇跡的に空きがある。この日は上野水香さんも登場する。行くしかない! いそいそとチケットを取って、こどもたちと当日にのぞんだ。もちろん、中止の心配も大いにあった。
山の天気は変わりやすいというが、フィールドバレエ開催中の清里は特に変わりやすい。屋根のない野外劇場は雨が降らなくても夜露で滑りやすい。なのに、舞台は天気が変わりやすい夏の清里。転倒でもしたらダンサー生命にかかわる。休憩時間にはスタッフ総出で床を拭いたり、大型の扇風機で乾かしたり、雨が降ってきたら、公演を一旦中断して雨が止むまで演者も観客もみんなで待つ。止んだら、またスタッフ総出。止みそうにない場合は公演途中でも中止になる。めっちゃくちゃリスキーな興行だ!
だから、レインコートと傘は観客の必須アイテム。今でこそフェス人気で、野外ステージの楽しみ方を中止の可能性も含めて学んできた日本だけれど、そうはいっても誰しもやっぱりきれいな星空の下で楽しみたい。
わたしたちは、萌木の村のガーデンカフェ「ROCK」で早めに食事を済ませ、ポール・スミザーさんデザインのナチュラルガーデンをゆっくり歩いて会場へと向かった。小高く育った小さな黄色のお花、オミナエシが歓迎してくれるかのようで、小雨が上がったばかりなのもあって、ガーデン全体から大地の香りが立ちのぼっていた。
会場入口には過度な看板もなく、ナチュラルガーデンの雰囲気を損なわないシンプルなゲートで、会場内には地元のカフェや雑貨店などがポップアップストアを出店している。そこで軽食を購入して手に席に着くと、舞台には裏側がないこと(壁がなくて、夜がある)がわかった。この時点でもう、わたしは涙目だった。
「くるみ割り人形」1幕。とあるお屋敷のクリスマスパーティ、招待客が次々と現れ……とはじまった時点で、その美しさに感極まってボロボロと涙がこぼれ落ちた。こどもたちもその美しさ、この世界に魅了され、集中して楽しんでいるのがわかった。
1幕が終わり、休憩時間に入るとともに、ガーデンにあるメリーゴーランドにパッと明かりが灯され、休憩時間、こどもたちは無料で乗れるとのアナウンス。夜のメリーゴーランドに嬉々として集まるこどもたち。それをうまくさばくスタッフたち。休憩時間にもフィールドバレエの世界観がしっかりとつくられていることに、また心打たれてしまった。
2幕がはじまり、上野水香さんが登場する。オーラに圧倒される。だが、10分もしないうちに、来たかーという感じで雨が降り始めた。ほかの観客のみなさんは慣れた様子で、すでに着ているレインコートのパーカーをかぶり、さっと傘をさす。舞台はすぐ中断。みんなで待つ。千秋楽、ここで終わってしまったら、誰もがくやしい。しかし、みんなの願いは天に届かず、この時点で舞台は中止となった。会場から車で10分の自宅へ戻ると、そこは雨が降った形跡もなかった。これが清里。これが清里フィールドバレエなんだよなと夜空を見上げた。
なぜバレエなのか、この地なのか、野外なのか、この時期なのか? 議論や批判は恐ろしいほどあっただろうと安易に想像がつく。それをこのいなかではじめたこと、30年以上続けていること、もう尊敬以外の何ものでもない。もっと世界に誇るべき日本の芸術祭だと思った。 酔狂で、美しく、温かな、夏の夜の夢。それが清里フィールドバレエ。来年もまた夢を見たい。
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-都会と田舎でそれぞれ子育てしながら暮らす、ふたりのワーキングマザーの七転八倒な日常を綴る日記-
つくるめぐみ代表
得意なテーマは自ら実践する「田舎暮らし」「女性の起業」「自由教育」。八ヶ岳ガストロノミーレストラン「Terroir愛と胃袋」女将であり、「自分らしい生き方」などをテーマとした編集・ライターでもあり、三兄弟の母でもあり、こどもたちをオルタナティブスクールに通わせている。「誰もが、オシャレしてメシ食って恋して仕事して、最期まで自分を生きられる、自立した社会づくりに貢献すること」を理念に活動。2020年より古民家一棟貸しの宿、棚田を愛でながらコーヒーを楽しむカフェ・ギャラリーも開業する。
→ Terroir 愛と胃袋