【後編】パーソナルモビリティからソーシャルデザインまで、磯村歩さんのイノベーションは、デンマーク流「職住近接」から生まれていた。
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42歳で独立起業した磯村歩さん。前編では、デンマーク留学での「職住近接」体験と、そこで得た気づきについてうかがいました。後編は、デンマークから戻り、二子玉川でリアル職住近接生活を手に入れた磯村さんの仕事と暮らしに迫ります!
>>前編を読む
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二子玉川にクリエイターのためのシェアード・コラボレーション・スタジオ「co-lab二子玉川」が誕生したのは、2011年4月のこと。デンマークから戻った磯村さんは、第一号会員としてco-lab二子玉川に入会し、清澄白河から通勤します。なぜ、家の近くではなくて、電車で40分ほどの場所にあるシェアオフィスを選んだのでしょう?
「co-lab二子玉川は、二子玉川エリアの街づくりに取り組み、新しいライフスタイルを提案する企業共同プロジェクトの場としても運営されています。シェアオフィスに入居すれば、様々なネットワークやコラボレーションが生まれ、まだ実績のない当社でもビジネスチャンスが広がると考えました。それで内覧会のその場で入会を決めたのですが、最初に入居すれば、co-lab二子玉川のメンバーとコラボしたいと思った企業は、まず当社に興味を持つはずだと考えたわけです」
入居メンバー同士の交流の中からも、新しい街づくりのコラボレーションが期待されているco-lab二子玉川
磯村さんの予想通り、入居後には、磯村さんがパーソナルモビリティ事業に取り組んでいることを知った企業からの誘いで、パーソナルモビリティの普及を通して地域の活性化に取り組む地域モビリティ検討コミュニティ「QUOMO(クオモ)」の参加が決定。磯村さんの会社以外は、どこもそうそうたる大企業が名を連ねたのだそう。
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デンマーク滞在中に、日常生活での移動を支援する1~2人用のコンパントな乗り物「パーソナルモビリティ」が注目されていることを知り、そのタネを日本に持ち帰った磯村さん。現在では、自治体、商店街、ベンチャーなどに向けたパーソナルモビリティの導入・開発支援を幅広く展開しています。
また、ハンドル型電動車いす「Luggie(ラギー) 」の販売特約店にもなり、パーソナルモビリティのコンセプトモデル「gp1」を企画からデザインまで手掛けるなど、いつしかパーソナルモビリティの企画開発、デザイン、販売、導入支援までトータルで熟知する貴重な存在に。全国からの依頼・相談は日々増えているそうです。
Luggie(ラギー)。公道走行が可能で、一般的な電動車いすよりも軽く、折りたたんでクルマのトランクなどに収納可能
パーソナルモビリティのコンセプトモデル「gp1」。デザインの展示会などにも出展。
日本でもここ数年で、高齢者や障害者の行動範囲を広げるといった視点や、環境問題、交通渋滞などの様々な課題解決策の一つとしてパーソナルモビリティが注目されています。でも、普及のためには課題もたくさんあるようで。
「たとえば、免許を返納した高齢者がパーソナルモビリティを活用しようとした場合、ジョイスティック型、ハンドル型、重心移動で乗るものなど操舵方法が多様で、その試乗機会は必ずしも多くありません。また介護保険が使えるもの、公道走行できないもの、最高速度もまちまちで、何をどう使ったらいいのかわからない。さらに、電車、ショッピングセンター、市役所など公的な施設においても、混雑や安全性の配慮からシニアカー(ハンドル型電動車いす)での乗り入れを禁止しているところもあります。実験段階のパーソナルモビリティは特区認定をうけて運用する必要がありますが、市民レベルでその体制をつくりだすことはなかなか困難です」
様々な事情を知った磯村さんは、「ハードの開発に加えて、認知拡大や運用方法に大きな課題があり、社会はそこの解決も求めている」のだと気がつきます。そのためには、パーソナルモビリティの開発側とユーザー側をつなぐ存在が不可欠で、自分であればその役割を果たせるだろうと。
磯村さんがコンサルティングした自治体での実証実験の様子
「今は、パーソナルモビリティの企画・開発というところから、どうすれば、それぞれの地域や街でパーソナルモビリティが導入できるのかをコンサルティングする方向に事業がシフトしていますね。そこで大切になるのは、地域に寄り添って、移動の課題を明確にするところからスタートすることです」
個人レベルではなく地域や街全体のレベルで不便さや課題を知り、その改善を目指すことで、誰もが不自由なく暮らせる社会の実現につながっていく。パーソナルモビリティは、そのための一つのツールであると磯村さんは言います。
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シェアオフィスを拠点にパーソナルモビリティ事業を拡大させる磯村さん。ご自身の生活にも変化が起こったのは入居後半年ほど経ったときのこと。二子玉川でマイホームを手に入れ、リアルな「職住近接」ライフをスタートさせたのです。
「この地域で働きながら、地域に関わるビジネスを進めていく上で、ここに暮らす当事者の視点も必要だと考えました。ビジネスも生活もひとつながりで考える中に、新たな発見があると考えています。もう一つ大きな変化として、起業して1年ほどで子どもが生まれたこともあります。共働きで子育てをする中で、家族との時間を大切にする手段としての職住近接でもありました」
磯村さんの家。見渡しが良いフラットな空間に、建築家でもある妻の舞さんとのコラボでリノベーション。
それから数年が経ち、娘の華ちゃんはもう4歳。毎朝華ちゃんを自転車で保育園に送り、そのまま5分ほどのオフィスで働いている磯村さんは、職住近接ライフを始めて「本当にいろんなメリットを実感している」と言います。
「まず、自宅で子どもと夕飯を共にすることが多くなりました。また子どもに親の仕事場を見せたくて、送り迎えの途中でオフィスに寄ったり、オフィスで開催されるイベントに家族で参加したりします。シェアオフィスにはいろんな職業の方がいますから、子どもが様々なロールモデルを感じられていいと思っています。シェアオフィスの会員同士で家族ぐるみのお付き合いをさせてもらっているのですが、子ども服を譲り受けることもありますし、互いの子どもの顔を知り合えば、地域のゆるやかな見守りにも繋がると思っています。移動手段も徒歩と自転車が中心になったのですが、これがかえって地域の良さの再発見にもなるんですよ。」
フタコラボの商品ラインナップ
二子玉川で暮らし、二子玉川で働く磯村さん。地域に根ざした「地域デザインブランドの創出」、「地域共生の場づくり」も進めています。
磯村さんが進める地域デザインブランドは、その名も「futacolab(以下、フタコラボ)」。二子玉川から多様なコラボレーションを育もうと、世田谷区にある福祉作業所やパティシエ、このエリアで活動するクリエイターや地域の子どもたちとコラボしながらスイーツなどの企画・販売を手がけています。
フタコラボのスイーツ「ホロホロ」。社会就労センター パイ焼き窯の障害者たちが製造に携わっています。
「フタコラボ事業で目指すのは、世田谷区の多様な人たちと連携したビジネスモデルを確立すること。たとえば、駅前のショッピングモール二子玉川ライズの竣工祝賀会では、贈答用にフタコラボのスイーツが配られたり、若手アーティスト180人にスイーツに添えるハガキを描いていただき展示販売会をしたり、昭和女子大学の学生や地元のクラフトビールとコラボしたりと、地域のいろんな人たちがいろんな形でフタコラボに携わっています」
「世田谷区産業表彰」の授賞式
フタコラボは「世田谷区産業表彰」や「Good Job! Award 2016」に入選、「世田谷みやげ」に指定、また「公益信託世田谷まちづくりファンド」には2年連続で採択されるなど評価も高まっています。デンマークで気づきを得た「環境がバリューを持つと、自ずと多様性を楽しめるしくみが生まれる」を、二子玉川で進めている磯村さん。いまでは、二子玉川をベースに活動はより広がりを見せているのだそうです。
地域共生のいえ「いいおかさんちであ・そ・ぼ」では住宅の開きスペースを活用して、多世代のつながりを作り出しています。
さらに磯村さんは、建築士である舞さんとともにシェアハウス、エコビレッジなど、デンマークで経験したこれからの時代に求められるライフスタイルを提案するWebマガジン「ユルツナ」も運営。その取材で得られた知見を元に、地域の人たちが育児の悩みを共有し、相談し合うことができる交流の場「いいおかさんちであ・そ・ぼ」を企画しています。この取り組みは、一般財団法人 世田谷トラストまちづくりの「地域共生のいえ」に認定され、公的な地域活動として運営されているのだそう。本当に幅広くてまぜこぜ〜。
と、ここで素朴な疑問が。地域に関わる人たち同士のつながりやコラボレーションを通して、地域の活性化を図る取り組みの先に、具体的にどんなビジネス展開があるのでしょうか?
「イノベーションがさけばれて久しいと思いますが、方法論に加えて大切なことの一つは、“自分ごと”としてやりきれるかどうか? そういった意味で、自分自身が暮らす地域での活動は、まさしく“自分ごと”として継続的な活動になりえます。また、地域での活動は時間をかけた関係性づくりからスタートします。これもまた、コ・クリエーションやオープンイノベーションにとって必要なこと。ビジネスの関係でスタートすると、環境の変化で関係性が途絶えがちですが、“自分ごと”や地域のために志を共有して取り組めば、共感を呼び、継続していくはずです。ひょっとしたら地域というのは、イノベーションを生み出すエッセンスが凝縮された実験場なのかもしれません。」
な、なるほど〜!
「また、育児をしながらの働き方や介護と仕事の両立、さらに高齢化社会を背景に定年後も働き続けないといけないなど、私たちは新しい働き方の模索の真っ只中にいます。働くと暮らすを分断することで高い生産性を担保してきた社会から、大きく変わろうとしている。そうした中で、働くと暮らすの境目にある職住近接は、新たなビジネス展開に向けたヒントがあるのだと思います。」
職住近接ライフが広がれば、人々の間でライフスタイルや価値観の変化が起こるのは必然。そこに転がるビジネスチャンス=日本の課題を見つけ解決する視点に気づくのも、職住近接の実践者であるからこそなのですね。職住近接実践中の私たちまぜこぜ研メンバーも、磯村さんのお話に激しくうなずきながら、これからの働き方暮らし方に思いを馳せた取材となりました。磯村さん、ありがとうございました!
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(text協力:五十川正紘 取材・編集:ひらばるれな)
プロフィール:磯村 歩(いそむら あゆむ)さん 株式会社グラディエ代表取締役。1966年生まれ、愛知県出身。1989年、金沢美術工芸大学工業デザイン専攻卒業後、富士フイルム株式会社に入社。同社にて、カメラや医療機器のプロダクトデザイン、インターフェースデザインに従事し、グッドデザイン賞を始め、デザインコンテスト受賞多数。2010 年、株式会社グラディエを起業し、同社取締役を務める妻の舞氏と共に、デザインを通じた「パーソナルモビリティの導入支援」、「地域デザインブランドの創出」、「地域共生の場づくり」に取り組んでいる。また、ユニバーサルデザイン、パーソナルモビリティ、ワークライフバランスなどをテーマとした書籍執筆、講演実績多数。 >>株式会社グラディエのホームページはこちら
<グラディエが運営する「futacolab」のイベント情報> 2017年1月21日に開催される「第2回世田谷まちなか観光メッセ」に、世田谷名所のイラストカードを添えたチャリティスイーツギフトボックス 約50点を展示販売します。また当日は産業能率大学とコラボした商品案内コンシェルジュも。なお同イベントに展示販売する商品はフタコラボのfacebookページにて紹介しています。 >第2回世田谷まちなか観光メッセの公式ページはこちら
シェアオフィスはビジネスチャンスが広がる場
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地域や街全体のレベルで考えることが大切
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職住近接ライフが広がれば、怒涛の変化が起こる
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まちの人たちのつながり&コラボで地域活性化
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プロフィール:磯村 歩(いそむら あゆむ)さん 株式会社グラディエ代表取締役。1966年生まれ、愛知県出身。1989年、金沢美術工芸大学工業デザイン専攻卒業後、富士フイルム株式会社に入社。同社にて、カメラや医療機器のプロダクトデザイン、インターフェースデザインに従事し、グッドデザイン賞を始め、デザインコンテスト受賞多数。2010 年、株式会社グラディエを起業し、同社取締役を務める妻の舞氏と共に、デザインを通じた「パーソナルモビリティの導入支援」、「地域デザインブランドの創出」、「地域共生の場づくり」に取り組んでいる。また、ユニバーサルデザイン、パーソナルモビリティ、ワークライフバランスなどをテーマとした書籍執筆、講演実績多数。 >>株式会社グラディエのホームページはこちら
<グラディエが運営する「futacolab」のイベント情報> 2017年1月21日に開催される「第2回世田谷まちなか観光メッセ」に、世田谷名所のイラストカードを添えたチャリティスイーツギフトボックス 約50点を展示販売します。また当日は産業能率大学とコラボした商品案内コンシェルジュも。なお同イベントに展示販売する商品はフタコラボのfacebookページにて紹介しています。 >第2回世田谷まちなか観光メッセの公式ページはこちら
研究員プロフィール:平原 礼奈
mazecoze研究所代表
編集者・手話通訳士
「ダイバーシティから生まれる価値」をテーマに企画立案からプロジェクト運営、ファシリテーション、コーディネートまで行う。
人材教育の会社で障害者雇用促進、ユニバーサルデザインなどの研修企画・講師・書籍編集に携わった後に独立。現在多様性×芸術文化・食・情報・人材開発・テクノロジーなど様々なプロジェクトに参画&推進中。