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子連れの旅人 佐藤有美さんが遭遇した、世界中の子どもと母のまわりで起こる、混沌として愛に溢れた生き方のこと【後編】

平原 礼奈 │ 2018.07.23
前編

「母親が、世界を変えていく」

cotoconton ことこんとん

佐藤有美さん

▶▶噂のマゼコゼスト、お子さんと世界中を旅する佐藤有美さんの後編です! 自分の暮らしを自分でつくるために、世界を旅する佐藤さん。ポートランドでの長期滞在中に気づいたこととは?

言語や文化は違っても、子どもの本質は変わらない

ポートランドでは、お子さんとともに森の幼稚園でボランティアをした佐藤さん。 佐藤さん「生徒が十数人ほどの小さなプライベートスクールで、州立公園の森と、その横にあるコミュニティファーム(住居やアウトドアキッチンなどもあり、そこに生活している人もいる)が活動の場で3歳から6歳くらいの子どもたちが通っていました。 シュタイナー教育をベースに、朝の9時半に森の入口で集まって、雨の日でも全身レインウェアを着て森をじっくり散策。その後は、曜日によって決まっているあたたかい軽食を食べます。週に1度は自分たちでパンをこねて、自然素材で作られたアースオーブンで焼いて。それからまた森を散歩したり、ファームで作業をしたり、木材や工具を使ってのクラフトの日があったり。最後にお弁当を食べて、13時半には帰るという感じ。火曜から金曜までの週4日ありました」
森の中に佇む手作りのアウトドアキッチン
ポートランドの中心部からはバスで20分くらい離れた、夜はフクロウの声が響き、“鹿飛び出し注意”の看板をみかけるほどの郊外での暮らし。 自然豊かな環境や、少人数での丁寧なプログラムを通じて、佐藤さんの息子さんもさぞのびのびと毎日を楽しんだのでは、と質問したところ、意外な答えが。 佐藤さん「でもね、なかなかすんなりはいきませんでした。 息子は英語が全くわからなかったんですけど、子どもは言葉なんか話せなくても大丈夫だろうと、今までの旅での経験から私は思っていて。でも実際は、なかなか受け入れられず、幼稚園の子たちは手もつないでくれない。息子としては、ただただつながりたくて、ますます体当たりでいってしまうしで、もう、完全に拒否でしたね。 後から知ったのが、クラスに特別なケアを必要とする子がいて、その対応に担任の先生が追われてしまい、他の子へのフォローが行き届いていなかったということ。 子どもたちには、先生が自分に構ってくれないというフラストレーションもあったんだと思います。言葉が通じない子に対してどうしていいかわからないし、余裕もない。それで息子は幼稚園に行きたくない、となってしまって……」
季節の移り変わりとともに表情を変える森。 たくさんの鳥や昆虫、世界で2番目に大きいナメクジ「Banana Slug」もウヨウヨいる
現場での息子さんの様子を知りながらも、ボランティアでクラスのアシスタントをする役割があった佐藤さんは、簡単に休むわけにはいかず、自分を責めたといいます。 佐藤さん「そんな息子を見ているのがとてもつらかった。幼稚園の4時間が悠久に感じられました。1ヶ月くらい経ったところで、わたしの方が熱を出してぶっ倒れましたね。 良くも悪くも、飛び込んでみないと見えてこないことを知れたなと。それでも子どもはいい事をメインに覚えていて、最後は仲良くなれたって」 その仲良くなれたのは、どうしたきっかけで? 佐藤さん「クラスの中心になっていた女の子の態度が、途中でころっと変わった(笑) たまたま朝早く行ったときにその子も来ていて、息子と二人で遊んだんです。それまで“1対多”だったのが“1対1”になって、大好きー!ってなって、突然全員がウェルカムな雰囲気に」 それってどこでもよく聞く話……(笑)。 考えてみたらあたりまえなのですが、先進的な取り組みが注目を集めるような場所でも、そこに暮らす子どもたちはありのままの欲求や残酷さを持っていて、“個”として出会えた瞬間にけろりと打ち解けちゃう感じも同じなんですね。 ユートピアを求めても、どこであってもあるのは日常の延長ということでしょうか。
朝のサークルタイムでは日本語の「なべなべそこぬけ」も定番メニューに。しばらくすると子どもたちが「ナ〜ビ〜ナ〜ビ〜♩」と口ずさむようになっていたとか。
佐藤さん「そう。国や環境が違っても、子どもたちも親たちも、みんなわちゃわちゃしている、ということが分かったことが大きかった(笑) どこかに行けば問題が解決するとか、そこに行けば何かがあるということではないんです。シュタイナーだから良いとかでもなく、その子にハマらなくては意味がなくて。 でも、子どもっていいもので、興味をもったことには直感的に反応してくる。違いはあれど、根本的な部分は変わらないということを学びましたね。親も然りで、どこへ行ってもいろいろ悩んだり、仕事との両立に試行錯誤していて」
佐藤さん「子どもの日にみんなで作った白玉だんご。木の屑や土が入っているような気が……でも気にしない!」
それから佐藤さんは、子どもたちに日本語の歌や手遊びを教えたり、5月のこどもの日にはみんなで鯉のぼりを作り、兜を折って(サムライハットと訳されたそう)手作りの白玉だんごを食べたりして、個々の好奇心や異文化への興味を引き出す提案をしながら残りの時間を過ごしたのだそう。

母たちとの対話で見えた、生活から社会を変える力

佐藤さんの瞳には、ものごとを見透かしているような透明感があって、 話を聞きながら目があうとどきり。
旅では、世界に暮らす母たちとの出会いもありました。 ポートランド滞在の途中、メキシコやサンフランシスコ、ニューヨークにも足を運んだ佐藤さん。 佐藤さん「母親たちとの会話がおもしろくて。万国共通で言えることだと確信したのが、子どもを持つことで、ある目線が母親たちの中に芽生えるということ。 それは、地域や社会に向けた目なのですが、いまの世の中って経済中心でできているので、子どもは子どもって分断されていますよね。働く人は働く人で、お年寄りはお年寄りで……その機能別に分かれた壁をぶち壊していかなくてはいけないよねっていう話によくなりました。 少なくとも私が出会った人たちは、そうした話をしながら必ず“自分たちが変えていかなくてはね”って、主体的な姿勢で」 世界の母たちが、社会にある壁をぶち壊そうとしていると!(maze研もそうっちゃそうかもしれない)具体的に、どんな行動をしている人がいたのでしょう。 佐藤さん「ポートランドのシティ・リペアの活動で交差点をペインティングするのも、個々のプロジェクトの中心になっているのは子どもを持つ母親であることも多いです。子どもと暮らして初めて、地域に目が向くんですよね。今まで広告業界にいたけど、今はこれよ! という同世代の母と、一緒に交差点を塗りましたよ」
ドローンで撮影された交差点ペインティングの様子。塗っている佐藤さんも写り込んでいる。ここでのリーダーも子どもを持つ近所のお母さんだった。
佐藤さん「メキシコで映像ディレクターをしている友人は、7か月の子のママになっていたんですけど、メキシコシティはどんどん治安が悪くなっていて、危険すぎて安心して子育てができないと。親が見ていても、誘拐など危なくて、公園で子どもを遊ばせるのも難しい状況なんだそうです。どうしても屋内で遊ぶから肥満の子が多いし、学校はすごく高い塀に囲まれて、全然中が見えない。 その環境で子どもを授かった彼女がした決断は、国の奨学金に合格し、旦那さんと子どもも連れて、マケドニアの大学院で3年間、脚本の勉強をするというものでした。子どもと自分のために、越境。そういう選択をした人もいます」 日本でも、子育てや暮らしの環境を良くするために移住する人が増えていますが、子どものために、国をまたいでさらりとその決断ができるのはすごいです。 さらに、自己犠牲の上ではなく、しっかりと自分のキャリアは磨きつつというのがたくましい!
その一方、メキシコシティには「Papalote Museo del Niño(パパロテ子ども博物館)」という立派なチルドレンズミュージアムが。旅の中でこういった子どものための場にも必ず訪れる佐藤さんが、今までで一番素晴らしい施設だったと言う。
佐藤さん「わたしの妹の一家はブラジルの田舎に移り住んで3年になりますが、5人の男子を育てながら、夫婦で巻き寿司屋さんをしています。ブラジルというと治安が悪いイメージがありますが、そこは家に鍵をかけなくてもいいほど安全な村。近所の子どもたちと家を行き来しながらのびのびと育っています。 また、メキシコのオアハカに移り住んだ素敵な日本人ファミリーとも、友人の紹介で出逢うことができました。4人の子どもたちとともに、セルフビルドした家で暮らしています」 越境から定住、またその逆も。どの家族も自分で選択肢を生み出し、自分なりの選択に自信を持って暮らしているのですね。
オアハカに住む栂岡(ツガオカ)さん一家と。もともとは母・エミさんの音楽の仕事で移り住んだのがきっかけで、今は夫婦で音楽の仕事を軸に、オリジナルのチョコラテの製造販売や取材コーディネートなど、多くの生業をつくっている
佐藤さん「その時々の選択に、それぞれが納得しているかどうかなんです。 日本では、なんでも良い・悪いの二元論が多くて、息が詰まってきます。育児にしても、母はこうあるべき、男は働いて家族を養っていくとか、世間の目に囚われていることが多いですよね。どうしてみんな日々の暮らしの優先度が低いんだろう、幸せそうじゃないんだろうって。 本当は、それぞれの好きでいいし、多様でいい。どこにいたってどういう形でも、自分たちの暮らしを作っていくことはできるし、子どもを育てることもできる。旅をする中でたくさんの家族のかたちに触れて、そのことがよりハッキリと見えてきました」 そこでしか出会えない人とたくさんの価値観を交換しながら、「母親が、世界を変えていく」ことを実感したという佐藤さん。 自分軸に子どもの軸が加わることで、よりまぜこぜに勇敢に、母親たちの世界も行動も広がっているのですね。

分断されてきた世代だからこそ、多様性の大切さを肌で感じる

3ヶ月の旅を終えて日本に戻った佐藤さん、その後、夏に2ヶ月間ヨーロッパへ出かけ、2018年の2月には神奈川県の逗子にお引越しされたとのことで! 佐藤さん「小さな自治体に行きたくて。自分の行動で、まちを変えていく手応えを感じてみたいんです。 三浦半島や湘南エリアには、地域や子どもに関する活動をしている魅力的なおとなたちがいっぱいいて。暮らしの中でその人たちのあり方に触れてみたいな、というのもあります。 子どもたちにはとにかく、多様な大人に出逢ってほしいので、この人はいったい何者なんだ……? くらいの人とバンバン会って、可能性を広げてもらいたいなと。親が子どもにしてあげられることって、子どもだけではできない経験ができる環境を作ることだと思うので」
いつでも海岸に立ち寄り、海に飛び込める。山や森にも囲まれた自然に近い暮らしを味わう日々。おとなたちも本気で遊ぶ。
私たちの世代が子どもだった時は、親や先生の価値観のもとで生きるのがわりと普通でした。だからこそ、いま大人になってより多様なものに強く惹かれるのだと思うのですが、多様なものにはじめからふれる機会がたくさんある今の子たちは、一体これからどんな風に育っていくのでしょう。楽しみです! 佐藤さん「私たちの親がバリバリ働いていたのって、出稼ぎで核家族化が進んで、高度経済成長期で社会問題も噴出してっていう時代ですよね。そういった中で、いろいろな危険を回避するという思考もあってか、より個に重点が当てられて、つながってきたものがどんどん途切れていったときだと思うんです。 でもいま世界で起きていることは、分断からの反動で、統合に向かっているのは間違いなくて、各地で出逢う人たちと、いつも同じような話をしています。 インターネットを通じてすでに世界中がつながっているし、物理的につながっていないところでも、たとえばまちづくりの取り組みでも、教育に関する取り組みでも、1つの地域の事例を他が真似するのではなく、同じようなことが同時多発的に起きているんです」
サンフランシスコの都市農園「Alemany Farm」。都市の中で、お互いに学び合いながら農作業を行い、収穫物をシェアする取り組みは、今や全世界で起きているムーヴメント
日本人でいえば、祭りを中心としながらコミュニティーを作るなかで、人は誰かと一緒でないと生きていけないということが遺伝子レベルで組み込まれている、という佐藤さん。子どもを生むことで、そこにまた呼び戻された感覚があるのだと。
息子さんとともに参加している「東京花祭」。愛知県東栄町の神楽を東京の東久留米市で継承し、2017年で25周年を迎えた。現地の保存会や子どもたちと交流しながら地域のお祭りとしても機能している
佐藤さん「自分だけが所有するものを増やしてきた時代から、いまの私たちの世代って、もともとなにも持ってないから、みんなでシェアしたら面白いじゃんという発想に変わっていますよね。だから、これからもっと子育てにしても “みんなで育てる”というふうにしていきたいですね」 最後に、佐藤さんのこれからについて聞きました。 佐藤さん「基本的には、自分たちの暮らしをおもしろくしていくことをベースに、子どもが自然の中でのびのびと、みんなの顔が見える中で育ちあうことをしていきたいです。 相変わらずちんどんもしていて、既に逗子市のイベントにも召集がかかりました(笑)最近は自然素材を使っての楽器づくりのワークショップもしていて、最後にみんなでパレードします」
楽器づくりのワークショップはどこへ行っても大人気。流木や枝、貝殻などの自然素材と、ビールの王冠を組み合わせて、子どもたちとじっくり制作する
佐藤さん「そんなことを続けていたらリクエストを頂いて、月に一回、野外で活動する自主保育のグループに呼んでいただき、私の中に蓄積された国内外の歌や遊び、物語を伝えながら一緒に遊ぶ時間も持たせてもらっています。 もちろん、息子と一緒にまた旅にも出る予定ですが、これまでの体験や旅での出会いを文章にしてまとめ、展示もしたいと考えています」
野外自主保育の子どもたちと、海岸の素材で「海のマンダラ」づくり
わー、佐藤さんの世界は広がるばかりですね! 佐藤さん「cotocontonは、Creative Think Tank だと考えているんです。 私が拾い集めた国内外のプロジェクトやソリューションをもとに、志を同じくする人たちの活動をサポートして、コミュニティーや子どもに関する場づくり、広報活動、企画などをしていくような。 これから世界中でいろんな垣根がなくなるので、その免疫をつけておかないと、どんどん苦しくなってきます。働き方や生き方がガラリと変わっていく世の中で、子どもたちには強く生きのびて欲しいし、その力を一緒に育んでいきたい。 そのためには、何より親である大人たちが楽しみながら挑戦していくことが大事だと思っています。cotocontonの活動が、その一助となれば嬉しいですね」
自分と子どもの眼差しをかけあわせ、世界とつながろうとする佐藤さん。 ときに自分が行動を起こす人でありながら、周りの人を絶妙な距離感から見つめて、そこで見たことを伝え広める「拡張器」のような人だと感じました。 私も佐藤さんの目を通して、一緒に世界の子育てを見て回ったような感覚に。 佐藤さん、答えを見つけに行くのではなく、そこで自分が何をするかを考え続ける旅の話、また聞かせてください!

佐藤 有美(さとう ゆみ)さん

19 suribachi 主に「こども」をテーマに、国内外を “隙あらば旅” するフィールドワーカー。
リクルートにて新規事業立ち上げなどを担当後、博報堂にてさまざまなクライアントのブランディングやプロモーションを企画・実施。グッドデザイン賞、新聞広告賞などを受賞。 2012年の出産を機に「こども」の世界にシフト。国内外の教育機関や施設・公園・プロジェクト等を体験視察。 「ちんどん おてんきや」としても活動し、こどももおとなも一緒になって町を練り歩くパレード型ワークショップでは、音楽の楽しさと、場に伝播させるワクワクを伝えている。 ことこんとん http://cotoconton.com
(撮影:荒木理臣 協力:ナカイユウヘイ 文:ひらばるれな)
研究員プロフィール:平原 礼奈

mazecoze研究所代表
手話通訳士
「ダイバーシティから生まれる価値」をテーマに企画立案からプロジェクト運営、ファシリテーション、コーディネートまで行う。
人材教育の会社で障害者雇用促進、ユニバーサルデザインなどの研修企画・講師・書籍編集に携わった後に独立。現在多様性×芸術文化・食・情報・人材開発・テクノロジーなど様々なプロジェクトに参画&推進中。

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