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言語聴覚士の石上志保さんが考案した、子どものことばの発達を促す「オノマトペカード」が育むコミュニケーションの循環

平原 礼奈 │ 2020.07.17

感じて楽しむオノマトペの魅力

こんにちは。mazecoze研究所のひらばるです。

先日、友人が「ことばを育てるオノマトペカード」というものがあることを教えてくれました。

ふーん、オノマトペ
オノマトペ

オノマトペといえば、「すいすい」とか「ざあざあ」とか「ねばねば」、「ゲラゲラ」など、自然の中にある音やいろいろな状態を表した言葉ですよね。

専門的には「音象徴語:おんしょうちょうご(擬音語・擬声語・擬態語など)」といわれ、音声とそれを指し示すものとの因果関係があるもの、音の発生する現象を言語化したものなのだそう。

日本語にはオノマトペが多く、『擬音語・擬態語4500 日本語オノマトペ辞典(小野正弘著 2017.小学館)』には、約4500語のオノマトペが掲載されています。

そういえば、自分はいつどうやって「オノマトペ」を習得したんだろう?

ネットで調べると数多く出てくるオノマトペも、その言葉を見れば一瞬で使うシーンや情景が浮かんできます。人生の中でほぼ無意識に扱ってきたオノマトペという存在に、突然興味が湧いてきました。

冒頭の「オノマトペーカード」には、かわいいイラストが描かれ、さらにオノマトペとその頭文字が記された、カルタみたいな絵カードです。

オノマトペカード。並べるとカラフル!
裏側は大きな1文字

オノマトペカードは、「子どものことばの発達を促し、親子のコミュニケーションの楽しみを広げる」目的で開発され、クラウドファンディングで制作費の応援を募ったところ、なんと目標の561%を超える寄付が集まったのだそう。

ことばの発達に不安を抱えている親子に広めたい!「オノマトペカード」プロジェクト



プロジェクトのサイトには、オノマトペが育むと期待される力について、次のように書かれています。

1:言語音を意識する力

2:感じる力、考える力

3:語彙を増やす力

4:コミュニケーションを楽しむ力

意識して、感じて考えて、選択肢を増やして、楽しむ。
それって誰にとっても、何をするにも大切な力ではありませんか。

空気のように身近にあったオノマトペのこと、そしてこのプロジェクトに込められた思いについてうかがうべく、オノマトペカードの考案者である言語聴覚士の石上志保さんと、製作に携わった、合同会社まちとこ編集者の中村杏子さんにお話をうかがいました!

暮らしの中でことばを育てる「オノマトペカード」

言語聴覚士の石上志保さん

ひらばる
「はじめに、オノマトペカードがどのように誕生したのか、教えていただきたいと思います」

石上さん
「言葉の発達がゆっくりなお子さんに、オノマトぺを使ってその発達を支援するというのは、以前から療育現場で実施されてきたことです。聞き取りやすく、復唱しやすいオノマトペは、日常生活に活用しやすいんですね。長い文章での声かけではなく、オノマトペを使って話しかけるという流れはずっとありました。
そんな中で、私がオノマトペカードを自作して活用しはじめたのが数年前です。カードがあれば、もっと日常に取り込みやすくなるかな、という思いからでした」

合同会社まちとこ オノマトペプロジェクトチームのみなさん。右上が中村さん

中村さん
「息子が2歳のときに、石上さんの療育のお世話になりました。
その頃、いろいろなことばのツールを買ったのですが、でも、ものの名前や動詞を聞き取るものが多く、ウチの子には全然ささらなかったんです。
当時は、言葉の発達がゆっくりめな子には、音を聞き取ってマネしたり理解することが難しい、ということを知らなかったので……。
そんな時、石上さんの療育指導で手づくりのオノマトペカードと出会いました。先生のオノマトペを使った語りかけが息子に入ったのを見て、このカードを作って広めたいと思いました。
それには高額な製作費が必要になるので、私が所属している会社「まちとこ」のメンバーと協力して、クラウドファンディングで資金を集めることに。スタート時は、“誰も支援してくれなかったらどうしよう……?”とみんなドキドキでしたが、うれしいことに予想以上の反響で、初日にして目標金額達成! 最終的には531名もの方にご支援していただけました」

ひらばる
「たくさんの、しかもお二人と直接つながりのない方々が寄付という行動を起こしたのは、すごいことだと思います。知る、というところから行動するためには、もう一歩動機が必要だと思うのですが、それは何だったと思いますか?」

石上さん
「言語聴覚士の仕事をしていると、言葉って、日々の暮らしの中で育っていくものだと実感します。
ご家庭の中で無理なく取り組めるものをと作りはじめたカードですが、保護者の方の“こんなのあったらいいな”というニーズとうまく合致したのかな、と思います。
いま、療育のときにオノマトペカードを見せると、“買いました!”という人もいて。お母さんたちのネットワークで口コミから広がっていったようです」

つんつん!

ひらばる
「言葉を生活に根付かせることを、とても大切にされているんですね。サイトを見ていると、 “楽しんで”というメッセージも強く感じました」

小さいお子さんも、かわいいイラストを楽しんでいる様子

中村さん
「“どうやって使ったら効果的ですか?”とよくご質問いただくんです。
でも、効果を一番の目標に置いて、このカードはこう使わなければならないと思ってしまった時点で、苦しいものになってしまうかもしれないので。たとえ、お母さんが期待したように、お子さんが関心を示さなくても、“まぁ、いいか”と少しそっとしておいて、また興味を持ちそうになったらちょっと見せてみる、くらいのスタンスで遊んでいいただければと思っています」

1人でじっくり。楽しみ方、感じ方いろいろ

石上さん
大切なのは、どうやって使うかではなく、カードをきっかけに、オノマトペを楽しみながら、言葉の世界を広げることだと思っています」

ひらばる
「自由に遊ぶ中で育まれるというのが、ゆるやかでほっとする感じがします。プレゼントにもいいですね!」

色々な遊び方例の動画

Instagramでも、多様な遊び方が紹介されていますよ!

言葉が発達する過程にも、言葉を取り戻す過程にも寄りそう

ひらばる
「石上さんがなさっている、言語聴覚士というお仕事についても教えていただきたいです。言葉と聴覚にかかわる訓練や援助をする国家資格というざっくりとしたイメージがあるのですが」

石上さん
言語聴覚士は主に、子どもから成人まで、あらゆる人の話す、聞く、食べるの3つの領域を担当する仕事です。
聞く、話す分野では、子どもの場合、言葉が出にくい、コミュニケーションがとりづらい、発音の誤り、吃音がある、聴覚障害があるなどのお子さんがいらっしゃいます。どういうふうに声かけをしたらお子さんにとって理解しやすいか、言葉が出やすいのかなど、支援をします。
成人では、失語症などコミュニケーション障害のある方の訓練を担当しました。
訓練そのものだけでなく、ご家族と楽に意思疎通ができる方法を考えたり、逆にご家族の立場から、話すことが難しくなった方の意思を確認するためになど、コミュニケーションの手段を学んでいく現場に立ち会います」

ひらばる
「子どもから大人まで、話す聞くだけでなく食べるまで、そんなに幅広く携わるお仕事だったとは!」

石上さん
「食べる、というところでよく意外がられるのですが、摂食と嚥下(食べること・飲み込むこと)は、主に発声、発音の側面で話すことに深い関わりがあるんですよ」

ひらばる
「さらには家庭でのコミュニケーションにも」

石上さん
「そこがすごく大きくて。特に成人で急に言葉を失った方は、ご本人は能力を取り戻したいという強い思いを持ちながら、日々のコミュニケーションも取れにくくなってしまうという状況にあります。
ご家族にとっても、以前のように上手く意思疎通が取れない。そこをつないでいくのも大事な役目だと思っています」

ひらばる
訓練の結果ではなく、そこに至るまでの長いプロセスが大切なんですね。コミュニケーションの循環に寄りそう仕事なんだなと感じます」

石上さん
お子さんの言葉が発達していく過程も、失語症の方が言葉を取り戻していく過程も、ものすごく時間がかかります。その間いかに充実したコミュニケーションを取れるかというのが、ご本人はもとより、ご家族にとっても大切なんです。言語聴覚士が一番最初に取り組むのがそこですね」

ひらばる
「言語聴覚士として、石上さんが考えるゴールはあるのでしょうか?」

石上さん
「目指しているのは、訓練という意味では、現状を正しく把握して、能力を高めていくのに力を尽くすこと、日常のコミュニケーションが円滑に取れるように支援していくことです。
もう一つは、社会にいるすべての人に、上手なコミュニケーションの方法を知ってもらうこと。
たとえば、聴覚障害のある人が窓口に行ったときに、応対する人がコミュニケーションのコツを知っていたら、スムーズにいくことってあるじゃないですか。それは、失語症の人も、知的障害のある人も同じで。
世界中の人たちが、様々なコミュニケーションのあり方を知るこで、壁を生まず、どうやったらコミュニケーションが取れるかという技術をわかっていただくことにつながると思います」 

ひらばる
「コミュニケーションに困難がある人だけが頑張るのではなく、社会全体でより良いコミュニケーションのあり方を育んでいこうとされているのですね。
石上さんが目指されているのは、いまここにあるバリアを取り除くバリアフリーの発想ではなく、だれにとっても心地よい“コミュニケーションのユニバーサルデザイン”を生み出すことなのだと感じました」

人生を通してコミュニケーションをながめてきた

ひらばる
「石上さんご自身についても、少しうかがいたいです。コミュニケーションについてあらゆるつながりの中で考えるようになったのには、なにか原体験があるのでしょうか?」

 石上さん
「私が言語聴覚士になったきっかけは姉でした。姉には知的障害があって、なんとなくコミュニケーションは取れていたのですが、大人になった姉が、小さい時に周囲とうまくコミュニケーションが取れなかったことなどを話してくれたんです。
どうコミュニケーションをとったらよかったのかな、という問いから、言語聴覚士になりました。それから失語症の方と出会い、ご家族との新しいコミュニケーションの関わり方が必要になってくることも知りました。言語聴覚士の有志で立ち上げた、失語症の方のための意思疎通支援のボランティア“会話パートナー”の養成にも関わらせてもらって。
そうすると、こうやってコミュニケーションを理解していけばいいんだという手立てがわかって。失語症の方だけでなく、いろんな人に応用できる、広げていくことができる、と思ったんです。そこで勉強したことが、今の活動の糧になっています」

ひらばる
「幼少の頃から、いろいろな角度や立場からコミュニケーションを見つめられていたんですね」

 石上さん
「私の子供はダウン症があるのですが、この子の能力を上げるという見方だけでなく、私たちが関わり方を知り、変わっていかなくてはという思いもあります。
別の立場では、数年前に、2年ほどイギリスで生活していた経験も一つあります。
現地の人のように英語が話せない中で、もう少しゆっくり話してくれたらわかるのに、書いてくれたらいいのにと、何度ももどかしい思いをしました。その時は、私もコミュニケーション障害を持っているのと同じですよね。
英語が聞き取れない、話せないだけなのに、中身が何もわかっていないように扱われることもあるんですよ。英語が話せないということが、こんな体験につながるのかと、悲しかったです。相手も私とのやりとりに困っていたんだと思います。日本に帰ってきて、これは具体的に動き出さないといけないなと思いました。これもオノマトペカード開発のきっかけです」

オノマトペカードの多様な広がりに期待

ひらばる
「これからオノマトペカードがどのように広まっていけばいいなと思っていますか?」

石上さん
お子さんのことばの発達を応援するカードでありたいというのは念頭において、でもその子たちに使いやすいものは、きっといろんな方にも使いやすいだろうという視点で、色々に広まって欲しいですね。
たとえば、日本語学校の生徒さんや海外に住む日本人のお子さんたちにも、どうぞ使ってください!とお伝えしたいです」

中村さん
「海外にいる知人から、お子さんが現地の日本語教育で学ぶ中、日本語を発達維持することが難しいという話を聞いたことがあります。国語の能力は勉強して身につくけれど、オノマトペのようなものは、感覚的に身につきにくいのかなと思いました。
海外に住んでいる日本の方から注文いただくこともあって。オノマトペカードで遊びながら、オノマトペの面白さや、日本語の豊かさを伝えていけたらいいですね」

石上さん
「海外の言語聴覚士にオノマトペを使った関わりの話をしたとき、オノマトペ自体に興味が集まったんですよ。日本語には本当に多様な表現があり、日本特有の言葉の感性のようなものに惹かれるのかもしれません」

ひらばる
「オノマトペカードに書かれたイラストで、伝えようとしている内容は届きますし、もう、日本土産として、スカイツリーとかで売って欲しいです(笑)」

石上さん
オノマトペカード、次はいつ出るんですか? と聞かれるんです。オノマトペはたくさんあって、濁音も拗音も多いので。中村さん、次、いかがですか(笑)」

中村さん
「せっかくなので第一弾で終わらずに展開したいですね。濁音半濁音編とか、子育て生活編があっても、楽しいかも」

ひらばる
「カードができてからの広がりがまた、楽しみです。
今日は、オノマトペカードを通じて、オノマトペの魅力、言語聴覚士の仕事や、カードが目指すコミュニケーションのあり方まで教えていただきました。貴重なお話をありがとうございました!」

編集後期

石上さんのコミュニケーションに対する視点が、多様性や違いにかかわらず、できるだけ多くの人にわかりやすく、誰もが利用できることをめざした「ユニバーサルデザイン」の捉え方だと気づいたときに、突然ある本のことを思い出しました。

15年以上前に、私が生まれて初めて企画出版した『0歳からの手話 (ユニバーサル手話シリーズ (1)』です。
まだ言葉が話せない赤ちゃんと手話を通じてコミュニケーションを楽しみ、その子が大きくなって手話で話す人と出会ったときには手話で伝え合えて、そのずっと後、高齢になって自分の耳が聞こえにくくなっても手話で意思の疎通ができる。人生を通じて手話でコミュニケーションを楽しむ=ユニバーサル手話と名づけた本でした。

お話を聞きながら、本のことが頭の中でよみがえり、石上さんにもお伝えしたところ、なんと、すぐにご購入くださって、あたたかいメッセージをいただきました。

0歳からの手話、届きました。
お世辞抜きで、、とても良い本ですね!
コミュニケーションの本質を伝えようとされていることがよくわかります。
インタビュー記事も、実際の子育てでどんなふうに手話を使っているかがよく分かっていいですね。
お母さんたちにお勧めしようと思います

涙。ほんとーにうれしくて、本を一緒に作ったメンバーに久しぶりに連絡しましたよ! 取材を通じて、コミュニケーションの初心にかえったような、ありがたい気持ちになりました。
石上さん、中村さん、ありがとうございました!

オノマトペカード



お話をうかがった方々

石上志保さん
「オノマトペカード」の考案者。言語聴覚士。
障害児通園施設、地域の福祉センター等での小児、成人期のコミュニケーション支援の経験を経て、現在は都内総合病院の小児科ほか、地域のクリニックで言語聴覚療法に従事。ダウン症のある息子さんとの生活経験を生かし、くらしのなかでことばの力を育てる方法について検討を続けている。
「わかりあうコミュニケーションのために」子どもの成長過程からみる「ことばの遅れ」の原因と対応「聞きとり方」「伝え方」のワーク
ダウン症のあるくらし: Living with Down Syndrome

中村杏子さん
合同会社まちとこの編集・ライター。
「まちとこ」は、お母さんたちが集まったデザイン・編集チーム。2007年に「子育てを楽しむ情報誌を作りたい」と自主発行物「まちとこ」を世田谷区内で発行スタートしたことからはじまり、2016年に法人化。現在、6名のスタッフが日々の暮らしや子育てに奮闘しつつ、楽しく、ちょっぴり人の役に立つモノを作り続けている。

 (写真提供:合同会社まちとこ)

研究員プロフィール:平原 礼奈

mazecoze研究所代表
手話通訳士
「ダイバーシティから生まれる価値」をテーマに企画立案からプロジェクト運営、ファシリテーション、コーディネートまで行う。
人材教育の会社で障害者雇用促進、ユニバーサルデザインなどの研修企画・講師・書籍編集に携わった後に独立。現在多様性×芸術文化・食・情報・人材開発・テクノロジーなど様々なプロジェクトに参画&推進中。

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