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IOTな授乳室が誕生! 完全個室のナーシングルーム「mamaro」を手がけるTrim長谷川裕介社長の人にやさしいインフラづくり【後編】

平原 礼奈 │ 2018.08.24

前編
完全個室のナーシングルーム「mamaro」を生み出したTrimの長谷川裕介社長。後編ではその人となりと、これからの展望について聞いていきます!

母の死が自身を駆り立て、優しさを生み出すきっかけに

Trim株式会社 長谷川裕介社長

プライベートでは6歳と2歳のお子さんのお父さんでもある長谷川さん。
Baby mapもmamaroも、保護者の思いを代弁するようなサービス・プロダクトを手がけているのですから、さぞかしご家庭でも家事育児に参画されていることでしょう。

長谷川さん「いや、それが、子育ては妻にほぼお任せで……。自分ができなかった分、世の中で頑張っているお母さんたちのために何かできればという思いで活動しております!」

上のお子さんが乳児の頃、長谷川さんは広告代理店に勤め、飲料メーカーや自動車メーカーの広告戦略・コピーライター・プランナーとして毎日遅くまで働いていたのだそう。
仕事に明け暮れる中で、子育てや母親への思いが芽生えるきっかけがあったのでしょうか?

長谷川さん「28歳のときに母が癌で亡くなりました。僕はどら息子で、初任給は友達との飲み代に消えましたし、ボーナスは全部自分のために使っていて、一回も親孝行をしたことがありませんでした。そんな中で母を失い、すごく反省して。当時の働き方や仕事内容に対しても、『本当にこれでいいのだろうか?』と立ち止まって考えるようになりました。そして、もっとダイレクトに人の役に立つことがしたい、と自分が進むべき道に気づいたんです」

それから長谷川さんは、「日本の医療を変えたい。まだ助かる命はあるはずだ」という高い志を持つ医療系ベンチャーに転職。CIO(最高情報責任者)として働きはじめます。

長谷川さん「この会社で働いている時に、サークルを立ち上げて有志で作ったアプリがBaby mapでした。運営するうちに、きちんと事業化してより多くのお客様に使ってもらいたいと思ったのですが、Baby mapのドメインが医療ではないため、会社が上場するタイミングで予算が付かないという形になってしまいました」

アプリをダウンロードしたお母さんたちが、毎日のように他のお母さんが困らないようにと情報を投稿する様子を目の当たりにして「それを消しちゃダメだろ」と強く感じたという長谷川さんは、一念発起します。

長谷川さん「これこそ僕が母親にできなかった恩返しに繋がるんじゃないかと考えるようになりました。そうして、2015年11月にBaby maの事業を自己資金で買い取り、Trimを起業したんです。ちょうど2人目の子供が生まれた2か月後でした」

「よく奥さん許してくれましたねー。私だったら無理だわぁ」とほてはま

当時、Baby map単体での収益はなく、広告もつけたことがない状態だったのだそう。長谷川さんは、想いだけを胸に挑戦に出ます。

長谷川さん「かっこ悪いんですけど、事業の買取にお金を使ってしまったので、立ち上げたときはお金がなくて、資本金は30万円でした。Baby mapを一緒に運営していた女性が入社してくれて、二人でのスタート。すぐに資本が底を尽きそうになったのですが、スタートアップの支援をする団体のプログラムに参加して優秀賞をいただいたり、横浜ビジネスグランプリで優勝したり、なんとか首の皮一枚でつながってきました」

企業後の資金作りに苦心したという長谷川さん。乳飲み子を抱えながらその状況を見守ったご家族もすごい……!

長谷川さん「資金調達は本当に大変でした。1年目で500万円くらいは集めたのですが、すぐに尽きて。妻は共働きをしながら僕の起業を応援してくれましたが、正直、家族のことを考えるとやばいなと。いま自分が死んだら生命保険のお金が入るし、住宅ローンも残った家族が負わなくていいんだよな、と思うほどに追い込まれました」

当時はまだmamaroの構想はなく、Baby map一本で進んでいたそうですが、どのタイミングで方向転換したのでしょうか?

長谷川さん「Baby map単体でお金を作ることがなかなか難しいなぁと思っていたところ、2016年の夏にincubatefundさんが主宰する「インキュベートキャンプ」という合宿に参加たんです。そこでいろんな方にメンタリングしてもらう中で、『授乳室がないんでしょ、じゃあ作っちゃえばいいじゃん』と簡単に言われまして(笑)そんな事業してないよ、と当時は思いましたが、たしかに授乳室は少ないなと。それから妻に話を聞いたり、授乳室がある場所の視察に行ったりする中で、授乳室を自分が作るとどうなるだろう、と思うようになってきました」

何度もギリギリを経験。「Just Try It」でいまがある

mamaroの構想が芽生えた後、資金の面はどのように乗り越えたのでしょうか。

長谷川さん「スーパーラッキーなんです。弊社の社外取締役がアメリカ視察に行っていた際に、偶然電車で隣になった日本人の方に話しかけられたのですが、実はそれが株式会社ホープの時津社長だったんです。それをきっかけにホープ社から弊社への出資が決まりました。奇跡の投資で生き延びられたんです」

成功している人はよく自分のことをラッキーだったとおっしゃいますが、それまでに行動して蒔いた種や事業に向かう熱量が確実に蓄積されて、そういう人のところに奇跡は起きるのだろうと感じます。

長谷川さん「ここに“Just Try It” って書いてあるんですけど。僕の性格なのかもしれないですけど、崖っぷちで守ることもなくやり続けることしかできないので、それをずっとやっているだけです」

mamaro事業を推し進めるうちに、社会からの反応も良くなり、資金も集まってきたのだそうです。それにしても、ソフトウェアがきっかけで形あるモノを作ってしまうって、結構な思い切りようですが、ものづくりに関しての知見があったのでしょうか。

はじめは社内で組み立てまでやっていたのだそう。オフィスがある「万国橋SOKO」は元倉庫。広々としたオフィスだからできたこと

長谷川さん「いや、ぜんぜん。弊社はソフトウェアの会社だったので、ハードウェアを作ったこともなければその知識もなく、ゼロから始めました。自分でもかなり無謀だなと思いました。mamaroの基本設計やデザイン、ラフスケッチは自分がしましたが、最終の構造計算は業者さんや大工さんにお願いして仕上げてもらいました。ロジスティクス周りの知識も、すべてやりながら覚えました」

mamaroのデザインを長谷川さんがしていたというのにも驚きですが、お父様が車のデザイナーで、小さな時からその仕事風景を見ていたので自然とスケッチができたのだそう。

長谷川さん「納品も、4トントラックを運転して自分でしていましたよ。昔の普通免許があれば運転できるんです。昔免許を取っておいてよかったと思いました(笑)」

多様なメンバーと創る「mamaroがある」世界

現在Trimのメンバーは15名、国籍も多様な方が集まっていると聞きました。あえてそうされているのでしょうか?

長谷川さん「mamaroを作るまでの2年間は、社員が4人くらいだったのですが、その時の2人がたまたま外国人でした。僕は国籍にこだわりはないので、そんな感じでやっていたら、だんだんと外国人メンバーが増えていき、今に至ります」

社内では英語が飛び交っているのかと尋ねたところ、「英語っぽい何か」と長谷川さん。

長谷川さん「僕自身が英語はそんなに話せないんですけど、中学の時にハワイに住んでいたことがあって、英語で話すことへの抵抗感がないんです。きれいに話さないといけないとか、文法がどうとかいう制約がなく、要は、伝わればいいと。社員も英語が第一言語ではないし、なまりもあるので、ホワイトボードや絵を描くなど、様々な方法で伝え合っています。」

グローバルなメンバーが集ったオフィスでは、特徴的な働き方やルールなどもあるのでしょうか。

長い梯子に登って長谷川さんと社員さん自ら内装を手がけたそうですよ。

長谷川さん「19時にはだいたい消灯しているところですかね。スタートアップって深夜までやって、睡眠時間が3時間というところもあると聞きますけど、うちはそれはないです」

そうは言っても、mamaroの需要が増えると忙しくて時間が足りなくなることもあるのでは? 生産性をあげるための特別な仕組みがあるのでしょうか。

長谷川さん「こんなことをいうと怒られちゃいそうなんですけど、生産性は上がらないだろうなと思っています。
人間の幸せは仕事だけではないと思っていて、家庭がある社員には、子どもとの時間も大事にしてほしいです。僕がサラリーマン時代にしてきた働き方はやらないほうがいいなと(笑)給料についても『自分はこれくらい頑張るからたくさん欲しい』という人もいますし、『これくらいでいいから、今は生活優先』という人もいます。自分が働ける時間に効率的に働ければ、モチベーションも高まるし、会社に貢献してくれるのであれば、僕はそれもいいと思うんです」

自分の人生を長い目で見て、それぞれが時々の状況に合わせて仕事と生活のバランスを選択していけるのですね。率先して社長が推奨しているのに希望を感じます。

男性社員の割合が多いというTrimさん。子育てに関わる企業を選んだ理由について、今年4月に入社したメンバーにも聞いてみました。

セールス担当の新井さん

新井さん「世の中に役立つサービスを探していて、それは一番子育てに直結するのかなと思い、就職を決めました。自分は独身ですが、いつか結婚して子供ができたときに、mamaroがどこにでもあるような環境を作って、奥さんや子供が困らないようにしていきたいです」

長谷川さん「ここにいる全員がお母さんから産まれているので、お母さんや子供に関わることには、自分ごととして共感できるんじゃないかなと思います。社会的に意義のあることをやりたいって来てくれる人も多いです」

長谷川さんが思い描くビジョンが明確だから、想いを共にする仲間が引き寄せられるのですね。子育て中の社員もいらっしゃいます。

長谷川さん「実は、妻は別の会社で経理や会計の仕事をしていたんですけど、厳しい時期から抜けてお給料が払えるようになったタイミングで『うちに来ていただけませんか』とお願いしました」

プライベートとお仕事がある意味まぜこぜになった中で、良かったことはありますか?

長谷川さん「変な経費が一円も使えないんですけど(笑)お金のことを任せられる人材を求めていたので、とても助かっています。ワンオペで子育てをしていた体験をヒアリングすることもありますよ。心がえぐられますが(笑)子育ての辛い実態を包み隠さず聞くことができます」

Trimさんの事業では、お母さんのリアルな声がとても大事なのですよね。せっかくなので、ご本人(荘野さん)にもお話を聞いてみましょう。一緒に働いてみて、いかがですか?

荘野さん

荘野さん「夫が世の中を良くしたいと考えて、女性や子供に向けた良い環境づくりを目指していることがすごくうれしいです。少しでも手助けできればいいなと思って入社しました。前職では子供を寝かしつけた後、夜中に残った仕事をしていたのですが、今はそうしたことが少なくなって、自分自身の負担も軽くなりました。子供の体調が悪いときには家で作業することもできますし、臨機応変に働けることで、受け持った仕事に責任を持つことができるので、とても助かっています。柔軟に働きながら夫の助けになれていることがうれしいです」

素敵なパートナーシップを築きながら、社員一人ひとりが使命感を持って働かれていることがひしひしと伝わってきました。

最後に長谷川さんに、Trimさんやmamaroの今後の展望を聞きました。

長谷川さん「mamaroのことを、僕らはインフラ事業だと思っています。あたり前になくてはいけないもの。それを増やすことで、すべてのお母さんを幸せにしていきます。今後はmamaro内に設置しているモニターを通して、例えばDVなどの人の目を気にするような相談も利用できるようにと考えていますし、肌を出せない文化圏の方々にも活用していただけるように、日本の文化としてmamaroを世界に発信していきたいと思っています」

世界の授乳事情、お母さん事情のことにまで視点を飛ばせるのはきっと、多様なメンバーと共に創るTrimさんだからこそ。私も一人の母として、こんなにお母さんのことを大事に考えて行動してくれている会社があることに、取材を通じてとても勇気づけられました。
長谷川社長、Trimのみなさま、ありがとうございました!

Trim株式会社

(撮影:木内和美)

研究員プロフィール:平原 礼奈

mazecoze研究所代表
手話通訳士
「ダイバーシティから生まれる価値」をテーマに企画立案からプロジェクト運営、ファシリテーション、コーディネートまで行う。
人材教育の会社で障害者雇用促進、ユニバーサルデザインなどの研修企画・講師・書籍編集に携わった後に独立。現在多様性×芸術文化・食・情報・人材開発・テクノロジーなど様々なプロジェクトに参画&推進中。

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