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ものがたり1 | 田中式クリエイティブ3原則と「今帰仁ベンチ」

平原 礼奈 │ 2020.06.30
タイトルデザイン:POPS 坂本彩奈さん
だれでもクリエイティブ クリエイティブ・ディレクター田中淳一さんの感覚感性を分解し隊 プロジェクトの説明 すべての記事を読む
こんにちは。mazecoze研究所のひらばるです。 「だれでもクリエイティブ」プロジェクト、始動編(プロジェクト概要)対話編を経て、いよいよここから本編です。 今回の題材は、「今帰仁ベンチ」。 地域の人から「今帰仁の宝だ」とまで言われたというこの作品の、「ものがたりづくり」における田中さんの感覚感性を分解していきます。 スッポンシスターズと一緒に田中さんの脳内にダイブ、楽しんでいただけましたら幸いです!

登場人物 詳細はプロジェクトメンバー

分解される人:田中淳一さん:株式会社POPS クリエイティブ・ディレクター 質問する人:スッポンシスターズ 福留千晴さん:地域と食のしごとNORTHERN LIGHTS代表 坂本彩奈さん:株式会社POPS プランナー/プロジェクトマネージャー ひらばる れな:mazecoze研究所代表

着想・企画・定着=クリエイティブの3原則

田中さん 「今帰仁ベンチの前に、少し基本的な話をしてみたいと思います。 クリエイティブワークをするとき、企画から入っちゃう人って多いと思うんですけど。自分の場合、必ず着想・企画・定着という流れで進めています」 ひらばる 「企画から入る人。それ、私です(笑)」 田中さん 「コンセプトが定まっていないうちに、やみくもにアイデアをつくると、迷子になっちゃうんです」 ひらばる 「迷子にならないためにも、企画の前に着想という工程があるということでしょうか」 田中さん着想の主な目的は、課題の発見とコンセプトを設定することです。 僕たちの仕事は、“この課題をクリエイティブで解決してほしい”というクライアントさんからの依頼ではじまるんですね。 スタートは、その課題が本質なのかな? とじっくりと考えること。そのためにまず“徹底的に調べる”作業をします」

メモ:田中さんの「調べ方」2方向

1)毎日のルーティン。情報をくまなくウォッチ 新聞3紙、雑誌10冊を定期購読。毎朝10サイトほどを見て、本を読んで、調べて、情報をインプット。 「クリエイティブって時代との関係性の中で効力を発揮するものなので、その空気感がわかっていることが大切」と田中さん。 2)お題に対して徹底的に調べる クライアントからの課題=お題が来たときに、それに関わる情報を、あらゆる媒体から調べる。 ポイントは、「延々に調べず、時間や期間を決めて調べる」こと!
福留さん 「調べるときは、着眼というか、何か仮説を持って情報に当たっているのでしょうか?」 田中さん 「それはないです。自分の触手がフラットに動くように、情報に対して平等に伸びていくようにしています。そうしないと、そこにいきたいがためにその資料に手を出す、ということになってしまいがちなので」 ひらばる 「手に入れた膨大な情報をもって、次は何をするのでしょう」 田中さんその地域が持っている一番大事な価値ってなんだろうというのを、一生懸命探します。お題とつき合わせて、どういうコンセプトを設定したらいいだろうと。 コンセプトを定めるのは、行き先を決めることです。作業の幅が狭ければ狭いほど、思考を行き来する距離が縮まり、アイデアが磨かれたり良いものが見つかっていきます」 福留さん 「着想段階の淳一さんは、どんな状態なのでしょうか。洞窟に入るような感じと言っているのを、聞いたことがあるのですが」 田中さんボーっとしてます(笑)でも、あれ、これなんかありそう、みたいなのはノートに書くんです。見返しもしないんですけど。この、書く行為が自分にとっては大事で。 着想は、自分の中に深く潜っていく感じです。潜れば潜ったほど、浮かんだときの海の青がキレイ。企画のキレが良いんです」 ひらばる 「潜って浮かんだときに、着想から企画へと切り替わるのですね。 着想は、地道な努力に下支えされた工程だと感じました。でもだからこそ、努力さえすれば、だれにでも取り入れられそうです」 福留さん 「3工程それぞれのボリューム、配分はどんな感じですか?」 田中さん 「基本的に、着想7、企画1、定着2ですね。コンセプトを見つけるところがすべてと言っても過言ではなくて、そこができちゃうと、自分の場合、企画は集中すると30分ぐらいでいけちゃう(笑)」 福留さん 「30分て(笑)それは、淳一さんのこれまでの経験値の成せる技なのでしょうね」 田中さん 「おそらく着想の段階で、企画についてはすでに練られているんだと思います。着想は、ふわふわと考えて、脳がリラックスした状態。それが企画になった瞬間、すごい密度で脳が動き出す。100m走を全力で走っているみたいな」 ひらばる 「田中さんにとって、企画とは?」 田中さん企画はコンセプトに沿って、アイデアを開発していくことです」 ひらばる 「自分がいいな、と思ったアイデアにこだわってしまう人って多いと思うんですけど」 田中さん企画は純度を上げることがとても大事です。コンセプトは、不純物を取り除くためのチェッカーになります。コンセプトチェッカーに通して、いらないものはとにかく捨てる。それでも純度の高いものがどれだけ残るかで、クリエイティビティが高まってきます。そのためにも、着想時に圧倒的なインプット、様々な視点を持つことが大切だと思います」 ひらばる 「だからアイデアの前にコンセプトづくり(着想)なのですね!」

メモ:田中さんが企画を磨くときにする置き換え術

人付き合いに置き換えてみる 与えられた事象を、自分が理解できる範囲の中に置き換える感覚で、“こんな人がいたらどうなんだろう”と考える。 「自慢話をする人って結構嫌われるじゃんとか、来て来てっていうわりには行ったらトイレが汚い家ってすごい嫌だよねとか(笑)普段の生活の中で自分が想像しうることだったりするんですよ」と田中さん。
福留さん 「身近な状況に置き換えるというのもそうですが、これまで淳一さんのお仕事を見てきて、ミクロとマクロの目で状況を判断するのを、物凄いスピードで行き来されているように感じます」 田中さん不変の理みたいなものを探しているんだと思います」 ひらばる 「なんだか、哲学的」 田中さん 「そう。話がそれちゃうんですけど、自分、哲学家になりたかったんですよ(笑)ひとつのことを追求していく姿勢が、クリエイティブ作業にもすごく近いと思います」 ひらばる 「おもしろいー。定着についても、教えてください」 田中さん定着は、アイデアを形にしていく作業です。 建築や料理家の人と似ているんですけど。レシピを書いたり、設計図を書いた後に、どうすればそのアイデアを一番適切な形にできるかとか、誰とどんな素材を集めると良いかとか。いろいろな人と協業していく作業です。経験がモノを言うフェーズでもありますね」

今帰仁ベンチのコンセプトはこうして発見された

(今帰仁ベンチ 画像提供:POPS)

ひらばる 「いよいよのいよいよ、今帰仁ベンチです。今回は、さきほど教えていただいたクリエイティブの3原則の流れで、作品について教えていただきたいです」

メモ:「今帰仁ベンチ」作品情報

今帰仁ベンチ:https://www.youtube.com/watch?v=_LT2IA3z2r4 沖縄県北部の今帰仁村(なきじんそん)のブランデットコンテンツとして制作された短編ドラマ。 DECEMBER 2015 - , client:今帰仁村観光協会 STAFF:CD&CW&脚本/田中淳一、DR/牧野裕二、 撮影/瀬長信治
田中さん 「はじまりは、観光PR動画を作ってほしいという、今帰仁村観光協会からの依頼でした。 “どういう動画がいいんですか?”って聞くと、今帰仁ブルーと言われる海が綺麗なこと、今帰仁城跡が世界遺産に登録されていることなど教えてもらいました。当時、ドローンも流行っていたので、ドローンで撮影してほしいというオーダーもありましたね」

メモ:今帰仁村について

(今帰仁村の海 画像提供:POPS)

  今帰仁村は沖縄県本島北部、美ら海水族館から車で15分程の場所にある、人口約9600名の小さな村。 日本で一番所得の低い沖縄県の中でも、さらに一番所得の低い「日本一所得の低い村」だが、村民の「自分は幸せだと感じる」という幸福感がとても高い村と言われる。(参照:今帰仁村観光協会YouTube)   田中さん「日本に1,700くらい自治体がある中で、いま村って183くらいしかないんです。今帰仁村はとても貴重な存在だと思いました」
福留さん 「どの段階で、調べるという着想の工程に入ったのでしょうか」 田中さん 「今帰仁のときはバタバタしていて、事前に調べないで現地に行きました。3日くらいいたんですけど、そこですごく調べて、最終日に企画ができてきました。地域の仕事では、現地でないとわからないことってすごくあるので、必ず行くようにしています」 ひらばる 「現地では、どんなことを見ましたか」 田中さん 「観光地を案内してくれるんですけど、なるべく普段の生活を見るようにしています。スーパーや道の駅、あとコンビニ、居酒屋。どんな人が来ているんだろうとか。結構おもしろいんです。今帰仁はコンビニなかったんですけど」

(蛇口から泡盛が出て飲み放題 画像提供:POPS)

ひらばる 「そこで見つけた今帰仁のコンセプトは一体、なんだったのでしょう」 田中さん 「 “slow okinawa”です。“何もないけど、なんだか満たされる”というコンセプトでした。 実は、ずっと見つからなかったんです。 今帰仁には素材がたくさんある中で、本当にそれを表現して、見てくれるのだろうかと。浜を歩くととても美しいのですが、駐車場に草がボーボー生えていたりシャワーが壊れていたりもして。道の駅でおばぁは優しいんだけど、電球が切れて店内が暗かったり(笑) キレイに伝えることで、それを目指してここにきた人が、ほかの部分を目の当たりにしたときにどうなるか。それをSNSに書いたとしたら。 村に、“こんなにお化粧した映像を作ったんだから、キレイにしましょうね”っていう、外部からの押し付けをするのはすごくダメなんじゃないかなと思って」

(今帰仁村の浜 画像提供:POPS)

 

メモ:田中さんの疑り力

自分が何かを形にするとき、この方向でいいのかなって思った時に、それを疑う」という田中さん。 今帰仁の例では、地元の人からのオーダーであった「美しい海、世界遺産」に対し、「果たしてそれを、そのまま映像にして伝わるのかなぁ」と疑うことから、コンセプトの方向を定めていった。
ひらばる 「では、 “slow okinawa”を発見した瞬間は、どのようにやってきたのですか?」 田中さん 「村の人が、みんなでグラウンド・ゴルフみたいなのをやっていて、行くと、ものすごく話かけられたんです。 “東京から?そんな遠くから来て”とか“もう夕方だけどご飯どうするの?”とか“あんた泊まるとこあるの?” とか。そんな風に声をかけてくれるおじぃおばぁばっかりで。 その時、“あ、こんな人たちがいることに触れたい人は、一定数いるだろうな”と思いついたんです」 ひらばる 「そこに、今帰仁村の本質を見つけたと」 田中さん 「押しつけでもなく、お節介でもなく、当たり前に人の温かさがあって。 この“人が温かい”って、地域の良さを伝えるときによく挙がるのですが、 “温かさの地域性ってどこにある?”というところまで潜っていくんです。僕にとっての今帰仁の温かさは、天然物で相手がどう感じようが知ったことじゃない!そんな温かさでした(笑)」

(今帰仁ベンチ 画像提供:POPS)

ひらばる 「その温かさに触れたい人が一定数いるだろう、とおっしゃいましたが、具体的にはどんな人たちだと考えましたか」 田中さん 「初めて沖縄に来る人はターゲットではないなと。沖縄に2度3度と来るときに、スローな沖縄なら今帰仁村だよ、というのが響く人たちです。 今帰仁村の場合、まずは沖縄の力を借りて、そこから今帰仁ならではの沖縄を語る方が届きやすいと思いました。“slow okinawa”という言葉は、沖縄の中での今帰仁村の立ち位置や価値をあぶり出すことも意識しています」 ひらばる 「企画書も拝見しましたが、“闇雲にPR活動を仕掛けることは、すごく無駄だと思います”とも書かれていて。田中さんの考えがあまりに素直に記されていて、驚きました!」 田中さんどんな人たちにフォーカスするかを定めるのはすごく大事です。とにかく目立てばいい! というのもありますが、目立った先に果実はあるのか? ということまでイメージできているかが大切だと思います。観光PRの場合、それは来訪者ですよね」

メモ: 地域プロモーションの特徴×広告視点

  地域のブランディングやプロモーションは、予算が限られていることが多い。 広告の役割は、そうした中でも最大公約数に向けて投資をすること。 「コミュニケーション効率をどう良くするかを念頭に設計するのが大事」と田中さん。地域の仕事は特に、無駄打ちできない緊張感があるのだそう。

なんでベンチ? 企画の発動

(今帰仁ベンチに登場するおばあの家 画像提供:POPS)

ひらばる 「ところで、なんでベンチだったのでしょう?」 田中さん旅人と村人を出会わせるモチーフを探してたんです。 今帰仁村には“ゆんたく”という、夕方近くになると軒先に近所の人が寄り集まって、食べたり飲んだりしながら話す風習が残っています。魅力的だけど、伝えるのは難しそうだなと思っていました。 取材の最終日、今帰仁城跡に行った時に、ベンチが置いてあるのが見えました。村を歩いているときも、いくつかベンチがあったのを思い出して。 今帰仁村には、旅をする人と村の人が触れ合う場所がたくさんあるんだろうな、ベンチはその象徴だなと思って。これだ!と。一緒に回っていた人たちに、“ベンチで行きます”っていいました」

(今帰仁村の浜に置いてあったベンチ 画像提供:POPS)

ひらばる 「アイデア開発の瞬間ですね! そのときの田中さんの気持ちは?」 田中さんわくわくして、それから頭の中にバーって映像がなんとなく浮かんで。よく、“淳一さんが一番楽しそうに自分の企画を話す”って言われるんですけど(笑)」 ひらばる 「ぼんやりからわくわくへ(笑)クリエイティブの工程で、田中さんの感情にも変化が起こっているのがおもしろいです。 もう一つ知りたかったのは、映像に出てくる泣いている主人公です。それとベンチをどうやって繋げたのかな、と」 田中さん 「これは、伝わってるかどうかは微妙ですが……最初自分は、ナキジンという読み方がわからなかったんです。ナキジンを伝えるために、主人公を泣いている人、泣き人にしようというのは決めていました」 ひらばる 「泣く人も、ゆんたくも、いろいろな要素はすでに存在していて、コンセプトが見つかった瞬間に集結する感じでしょうか」 田中さん 「そのイメージに近いです。着想の段階で、いろんなことは浮かんでいるんですね、自分の中で。それがベンチに集約されるのが、企画なんだなって思います」

分解しきれなくなったときに、はじめて自己が出る

(今帰仁ベンチ 画像提供:POPS)

ひらばる 「コンセプトは“slow okinawa”なのに、動画ではその言葉は出てきません。逆に印象的に感じたのは、 “何もない”という言葉でした。こうした表現については、どのような意図があったのでしょうか」 田中さん 「“何もないけど今帰仁村”というのは、今帰仁村観光協会が設定していたキャッチコピーです。ぬーんねんしが(なんにもないけど)というのですが。 せっかくなので、観光協会の人たちが大事にしてきた言葉を活かしたいなと。 何にもないというのは、既にいろんな地域で使われているスペックです。今帰仁の場合はそこに、“だからこそ満たされる場所”という言葉を付け加えることによって、slow okinawaに帰結する構造を考えました」 福留さん 「動画の最後に、主人公が“何もないけど、なんだか満たされる場所。今帰仁村。”と言うことで、見た人がその言葉をスッと理解できると感じました」 田中さん 「10分以上の時間をかけた動画で、導線や伏線を貼っていき、最後にコンセプトを伝える。定着のテクニック的なところです」 ひらばる 「ほかにも、表現について意識していることがありましたら教えてほしいです」

(今帰仁村の駅 そ〜れ にて 画像提供:POPS)

田中さん 「表現が持つ意味を分解していくことです。たとえば地域において、食べ物が美味しいとか、人がやさしいという言葉は、よく使われるんですね。でも、北海道のとある市のやさしさと、今帰仁村のやさしさは違います。その地域が持つやさしさってなんなんだろうというのを、必死に自分のアンテナを張って落とし込もうとします。 ちなみに今帰仁ベンチでは、やさしさをことさら描いていません。だって、今帰仁の人は、人にやさしくしたいと思ってやっているわけではないんです。そこに人がいるから、話しかける。それが、やさしいという言葉を使うなら今帰仁のやさしさだし、地域性。でも、動画の主人公にとっては、いままで味わったことがないようなやさしさに感じるという。そこまで分解します」 福留さん 「やさしさの基準って、東京と今帰仁では違うし、人によっても違いますよね。そういった価値観の違いのようなものをどう説得して、多くの人を巻き込んでいくのでしょうか」 田中さん最後は、押し切っちゃう(笑) 着想の時点で、独りよがりにならないように、恣意的なものを排除してとことん調べ、理解し、客観的な素材を積み上げていくんですけど、分解しきれないところまで行き着くんですよ。 そうすると、結局最後に取り出されたものは、自分を通して出てくるものです。それがクリエイターの個性になると思います」 ひらばる 「ここでやっと、クリエイターのセンスや個性といった話になるのですね。客観性に気をくばりながら、最後は自分の眼差しを通す。その境地にたどり着くまでに果てしない道のりがあるんだなぁー」

メモ:田中さんのシナリオメイキング

(今帰仁の今泊地区にて 画像提供:POPS)

  「クリアすべきポイントを積み上げる」ことからはじめる。 今帰仁ベンチの場合、slow okinawaを主人公が感じるためには? 今帰仁村にマッチした旅の状況は? 今帰仁村がある意味、こちら側にくる村民性を伝えるには? など。 そうするうちに主人公像が浮かび上がってくる(今帰仁ベンチは、東京である悩みを抱えてひとりになりたいがために旅先を選んだ女性)。 田中さんの場合、登場人物の設定が固まれば後は、その人がシナリオを走らせてくれる。 シナリオを書くための現地視察を含めた事前取材(シナリオハンティング)で、その地域の光景をインプットすることも、登場人物たちが動き出すためには不可欠な要素。
ひらばる 「企画書には当初、動画は3〜5分想定と書かれていました。実際のムービーは、13分! そうなった理由もぜひ教えてください」 田中さん 「当時、東京の地下鉄の一駅分くらいが動画の視聴時間にちょうどいいというデータもあり、元々は3〜5分くらいを想定していました。 でも、シナリオを書き始めたら、なかなかおさまらなくなり……。ほぼ今の長さにまとまったところで、僕はもっと短くしようと思っていたのですが、ふと思ったんです。適切な長さなんて誰が決めるだろう? って。 今回、沖縄の監督と作ったのですが、沖縄の人が大事にしたい間とか、つなぎとかってきっとあるよな、と感じたんです。それを自分のリズムに押しつけようとしてるだけなんじゃないかなと。そもそもクリエイティブの基準なんて、あってないようなものだなと。沖縄のリズムを大事にしたいな思って、今はあの長さでよかったなと腹落ちしています」 福留さん 「制作の部分でも、業界の暗黙のルールのようなものを超えていったのですね。撮影には、どれくらいの時間をかけたのでしょうか」 田中さん 「丸2日で撮りました。朝から夜まで、ハードなスケジュールだったと思います。 泣く演技は難しいので、主人公の方は東京でオーディションをして決めました。その他の登場人物は、沖縄在住の方々です。最後の宴会のシーンに出てくる村人たちは完全に今帰仁村の住人です。沖縄は芸能文化が宿ってると言われますが、ほんとにその通りでみなさん芸達者で!」

(今帰仁ベンチ 画像提供:POPS)

ひらばる 「えぇ!? 今帰仁村の方が出演されているんですか!地域の人を巻き込んで、作ったのですね」 福留さん 「ムービーが世に出た後の反応はいかがでしたか?」 田中さん 「あれ見て行ったよ! と聞くことがちらほらあり、やっぱり疲れている人には今帰仁は癒しなんだなと思いました(笑) 一番気がかりだったのは、村の人の反応です。観光PRっていいながら、自慢の海も世界遺産も背景にしか出てこないじゃないか!って言われるんじゃないかと(笑) でも、思いのほか、喜んでくれました。村の人たちが好意的に受け止めてくれて、“沖縄北部地域の観光資源ってああいうことだよね”という評判を聞けたのは、いい意味で予想外の反応でした。 今帰仁村の各地区の公民館でも上映されたそうです。YouTubeで見れば早いのにと思いながら、それも余計なお世話なんでしょうね(笑)」

(今帰仁村の家の前に置かれた椅子 画像提供:POPS)

福留さん 「いまから5年前の作品ですよね。twitterでもいまだに出てきて「那覇ベンチ」なんていう造語もあり(笑)、地元の人に愛されているのがわかります。動画が世に出た後の未来まで考えられている、それが地域における企画の精度なのかなと感じます」 田中さん 「はじめの依頼とは真逆の提案でした。人で行きましょうと決めたので、動画を見ていただくとわかるんですけど、背景もバッサリカットしていたりします。 いきなりこれを言うと、受け入れてくれないと思うんですね。でも、自分なりに真摯に向き合って、主観的な視点を入れずに、客観的に導き出したんです、と伝えると“あなたに任せます”と最終的にはなって。 よそ者だからこそ、今帰仁村が持っている一番大事なものを、一生懸命探すことに注力しました。そこさえ見つかって、真剣に伝えれば、わかってくれるんだなって。それをとても感じた企画でしたね」 ひらばる 「今帰仁ベンチという作品ができるまでの道程を、一つひとつ教えていただきました。いま、今帰仁村に旅してみたいという気持ちと、私も何か作ってみたいという欲が渦巻いています(笑)」 福留さん 「途中から、淳一さんがサイヤ人に見えてきて(笑)ミクロとマクロの星を行き来して、そして精神と時の部屋に入る」 ひらばる 「企画を30分でやるときは、完全にスーパーサイヤ人になってますね」 田中さん 「これ言っちゃうとやな奴みたいになるんですけど、今だったら20分真剣にやれば、絶対なんか出てくる(笑)そういう脳になっちゃったんでしょうね。 ここまで自分の思考のログを辿り分解する機会がなかったので、今日はとても新鮮でした。読んでもらう人にも発想法や視点の取り方の参考になればいいなと思います」

(分解対談終了)

〈今帰仁ベンチ〉田中さんの感性感覚分解エッセンス集

(今帰仁ベンチ 画像提供:POPS)

「ものがたり1」で分解した、田中さんの感性感覚エッセンスをまとめました。 みなさまのクリエイティブワークのご参考に!
  • クリエイティブの3原則:着想→企画→定着の工程をたどること
  • クリエイティブ企画:課題を解決するためにあるもの
  • 着想:課題の発見とコンセプトの設定
  • 企画:コンセプトに沿ってアイデアを開発していく作業
  • 定着:アイデアを形にしていく作業
  • 迷子:コンセプトが定まっていないうちにアイデアをつくること
  • 調べの触手:情報を調べる手が平等にフラットに伸びていくようにする作法
  • 行き先:クリエイティブワークにおけるコンセプト
  • 洞窟:着想時に潜る場所のイメージ。潜れば潜るほど企画のキレが良くなる
  • 着想7割:田中さんのクリエイティブワークの配分。着想7、企画1、定着2
  • コンセプトチェッカー:企画の純度を上げ、不純物を取り除くためにコンセプトがチェッカーになる
  • 置き換え:与えられた事象を“こんな人がいたらどうなんだろう”と人に置き換えて考えること
  • ミクロとマクロ:大きいところと小さいところ、身近なところ。着想の段階で行ったり来たりする視点
  • 現地:地域の仕事では、現地に行かなければわからないことが多い
  • 生活ウォッチ:地域の視察では、スーパーや道の駅、コンビニ、居酒屋など普段の生活を見る
  • slow okinawa:今帰仁ベンチのコンセプト
  • 疑り力:何かを形にするとき、この方向でいいのか?と疑うこと
  • 果実:クリエイティブワークの先に地域にもたらされるもの。そこまで考えて設計をすることが大切
  • 広告の役割:最大公約数に向けた投資をすること
  • 地域プロモーション:コミュニケーション効率をどう良くするかを念頭に設計
  • ベンチ:旅人と村人を出会わせるモチーフ、開発されたアイデア
  • わくわく:企画が見つかったときの田中さんの心理状態
  • 泣く主人公:泣く人→泣き人→ナキジン→今帰仁
  • 定着のテクニック:様々に張られる導線や伏線
  • 意味の分解:言葉や表現が持つ意味を、地域性に落とし込むこと
  • 押し切り:分解しきれなところまで行き着いた先に出てくるクリエイターの個性
  • シナリオメイキング:クリアすべきポイントを積み上げ、地域の光景をインプットすることで動き出すもの
  • クリエイティブの基準:あってないようなもの。意味があれば越境もあり
  • 地域における企画の精度:世に出た後の未来まで考えられており、地元の人にも愛され続けること
  • よそ者:第三者として地域プロデュースをする人たちのこと。よそ者だからこそ見つけられる視点がある

(画像提供:POPS 執筆:ひらばるれな)

 
研究員プロフィール:平原 礼奈

mazecoze研究所代表
手話通訳士
「ダイバーシティから生まれる価値」をテーマに企画立案からプロジェクト運営、ファシリテーション、コーディネートまで行う。
人材教育の会社で障害者雇用促進、ユニバーサルデザインなどの研修企画・講師・書籍編集に携わった後に独立。現在多様性×芸術文化・食・情報・人材開発・テクノロジーなど様々なプロジェクトに参画&推進中。

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