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石田恵海とひらばるれなの「ぺちゃくちゃ交換日記」石田恵海とひらばるれなの「ぺちゃくちゃ交換日記」

ともしびの向こう側

石田 恵海 │ 2022.11.22

ばるさん、ぺちゃ日記生誕記念のお知らせをありがとうございます。3年目に入っただなんて、なんかあっという間だね。「ソロコラム時代」は日々の忙しさに甘えて、なかなか連載が進まなかったのは孤独な作業だからなんだよね。交換日記というばるさんという相手がいることで、よし書こう!という気持ちになれるし、ばるさんがいないと交換日記は成立しない。ホント、3年目の乾杯をしなくてはだね。

今回は、いま祖母の話を書いておいたほうがいい気がして、先に書いていた原稿を破棄し、書き直しました。ばるさん、わたしの気まぐれを待ってくれてありがとう。

さて、祖母。わたしにとっての祖父母のうちで健在なのは父方の祖母だけで、来年2023年1月2日で99歳になる。少し耳が遠く、最近は足腰が弱く車いすユーザーになったけれども、よく食べ、よく怒り、おそらく元気なおばあちゃんだといっていい。介護施設で暮らしている。そんな祖母がいのちにかかわる選択に迫られた(正しくは、息子であるわたしの父が)という話を書こうと思います。

祖母は22年前、ペースメーカーの埋め込み手術をした。後に二度、ペースメーカーを新しいものに入れ替える手術をした。二度目の時、「もう次の手術をすることはないね!」と本人含めてみんなで笑った。さすがに99歳まで祖母が元気だとは本人含めてだれもつゆほどに考えていなくて、かといって、祖母が逝くということも現実的にはそう考えていなかった。いつかそのときがきたら逝く、くらい。それがおばあちゃんのペースメーカーがあと3カ月で停止すると聞いて、突如現実としていのちのカウントダウンがはじまった。

「おばあちゃんのペースメーカーを変える手術をするかどうか問題」を弟から聞いて、ふむと思った。20年も経っていると、胸部に埋め込まれたペースメーカーに肉体がまとわりついて一体化しているので、ペースメーカーを入れた裏側から手術をしなくてはならないのだそうだ。
さすがに99歳という年齢だと手術で体力が保つかどうかわからないし、感染症や合併症を引き起こして手術で亡くなる可能性も高い。
じゃあ、ペースメーカーを変える手術をしないとどうなるのか。あと3カ月でペースメーカーが停止し、その瞬間、祖母は死んでしまうのかというと、そうとも言えないのだという。
わたしは人口心臓くらいの存在だと思っていたのだけど、ペースメーカーは不整脈を監視して心筋に電気信号による刺激を与えることで心臓のポンプ機能のズレを補正する装置で、脈拍の遅い人のための補助的な役割をするものなのだそうだ。
自己心拍がなく100%ペースメーカーに依存していたら、ペースメーカーが停止した場合は心拍停止となるが、通常は自己心拍がある程度あってペースメーカーは補助的に作動している場合が多いため、停止後は祖母本人の自己心拍のちからに委ねられる。そういうことだ。
祖母に決定権はないのだろうか。そのあたりを聞き逃してしまったが、息子にあたるわたしの父が手術はしないという苦渋の決断をした。
「いのちのともしびがどれだけ続くか、おばあちゃんのちからに委ねるということだね」というようなことを母が電話の向こうで言った。ともしびか。電話を切って、心のなかでそう反芻した瞬間、あっ!と思い、アトマイザーを探した。

先日、荒地を森へと再野生化させるプロジェクトを行う上原寿香さんの森、camino natural Lab.さんにゲストのみなさんをお連れした際、わたしもいっしょにcaminoで取れたハーブで「植物香水」の調香体験をした。そこでわたしが選んだ香りのブレンドに寿香さんが名付けてくださったのが「灯(ともしび)」だったのだ。
それを思い出し、アトマイザーで「灯」の香りをかいだ瞬間、あ、これ、あのときの祖母のコートの香りだ!と思った。

祖母はわたしから見て、おしゃれとはほど遠い人だった。だが、一度、彼女がコートを新調した際、「えみちゃん、これ素敵でしょ!」と祖母はコートを羽織って、うれしそうにくるくると回った。後にも先にも彼女がわたしに自分が買った洋服をそんなふうに見せたのは一度だけだった。当時、中学生くらいだったわたしは全然おしゃれじゃないなーと思いながら(笑)、あまりいいリアクションも取れないままに、祖母が回ることでコートからふんわり漂う独特の香りをかいでいた。
あらためて「灯」を香った瞬間、この祖母がくるくる回る情景がわっと脳裏に蘇った。

camino natural Lab.でわたしが選んだふたつの香りは、両方とも「神社」だと寿香さんは表現した。神社にあるともしびだと。へー、わたしが神社、なぜ? 不思議な気がした。寿香さんにその香りを嗜む際につける場所を聞くと、手首や首筋など香水をつける定番位置ではなく、火をともしたいところにシュッとつけるいいと言った。「火をともしたい!」なんて考えたことがなかった。この先、わたしに火をともしたいと思える場所が登場するのだろうか? その時はそう思った。

いまなら確実に「ここにともしびを!」と言える。そう、祖母の胸部だ。 
お正月には祖母に会えるかな。彼女に「灯」をプレゼントしたら、香水なんていらない!と怒りっぽくぶつくさ言うかな。
会うたびに「これで会えるのも最後かもしれない」と言いながら、100歳の大台が見えたあたりで、100歳まではがんばる!といのちの目標を定めていた祖母。あと3カ月といわず、あと1 年後の目標を達成させてあげたい。ああ、神様―! 思わず「灯」を手のひらに吹きかけ、両手を合わせて祈るのでした。

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-都会と田舎でそれぞれ子育てしながら暮らす、ふたりのワーキングマザーの七転八倒な日常を綴る日記-

研究員プロフィール:石田 恵海

つくるめぐみ代表
得意なテーマは自ら実践する「田舎暮らし」「女性の起業」「自由教育」。八ヶ岳ガストロノミーレストラン「Terroir愛と胃袋」女将であり、「自分らしい生き方」などをテーマとした編集・ライターでもあり、三兄弟の母でもあり、こどもたちをオルタナティブスクールに通わせている。「誰もが、オシャレしてメシ食って恋して仕事して、最期まで自分を生きられる、自立した社会づくりに貢献すること」を理念に活動。2020年より古民家一棟貸しの宿、棚田を愛でながらコーヒーを楽しむカフェ・ギャラリーも開業する。
Terroir 愛と胃袋

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