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「情報提供側と受け手側の関係性がフラットで相互交流的なオンラインコミュニティ」について、宇樹さんと考えてみました

平原 礼奈 │ 2020.06.25

発達障害当事者ライター宇樹義子×mazecoze研究所 「ほしいもの創出プロジェクト」

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多様性を軸に、テーマオーナーのほしいものを考える

こんにちは。mazecoze研究所のひらばるです。 多様性を軸に、テーマオーナー(話題提供者)のほしいものをつくっちゃおう。 多様性に光を当て、問いを立て、アクションを考えることから「あなただけの自由を後押し」する唯一無二の価値を社会に生み出すことができるのではないか? そんな仮説をもとにはじまった「ほしいもの創出プロジェクト」。 プロジェクトメンバーの宇樹さんくらげさんといろいろな視点を交えさせていただきながら進めてきました。 前回の記事では、テーマオーナーである発達障害当事者ライターの宇樹義子さんが、宇樹さんとITとの関わり方や感じている課題、ほしいものについて提案してくださいました。
記事はこちら↓ 「宇樹とITとの関わり & ITの課題をどう超えていくか?」 前編後編
まずは、宇樹さんの提案を振り返ってみたいと思います。

宇樹さんの提案を振り返ります

宇樹さんからの提案は、次の内容でした。
「情報提供側と受け手側の関係性がフラットで相互交流的でクローズドなオンラインの有料コミュニティ」をつくりたい!   その理由として、宇樹さんの視点から語られたこと
  • いま私が生きているのはITのおかげ。ITによって幸せで安心できる生活を送ることができている
  • 具体例としては、SNSでのつながりを通じて味方となる人や支援制度にアクセスできたこと。クラウドストレージでのデータ整理や、活動量計や音声アシスタントといったお役立ちツール、クラウドワーキングによる仕事づくり、リモートワークなど、ITをフルに活用していることなど
  • ITのよいところは、身体性の縛りを超えられて、人々のストレスや疲れ、環境問題を軽減することにも役立つところ
  • 一方でITの抱える課題は、情報の発信が容易な一方で、受け取る側の情報を集めるのには多くの手間がかかることや、情報をまとめて個々人向けに最適化することのハードルが高いこと。それは、直接の交流と比べ、提供側の発信する情報と受け手側の開示する情報の量がアンバランスであるとも考える
  • そうした課題を解決するために、情報提供側が受け手側と「相互に情報をやりとりしあう」関係性を作ることができると、情報の質と精度はより高まっていくのでは?
そうして提案されたのが、「情報提供側と受け手側の関係性がフラットで相互交流的でクローズドなオンラインの有料コミュニティ」でした。 宇樹さんからの提案を聞いて、驚いたんです。 「IT」をテーマに自分のほしいものを突き詰めてほしいとお願いしたので、あったらいいなという便利な機能やプロダクトのアイデアが出てくるのかな、と勝手に想像していました。 でも、宇樹さんから出てきたのは、コミュニティ。 しかも情報提供側と受け手側の関係性がフラットで相互交流的で、なおかつオンライン(IT)のよさを最大限に活用したコミュニティというのに、新しい選択肢のあり方を感じました。

ナラティヴ・アプローチとは? 思考を掘り下げる

創ってみたいものが出てきたので、そこからは、プロジェクトで次のアクションに続く糸口を探っていきました。 私からは、宇樹さんの記事を読んで感じた素朴な問いを投げかけさせてもらいながら、それに応えてもらう形で進めてみることに。 宇樹さんとの対話より(slackにて) ひらばる 宇樹さんが考えるITの抱える課題の中に「情報をまとめて個々人向けに最適化することのハードルが高い」とあるけど、いま、Web検索をしたりWeb記事を読んだりしたときに、その内容に紐づいて自分に興味がありそうな情報が出てきますよね。あれは情報が個人向けに最適化された状態とは違うのかな? 宇樹さん 紐づけられて出てくるその他の情報って、サイトや検索エンジンのアルゴリズムに従って出てきてるもので、そこには、ユーザには容易には解明できない広告的意図とかがあったりするわけよね。本当に「その人個人のため」かは不明だし、もしかすると知らないうちにミスリードされてるかもしれない。 一方で私が言っている「個々人向けに最適化」というのは、もともと支援業やサービス業がやってた範囲のことをやるのに近い感じ ひらばる 情報提供側に、あなただけのために、というのとは違う意図が含まれていることがあるということですね。たとえその人の興味に類似してセレクトされた情報だとしても、本当の意味で「個々人向けに最適化」されてはいないという認識でいると。 宇樹さん そう。個々人に向けた最適化で、特に私が考えているのは心身の健康管理の分野のこと。 たとえば、「自律神経調整にはこういうことするのがいいですよ」っていう情報がいくらあっても、「私はこういう症状があって、環境がこうで、昨日はこうで今日はこうだった、今後こういう生活になる見込みがある、じゃあとりあえず何をどういうふうに重点的にやってくのがいちばんの近道かな?」というのは、一人ひとり必要な情報が違うよね。 これまで医者や健康アドバイザーのような相手に、細かい個人情報を提供したうえで得ていた情報のような精度のものを提供するイメージかな。 ひらばる かなりのレベルの最適化を考えてたんだね。じゃあその情報の質と精度が高い状態とは、どんな状況なのでしょう? 宇樹さん 究極に支援的であること。 「いまこの瞬間のAさんには、いまこの瞬間のAさんのため100%の、いまこの瞬間のAさんが最もAさんらしいままに幸せに近づくことのできる情報である」、ということかな。 ひらばる なるほど、提供される情報の質は実はAさんの幸せを左右しうるのだと。 「情報提供側が受け手側と相互交流的」とも書いてあったけど、相互に情報をやりとりしあう関係性の鍵となるのは? 宇樹さん 「フラットな関係性」を何よりも重視すること、かな。 ここでは、お医者さんとか健康アドバイザーが相手になるのでなくて、「個々人がフラットに相互的にやりとり」することを考えてる。そうすることで情報や関係性の自浄作用と細かなアップデートが働くんじゃないかと期待するから。 これはいわゆるナラティヴ・アプローチとかの文脈だと思ってます。 ひらばる ナラティヴ・アプローチは、宇樹さんの本『発達系女子 の明るい人生計画 ―ひとりぼっちの発達障害女性、いきなり結婚してみました』にも出てきていました。ちょっとだけ教えてもらっていいですか。 宇樹さん ナラティヴ・アプローチは、病気や障害などの当事者へのケアや援助を「ナラティヴ(語り、物語)」の視点からとらえなおす動きの総称で、これまでのケア・援助の場の感覚とは違う点が多いと言われてます。 日本では、医療や臨床心理・キャリアコンサルティングなどいろんな分野で取り入れられているけど、それぞれで手法や定義が違うこともあるし、そもそもまだあまり知られてないのよね。 ナラティヴ・アプローチは「無知の姿勢」「当事者と対等な立場に立つ」など、支援者・治療者と当事者を対等で相互的な関係性で結ぶ要素が特徴的。 背景には、社会構成主義(社会構築主義とも)と呼ばれる思想があって、社会構成主義では「ものごとは社会との相互の影響の中で形づくられるものであり、ものごとの原因をひとつの明解な原因に求めることはできない」と考える。 だから、支援者が規定された正解を教えるのではなく、まず当事者が語るストーリーに注目して、語り手も聞き手も相互に影響しあいながら、ストーリーが変わっていくことで、考え方や課題を変えていく手法のことをナラティヴ・アプローチと言います。 ひらばる それってまさに、宇樹さんの「情報提供側と受け手側の関係性がフラットで相互交流的なコミュニティ」だよね。 宇樹さん そうだね。ナラティヴ・アプローチの理論では、「本当に誰かのための情報やサービス」は、権力によるミスリードを完全に避けないと成り立たない、とするの。 権力によるミスリードというのは、たとえば医者が権威的に振る舞って患者を抑圧してしまうとか、患者が訊きたいことを医者に訊けない、聞いてほしいことを聞いてもらえない、結果、理想的なケアが受けられないみたいなことね。 患者って英語でpatientって言うよね。で、我慢強いとか何かにおとなしく耐えてることをpatientという。困っている人をpatientの位置から、ともに問題を解決するグループのmemberにしていくのがナラティヴ・アプローチとかオープンダイアローグのありかた。 ひらばる ともに問題を解決するmemberか、なるほどー。 運営の面で、宇樹さんが理想とするコミュニティはクローズドコミュニティとのことだけど、そのコミュニティには「誰」に入ってほしいという想定がありますか? 宇樹さん 誰がどの程度お金とエネルギーを提供するかとかにもよるけど、たとえば健康管理に関するコミュニティであれば、健康管理に困りごとや向上心を持ってる人たち、健康管理について当事者である人たち。 規模の大きいものであれば、ときには各分野の「専門家かつ当事者である人」に助けてもらえるのが理想かな。 ひらばる みんなが「先生から一方的に教えてもらう」んじゃなくて、先生もひとりのmemberとして参加するような感じがポイントになるんですね。 さて、今回、「IT」をテーマに宇樹さんのほしいものを考えてもらいました。 ITを活用したら、フラットな関係性のコミュニティの維持にどんないいことがあるかな。 宇樹さん Twitterを例に出すと、フォローしたりブロックしたりミュートしたりリストに入れたり外したり、あるいはコミュニティで支払料金によってアクセスできる機能を違えたりとか、いろいろできるよね。そういったようなことだと思う。こうしたネット上のコミュニティに特有の便利な機能によって、「誰かが誰かの極端な行為のために安心感を感じられない」とか、「自分の知られたくない個人情報をみなに知られてしまう」といったことを効率よく避けられる。 ひらばる 多様な機能を選択できるITだから、参加する人やそのコミュニティの安心安全な場を維持していけるんですね。

ガーミンジャパン株式会社さんにお話をうかがうことになりました

宇樹さんとの対話を通じて、「情報提供側と受け手側の関係性がフラットで相互交流的なオンラインコミュニティ」は、次の要素が核となることを、自分なりに理解することができました。
  • 究極に支援的
  • 「いま」の自分(あなた)を見つめられる
  • フラットな関係性
  • 対話的
  • 相互的
  • 個々のものがたりから始まる
  • 関わりながら、情報の質と精度が高まっていく
  • 安心安全の場
では、具体的にどんなコミュニティを作れると理想なのか? そう思って聞いてみましたところ、「“Garmin友の会”とかいいかもね」、と宇樹さん。 宇樹さんは先の記事後編で、「自分の疲れを自覚するのが不得手な人も多い発達障害という特性に、体力の残りやストレスのレベルを表示してくれるBody Battery (ボディバッテリー)の機能がとても役に立っている」と言ってGarmin vivosmart4という活動量計を紹介していましたね。 そのGarminの活動量計についての友の会を作るのはどうか、という話です。 宇樹さんが使っている活動量計 Garmin vivosmart4 宇樹さんは、「Body Batteryの情報を相互にシェアしたり、コメントしあったり、役に立つ情報をアップしていくようなコミュニティを作るのはどうだろう?」と考えたのだそう。 たしかに、Body Batteryはその人だけの毎日の情報を表してくれるものだし、体の状態は心身や環境との関わりの中で変化するから「いま」の自分を見つめやすい。 それをお互いに受け止めながら、支援的に発展させていくような関係性が生まれたら素敵かもしれません。 一方で、プロジェクトを進める中で、変化してきたこともあります。 はじめは「ほしいものを実際につくる」ということを目指していたのですが、では、“Garmin友の会”を我々で運営できるのかとなったときに、思考と実施はイコールでないことにも改めて気がつきました。 宇樹さんが提案をしてくれてからこの記事を公開するまでの間に、コロナ禍による長い自粛期間もあり、社会状況は大きく変化しました。この記事も先の宇樹さんの記事も、実は2ヶ月ほどペンディングになっていたりもして。 私たちはこの期間を通して「現状はみんなにエネルギー的・資金的余裕がないだろう」とも感じるようになりました。参加してほしいと想定する方々も、実行する私たちも。 いろいろ整理をしながら、「思考実験の理想として“Garmin友の会”のアイデアにたどり着いたけれど、実際に友の会の立ち上げと運営をするのは無理かなぁ」というのが、現状のプロジェクトの着地点かなと考えています。 ですが私、しつこいので(笑) もう少しやってみたいことが残っていました。 それは、“Garmin友の会”を、周りの人の目も通していろんな方向から見つめてみたい、ということ。 そこで、日本でGarminのウェアラブル端末を展開されているガーミンジャパン株式会社さんに、直接お話を聞くことができないかなぁと思いました。 個人的な興味として、企業理念やプロダクト開発への思いもお聞きしてみたいし(Garmin Ltd.さんといえば、航空、海洋、自動車などでGPSナビゲーション関連製品を提供する会社として有名ですが、なぜ、フィットネスやBody Batteryといった個人向けウェアラブル製品も展開されるようになったのかも気になります)、“Garmin友の会”のアイデアについてもちらりとお話ししてみたい。 そんな曖昧な状況ながら、取材のお願いをしてみましたところ。 なんと、すぐにOKのお返事をいただきました! 広報ご担当の方が、宇樹さんのnote「発達系女子がハイテクガジェットで極限までライフをハックする沼にハマり、なぜか癒されちゃった話」の記事を既にご存知で、「メーカーの人間としても、このようなお役の立ち方があるのだと発見がありました」というコメントまでいただき、驚きました。 テーマオーナーからの提案を、色々な角度から見て、問いを立て、企画を実現させるために行動し、その一部始終を記事にする実験である「ほしいもの創出プロジェクト」。 着地点が見えてきた段階ではありますが、次は特別編として、ガーミンジャパンさんへの取材の内容をお届けしたいと思っています!
研究員プロフィール:平原 礼奈

mazecoze研究所代表
手話通訳士
「ダイバーシティから生まれる価値」をテーマに企画立案からプロジェクト運営、ファシリテーション、コーディネートまで行う。
人材教育の会社で障害者雇用促進、ユニバーサルデザインなどの研修企画・講師・書籍編集に携わった後に独立。現在多様性×芸術文化・食・情報・人材開発・テクノロジーなど様々なプロジェクトに参画&推進中。

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