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多方面解決型の「ライフ✖️ワーケーション」体験記!「錦江町」が目指す多様性あふれるマゼコゼな未来は、地域課題解決の超最先端モデルだった。

福留 千晴 │ 2021.05.13

*本記事は、緊急事態宣言が発令される前の3月下旬に現地へ滞在した際の記事となります
*撮影用にマスクを外している写真がありますが、ソーシャルディスタンスを確保した上で撮影しています

mazecozeワーケーション体験記

こんにちは。福留千晴です。
先日、mazecoze研究所の「ワーケーション特集」で、ひらばる編集長と、鹿児島県は大隅半島・錦江町(きんこうちょう)「未来づくり課」の素晴らしい方々が取り組まれている施策をご紹介したばかりですが、取材中に「いや〜、私、最近”桜島欠乏症”なんですよね」(症状:年に少なくとも1回は活火山である桜島と錦江湾の雄大な景色を見ないとエネルギーが欠乏し、禁断症状として手の震えなどが起こる個人的な現象)などと話していて、本当にコロナ禍で鹿児島に1年半以上帰れておらず、2歳の息子を溺愛する鹿児島のジイジにも会えていないことを改めて憂いたのが2月初旬。その時は、もう少し暖かくなって、コロナも落ち着くGW頃にはまた帰省も含めて錦江町に寄れたら良いな〜なんて気軽に考えていました。が、人生というものはそんなに甘くなく、何かが重なる時は重なるものですね。

そんな中、自分自身が日本の最先端課題の当事者に

1年半ぶりに出会えた桜島はいつもと変わらない表情だった

2月の中旬に、ほぼ毎日のようにLINEのやりとりをしていた、鹿児島の大隅半島・鹿屋市に住む父と連絡が取れなくなりました。父は築100年以上の古い家にひとりで住んでいるので、何か嫌な予感がして、関西に住む叔母にも連絡をしましたが、同様に連絡がつかないと。胸がドキドキして、もしかしてもう父には会えないんじゃないかと、そういう時はそういうことばかり考えてしまうものです。どうすることもできずにその日の息子のお迎え時間になり、真っ白な頭のままお迎えに行ったのを覚えています。

結局、一両日中に父と連絡は取れたのですが、軽い脳梗塞でかかりつけ医に入院しているとのこと。初めて連絡が取れた時の安堵と言ったら忘れられませんが、なんだか会話がおかしい。本人が訴える病状もコロコロ変わり、親戚中が混乱しました。父は一時的に脳梗塞の症状で短期の記憶がなく、自分の不安や事実が曖昧になってしまっていました。周辺に住んでいる親戚がすぐに病院へ連れて行ってくれたおかげで命に別状がなく、また父と会話ができることの喜びを噛みしめながら、同時にこれから長い闘いが始まるなと予感もしていました。私は父にとってはひとりっ子で、父はひとりで暮らしており、私は個人事業主で自分で仕事をしていて、家庭の事情で現在は東京に住まざるを得ない。この中で、いかに育児と仕事と介護を回していくべきか、簡単には答えが出ない。特に私のような個人事業主の女性が仕事を続けることの難しさは「保活特集」でも触れていましたが、心の中では「もはやいよいよ……ここまでか」というような気持ちが大多数を占めるのと同時に、「でもこういう時のために自分で仕事を采配できる働き方を選んでいるんだから」という自分もいました。

特に我が家の課題点は、私が父の手続きなどで鹿児島へ帰る際には、仕事と育児が必ずセットになることと、父の家が古すぎて、息子と一緒に滞在ができないという2点でした。

その時に、あれ?これって……
一気に錦江町の皆さんの笑顔が思いだされ、父の住む隣町でもある錦江町であれば一気に解決できるんじゃないかと、思い当たったのです。

多様性あふれる町で、いっぺんに課題を解決してみる

錦江町の皆さんの素敵な笑顔!アゲイン

父の症状は日に日に改善されているものの、いざ入院費などのお金や保険のこととなるといつまでも農作業で忙しい親戚に頼るわけにもいかず、介護は時間もお金もかかるため、諸手続きで早急に一時帰省する必要がありました。またコロナ禍の当初から、どちらかといえば自主的な外出自粛など厳格な対策方針をとってきた私や我が家ではありますが、「もしかしたらもう二度と父に会えないかもしれない」と思った時に、真っ先に後悔したのは息子が父にまだ一度しか会えていないことでした。「もっと会わせておけばよかった」と心の底から後悔したのです。

その思いもあって、錦江町のご担当者の鍋田美和さんと、帰省するタイミングで錦江町へ訪問できないか、すぐにやりとりを始めました。ちょうど私が帰省できそうなタイミングで、活用できそうな錦江町のワーケーションお試しプランがあったのです。何を隠そうこのプラン、錦江町の暮らしと働き方を多くの方に体験してほしい。そして内外の化学反応によって錦江町に新たな風を吹かせてほしいとの思いから、往復渡航費とレンタカー代を補填し、シェアハウスやコワーキングスペースも無料で利用させていただけるというすごすぎるプランです。(今年度も継続中!そしてなんと今年からはお子さんも助成対象になるようです)

できる限りあまり外部と接触せず家族だけで過ごせるような行程を検証し、ちょうど4月から新しい職場に転職する夫の有給消化期間ということもあり、トントン拍子で3月下旬、3泊4日の行程での家族での錦江町滞在が決定しました。(こういう時のトントン行くスピード感って本当にあるんだよなぁ)

ところでこの錦江町のお隣である南大隅町には、mazecoze研究所でも全力でお手伝いしている「ノウフク・プロジェクト」(農業と福祉の連携で持続可能な共生社会を目指す農水省はじめ官民連携推進事業)で開催された「ノウフク・アワード2020」で、その歴史ある多様な取り組みがグランプリに表彰された、花の木農場さんという偉大な多様性の先駆者がいらっしゃいます。

先日お話をお伺いした、錦江町未来づくり課の皆さんと、国内でも最先端の多様性ある取り組みをされている南大隅町の花の木農場さん(と天野さん)、とにかく”越境”という言葉では語りつくせないほど多様な価値観を行き来し、そうすることで新たな価値をも創造し続けている皆さんのいる大隅半島。なんだか自分のいま抱えている複合的な課題が、ここでなら解決できそうな直感みたいなものが芽生え始めていました。

少数派にやさしい町は、結果みんなにやさしい

背中から開放感あふれる親子(大隅半島の心のふるさと、荒平神社)

実際に錦江町を訪れてみて、感じた点はまさにこんなことでした。
錦江町は高齢化率44%、空き家は1,000件にのぼります。日本全体の高齢化率予測が2040年時点でも35%でしかないこと(*)を踏まえると、なんと錦江町は20〜30年先の日本の姿でもあり、その課題に対して若年層が地域に留まり、遠隔医療やワーケーション等の実証実験を長く積み重ねている地域社会の最先端モデルでもあります。

*参考リンク:総務省「統計からみた我が国の高齢者(令和2年度)

またこれは私が「ノウフク・プロジェクト」の企画運営に携わって一番勉強させていただいたことですが、現在日本各地の農福連携の現場で起きていることは、入り口は障がい者福祉雇用など一見”少数者”向けの支援であっても、結果として障がい者以外の多様な方々にとっても働きやすい環境づくりを推進しながら付加価値の高いものづくりを実現=結果的には”大多数”のための試みになっているということでした。

今回、錦江町が推進しているワーケーションにおける実証実験についても、当初の想定はおそらく首都圏在住の若年層がターゲットであったと思うし、まさか隣町に実家のある首都圏在住者とその家族までにアプローチできるとは考えていなかったのでは(笑)現在、花の木農場さんに域外から多くの視察者が訪れている背景などを考えても、こういうことがいま少数派にやさしい町や施策を通じて、起きている波及効果のように感じています。

前置きが長くなってしまいましたが、様々な方のご協力があって、錦江町での滞在がかなうことになりました。以下は、実際の滞在所感や現地の紹介も含めて、錦江町の魅力とこれからの時代における可能性などを記したいと思います。

ヨソモノに開かれた町、錦江町

滞在先から徒歩10秒の絶景、”薩摩富士”が綺麗に見える

まずは見てください、この絶景!
こちらワーケーションお試しプランで無料貸出させていただいた平家から徒歩10秒の景色。ここに到着し、散歩したところでとりあえずこれまでの不安や疲労(仕事もMAX忙しかった)、ぶっ飛びました。鹿児島県民の精神的支柱2トップの桜島と並ぶ、「薩摩富士(開聞岳)」が一望できる素晴らしい景色に、コロナ禍で疲弊した心が洗われてゆきます。

私が滞在させていただいたワーケーションお試しプランでは、なんと鹿児島空港からのレンタカーも錦江町の方が予約いただいたのですが(なんとありがたい)、荷物が多い子連れ旅でも難なく大隅半島へ移動することができました。

このご時世だし明らかにヨソモノが滞在していることを近隣の方はどう思われるだろうか、というのが一番気になるところでしたが、皆さんとても明るく、もちろんソーシャルディスタンスを取りながらではありますが、挨拶をしてくださったり、息子に「かわいいね〜、何歳?」などと声をかけてくれる。

無事に歩けるようにまで回復した父とも病院で再会を果たし、他者に開かれた錦江町で、コロナ禍でカピカピになった私の心に次第に水が注がれてゆきます。

滞在先はとてもきれいに手入れされた築23年(平成9年築)の憧れの平家

ワーケーションお試しプランでは、都内の我が家よりも広い(涙)、憧れの海まで徒歩10秒の平家を滞在期間無料で貸し出しいただきました。とてもきれいに手入れされていて、生活に必要なものは全て揃っている。実家よりも実家らしく、のんびり落ち着ける素晴らしい場所です。

到着日から、こんな素晴らしい風景と暮らしを見せつけられて、我が家のマゼコゼ滞在(仕事・家事・育児・介護・夫の有給消化・子どもの春休み)は始まりました。

錦江町で模索する、新しい働き方のかたち

さて、今回は仕事と家事育児、介護を全て両立させるためのワーケーションプランで滞在させていただいているため、コワーキングスペース「地域活性化センター神川」(旧・神川中学校)でも仕事をさせていただきました。滞在先のシェアハウスから車で10分ほどの場所にあり、「錦江町・未来づくり課」もこちらに入居しています。この辺りは昔から水がきれいだったので、父も学生の頃よく釣りに訪れたとか。「神川(かみかわ)」は現地風にいうと「かんのかわ」ですが、その辺りがそんなふうになってるとはなぁ〜と父も後日驚いておりました。

エントランス(人生でこんなに歓迎されたこと、あったかな?)

平成20年に廃校となり、以降、コワーキングスペース&シェアオフィス、そして錦江町・未来づくり課のオフィスとして使用されている校舎はとてもきれいに手入れがされていて、どこか懐かしい学校の雰囲気(そういえばこのような学校に入ったのは高校を卒業してから15年以上ぶり!?)もありつつ、とても静かで集中できる空気感でもあります。

そしてついにお会いできたのがこのお二人!
近年、オンライン初めましてからの一度も対面で会わずにプロジェクトが進行したり、場合によっては納品まで進むご時世ですが、そう考えるとオンライン始めましてからたった1ヶ月半でお会いできたことは奇跡的でもある。そして全く初めましてな気がしない、おふたり(笑)

錦江町・未来づくり課の川前亮さん(左)と、馬場みなみちゃん(右)

お二人のお話をお聞きしながら、早速館内をご案内いただきました。
現在、ワーケーション利用者として総勢98名が利用している場所ですが、窓からは美しい緑や海が見えて、なんとも静かで集中して仕事が捗りそう。

今日はこちらのお部屋(コワーキングスペースだけれどこの日は我が家しかおらず貸し切り状態)で、少しお仕事させていただくことに。プロジェクター&スクリーン付きの素敵なこちらのお部屋は、コロナ禍の需要を踏まえてさらにリニューアルされたとのこと。環境が最高すぎると、私の場合は仕事が捗るを通り越して仕事ができなくなりそうと思ったのはここだけの話。(笑)

コロナ禍のニーズに合わせてリニューアルされたコワーキングスペース

そしてこの日はちょうど、ひらばる編集長とも打ち合わせ予定だったため、奇跡的にリモート現地レポ。都内ではこんなに広く、自由に子連れワークできる場所はほぼないため、新しい働き方の形についても色々とアイディアが広がります。また、実際にこういう働き方を実践してみて思うことは、子どもと一緒でも誰か見ていてくれる人が1人でもいれば仕事はできるということ。今後、よりあらゆる境界のない、個人事業主の働き方や仕事などの「ワークシェア」だけでなく育児や暮らしをシェアする「ライフシェア」の流れも進んでいくだろうなと体感できたことがとても大きかったです。

特に今回、私はあらゆる要素をマゼコゼに旅しており、いつもの生活にプラスで、移動しながら父に必要なものを買ったり、支払いを済ませたり、病院や保険のことを考えて日々過ごしていたのでこのような一旦脳内を切り替えられる場所は本当にありがたかったです。

ただし乱入はつきもの

自然とともに、子どもは生きる力を育む

元々私たちは旅好きな夫婦ですが、子どもが生まれてからすぐコロナ禍が始まり、私の出張で移動する機会があるとはいえ、あまりいろいろな場所、特に滞在するような旅はできていないと感じています。そんな中、錦江湾を一望できる大自然の中で家族一緒に4日間過ごして感じたことは、子ども自身が生まれながらに持つ「生きる力」のようなものです。

ひいおじいちゃんが生前最後に登った荒平神社の岩場に自らチャレンジ

息子は割とチャレンジングな性格の割には都内の公園では高い場所を怖がったり、疲れたらすぐに「抱っこ」という感じだったのですが、大隅半島に着いてからというもの、自然の中ではぐんぐんと「あっちのぼってみる」「海はいってみる」「さかなつりする」と、未知の領域を切り開く姿に、やはり子どもはどこまでも自然とひとつで、友達と同じぐらい自然の中での体感と経験が重要なのだなと再認識させられました。
いま世界的に、子育てにおいて学力など定量化できる指針だけではなく、激変する社会の中で子ども自身の持つレジリエンス(強さ、回復性)や生きる力を育む「非認知能力」に注目が集まっていますが、考えれば考えるほど、人間の頭の中から作り出された「都市」だけでの子育てには限界があって、自然の中でともに育む経験が不可欠であるように思います。都市ではルールややってはいけないことが多く(もちろん仲間と一緒に社会の中で生きるルールを学ぶこともとても大切)、公園で遊ばせていると、一日中注意したり叱らなければならなかったり、やってはいけないことだらけで、私自身が疲弊することも多かったことに改めて気づかされます。

朝の海辺さんぽに始まり、夕暮れ海辺の「ゆんたく」で終わる一日が恋しい

もちろん都市部に住む良さもあります。教育が充実していたり、人や情報が蓄積しているからこその良い点も。どちらかだけではなく、今後我が家や子どもにとってどのような暮らしが良いのか模索し続けていくことになるかと思いますが、そのような素晴らしい一歩を錦江町の滞在からいただいたように感じています。

大隅半島が誇る名勝、雄川の滝

あとは子育てに関連して、何よりも「食」の豊かさは特筆すべき点です。
「きびなご」という魚が有名な鹿児島、近年特に大隅半島ではかんぱちやブリの養殖が盛んでとても美味しいのですが、なんとこんなアラと呼んで良いのかわからない逸品まで信じられない価格で売っている。簡単に煮付けにしたらとても美味しく、息子も「おさかなごはん食べる〜!」と虜になっていました。こんな新鮮なお魚を毎日食べている人たちは豊かだと思う。

決してアラとは呼びがたい、身がたくさんの特産かんぱちアラなんと198円

絶景のお店で、素敵なおじさまがその日とれたお魚だけで営業されているお店も絶品でした。この風景、家族で独り占めは贅沢で豊かすぎて、泣いてしまう。

信じられない絶景で信じられないぐらい美味しいお魚定食

写真だけだと遊んでばかりのようですが、きちんと仕事や介護も継続しています(笑)

雄大な錦江湾の景色から学ぶ、新しい時代の多様性

ここまでですでに、この記事を読んでくださっている方の過半数が移住を検討し始めているかと思いますが、最後にトドメを刺させてください。前回記事から、錦江町の素晴らしさや多様性あふれる歴史については触れさせていただいた通りですが、最後に改めてその多様性について触れたいと思います。

もう単刀直入に書いてしまいますが、錦江町の素晴らしいところは何よりもその「地に足のついた施策と結果」だと思います。前回記事で美和さんが「内外の人たちと一緒にこの町をつくっていく」と言っていた通り、現在錦江町には役場に勤務する鍋田美和さんと川前亮さん、地域おこし協力隊として派遣され多様な事業に携わる馬場みなみさん、美和さんの旦那さんでこれから錦江町の住まいのあり方を提案する事業を立ち上げる鍋田成宏さん、そしてこの繋がりを私たちにもたらしてくれた花の木農場の天野雄一郎さん。なんとこのメンバーで錦江町出身は鍋田美和さんと川前亮さんお二人のみです。そしてこの面々以外にも、錦江町では新たな場所として若者たちが「ゲストハウスよろっで」を立ち上げたり、全国1位となった花の木農場さんが隣町の南大隅町にいらっしゃったり、域外からも多様な人たちをどんどん呼び寄せている。なんだか本当に、すごいなぁ……と感動してしまったのです。私も日頃様々なプロジェクトにお邪魔させていただき、それなりに腰を据えて携わらせていただいているけれど、私も彼らのようにひとつの地域に具体的なインパクトや変化をもたらせているのだろうか、と少し自問してしまいました。

そして思うのは、時代のあり方とともに行政や自治体のあり方も変わるということ。
普段、自治体のプロジェクトに参画させていただき、民間や自治体がやるべきこととその経済性について模索する機会が多いのですが、今回私たちがお世話になったような内容は、これまでであれば家族や親戚間でカバーしてきたことかもしれませんが、それが叶わない人たちには、自治体がそれ(実家以上に実家らしい場所)を提供してくれるんだ・・と毎晩温かくふかふかの布団に包まりながら思いました。

突如集まってくれた錦江町のヤングたち

そしてそれらは、確実にこの大隅半島と錦江湾と、素晴らしい歴史風土と密接に繋がっていて、そこで醸成された暮らす人たちの精神性や多様性、それを求めてまた外から多様な人たちがやってくる。冒頭で書いたように、この地域が抱える人口構造や課題は20〜30年先の未来の姿ですが、こういう人たちがいてくれるなら、日本の未来も決して暗くはないのでは。子どもたちにも少しは胸を張れるのかも(課題は他にも山積みだけど)と帰りの飛行機の中でにんまりしてしまいました。

最後に、天野さんが忙しい合間を縫って、花の木農場さんの場内(なんと東京ドーム10個分!)を案内してくださいました。

素晴らしい花の木農場の皆さんの笑顔

皆さん、外部からの訪問者をとても喜んでくださって、お話ししたい!とおっしゃってくださいました。仕事の内容やいま取り組んでいること、大変な部分などについてたくさんお話しくださり、その真っ直ぐな心にこれまた私の心が洗われてゆくのを感じます。そして大自然の中で、真摯に仕事に取り組まれる様子にとても感動しました。そして天野さんがいかに大きな愛を持って日々の仕事に取り組まれているのかも。

お茶チームの皆さん、茶畑にかけるネットの仕込み準備中

最後に、皆さんと写真撮影をして大好きな大隅半島を後にしました。
とにかくマゼコゼ以上に、これからの働き方・暮らし方から日本の未来まで、五感をめいっぱい使いながら頭もフル回転で、父の回復した姿と息子の姿を見せることもでき、またこれからの暮らしのあり方や家族、仕事のことをゆっくりと模索していける自信のようなものをいただいた4日間でした。

その後、錦江町の皆さんとも続々と新しい話が進んでいますが、私は錦江町にサマーハウスを設けたいという新たな夢もできました。またここでお知らせできるのを楽しみにしております。

花の木農場の皆さんと記念撮影



研究員プロフィール:福留 千晴

「地域と食のしごと」NORTHERN LIGHTS代表/mazecoze研究所企画・編集・広報・新規事業開発
鹿児島県出身、実家は大隅半島で芋焼酎の芋を育てる農家。カナダ・モントリオールでの映画学専攻や10カ国以上へのバックパッカー経験、広告会社勤務を経て、現在は中小企業や自治体においてソーシャル&ローカルデザインのプランニングからプロデュース、クリエイティブ、PRまで一貫して行う。2017年、経産省「BrandLand Japan」にて全国12商材の海外展開プロデューサーに就任。焼酎唎酒師、日本デザイナー学院ソーシャルデザイン科講師。
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