当事者視点と多様性を活かし合う土壌から生まれた災害時支援ツール「ヘルプアジバンダナ」開発物語|味の素株式会社 川崎事業所
目次
災害時支援バンダナを知っていますか?
こんにちは。
mazecoze研究所の平原です。
災害時の避難所などに配備されている「災害時支援バンダナ」をご存知ですか?
障害や不便さのある人が身に着けることで、配慮が必要であることを周囲に意思表示したり、支援や情報が得られないことを防ぐ目的で作られているバンダナです。
災害時支援バンダナは自治体で制作されていることが多いのですが、全ての地域に準備されているものではなく、デザインも様々です。
そんな中、友人の安達さや佳さんが、勤務先で災害時支援バンダナを開発したと聞きました。プロジェクトチームで制作を進め、様々な機能がついたバンダナを作ったのだそうです。
「ぜひ、実物を見ながらお話を聞かせてほしい!」と安達さんにお願いして、味の素株式会社 川崎事業所さんにうかがってきました。
企画を生み出す土壌に、多様性を育む視点と関係性
2024年6月。取材チームの福留さん、柿沼さん、平原の3人は、味の素株式会社 川崎事業所を訪ねました。3駅分ほどもあるという広大な敷地には工場と研究所が入り、グループ会社の方々も含めると3000人以上が働いているそうです。
お話をうかがったのは、川崎事業所エリア全体の施設管理と広報などを担う、総務・企画グループ グループ長の森竜輔さん、マネージャーの鈴木真史さん、そして安達さや佳さんです。
安達さんは、生まれつき耳が聞こえません。普段は手話でもお話ししますが、仕事では口話や音声認識ソフトなどを使ってコミュニケーションをとっています。
安達さん
約1年前に、本社から川崎事業所に着任しました。主にシステムの運用保守や、イベント企画、広報などの業務を担当しています。
実は、自宅から通勤に片道2時間かかるので、異動当初は後ろ向きでした。でも、メンバーの皆さんがあたたかくて、仕事もやりがいがあって、いまは楽しんで業務に取り組めています。
森さん
安達さんと同じタイミングで、ナイジェリアの赴任先から移動してきました。
我々の事業部で聴覚障害がある社員を受け入れるのも、一緒に働くのも、安達さんが初めてでした。この1年で、互いに工夫してコミュニケーションを積み上げてきたと思います。安達さん本人の努力によるところが大きいですが、自分の話し方の特徴を掴んでもらったり、ツールを活用したり、今はほぼ不便がないぐらいスムーズにやり取りができるようになりました。業務指示も当然ながら普通に出しています。
そう話す森さんの隣で、森さんの口の動きと、音声認識した文字を表示するデバイスを交互に見ながら安達さんが頷きます。
森さん
川崎事業所での総務・企画は、いわば「なんでも屋」です。
ここには工場や研究所がありますし、食品を扱う会社なので、安全や衛生管理には人一倍気を使っています。安全・安心に対して、どんなボールも落ちないように受け止め続けるのが我々の役目だと思っています。
企画や広報のように、外にひらかれた仕事も担当していますが、公には見えない部分も含めて、我々のチームが担っているんです。
そんな中で、今回安達さんが企画した災害時支援ツールにしても「本当にこれをやる意味があるの?」など、かなり迫ってやりとりしてきました。
安達さん
上司が森さんだったからこそ、実現できた企画だと思います。
企業では、多くの場合人事部が中心となってDE&I(ダイバーシティ、エクイティ&インクルージョン)を推進していますよね。ここは一般の事業部ですが、今年度から森さんが、部門で取り組むテーマとして初めてDE&Iを取り入れ、DE&I推進タスクフォースを立ち上げてくれました。事業部全体としてチャレンジしていこうという意思があるからこそ、私も頑張れるんです。
森さん
いま色々な場面でDE&Iが謳われていますが、誰でも活躍できる組織風土を自分は本気で作りたいと思っています。
根底には、自身のキャリアも関係しています。これまで25年間様々な部署を経験し、アジアとアフリカに2度の駐在もしてきました。「1人多様性」のような働き方をしてきた中で、やっぱり誰でも活躍できないと成果は上がらないとい実感してきたんです。
安達さんの提案も、私からはこのアイデアは思いつきません。それだけで価値があるんです。ビジネスセンスの視点で見ても、筋がいいなと感じました。
1人ひとりできることが違って、それを最大化するのがマネジメントです。それぞれが色々な思いを抱えながら、それをも発信できる職場風土を作りたいと思っています。
「取材開始前に少しお伝えできれば」と森さん、安達さんがお話ししてくれた冒頭5分間で、多様性に向き合うみなさんの強い意思と信頼関係の深さをしっかり感じ取りました。私たちの期待が爆上がりしたことは言うまでもありません。
それでは噂の「ヘルプアジバンダナ」について聞いていきましょう。
変化するニーズに合わせた支援ツールを
-開発された災害時支援バンダナについて教えてください
安達さん
名前は「ヘルプアジバンダナ」といいます。
はじめに開発の背景からお話しできればと思うのですが、私が川崎事業所に配属された後、出社頻度が増えて現場にいる時間が長くなりました。工場エリアでもありますし、「会社にいる間も安全を担保できれば」と強く感じました。
そこで取り組んだのが、緊急時の情報取得です。通常、災害が起きた時には保安センターに情報が集約され、館内アナウンスの音声を通じて共有されますが、私はその情報をキャッチすることができません。
「電光表示板のようなものがあればいいな」と考えて、川崎事業所で労働安全衛生および防災を担当する鈴木彰彦さん※に相談すると、「工場内を移動している時でも気づけるように、身につけられるものがいいのではないか」と提案してくれました。そして、時計型のウェアラブルデバイスに、音声放送と同じ内容がショートメールで届く情報共有の仕組みができたんです。
※鈴木彰彦さんも、最後にインタビューさせていただきました
これをきっかけに、災害時の対応についてさらに考えるようになりました。
災害時のフェーズ※というものがありますよね。災害発災直後から超急性期・急性期・亜急性期・慢性期・中長期とフェーズが移行していき、必要なことや求められることも変化していきます。
※災害時のフェーズ参考:東京都保健医療局
そうした流れを考えた時に「避難所での生活においても役立てられるものがあれば」と思いました。車いすユーザーや白杖を使用する方など、周りの人が見て気づきやすい障害であれば、支援も得やすいと思うのですが、私のように聞こえない人や、内部障害がある方などは、外見からは分かりにくいため、どうしても取り残されてしまいがちです。
そこで作ったのが、「ヘルプアジバンダナ」でした。
コミュニケーションボード付き災害支援用バンダナ「ヘルプアジバンダナ」
-「ヘルプアジバンダナ」の特徴や、こだわりポイントを聞かせてください
安達さん
私自身が被災した場合に「このバンダナだけで生活できるかな」というのを熟考しました。気になったのは、やはりコミュニケーションがとれるかどうかです。
私は普段、補聴器を使用していますが、電池も消耗品でいつまで持つかわかりません。スマホの充電が切れたら音声認識アプリは使えませんし、紙とペンも常にあるとは限りませんよね。
何も手元にない時にでも伝えられるようにしたいと考えた結果、「コミュニケーションボードの機能を付けたらいいかもしれない」と思いつきました。ひらがな50音と、アルファベッド、数字をバンダナに印刷して、指さしコミュニケーションが取れるようにしたんです。
安達さん
バンダナの四隅には、ヘルプマーク・視覚障害を伝えるマーク・耳マークの3つのシンボルマークに加えて、「吹き出し」も印刷しました。
吹き出しに支援が必要な内容を書き込めば、高齢の方や妊婦さんなど、障害に限らず個別に配慮が必要な方にも使ってもらえます。「手話通訳ができます」とか「英語で通訳できます」というように、サポートできることの意思表示にも使えると思います。
安達さん
視覚障害のある方が使う時にわかりやすいように、視覚障害マーク付近の裏側にタグをつけています。触ることでマークの位置と表裏がわかるようにしました。このタグは、フックにかけることもできます。
また、色についても視認性の高い色をと考えたときに、黄色は目立つのですが、災害現場でよく使われているので、逆に埋もれてしまうのではないかと思いました。オレンジを選択し、濃い色で縁取りすることでコントラストを際立たせています。
はじめ、バンダナ以外の案もあったのですが、軽くて折り畳めて自由に変形できるというのがやっぱり大きかったです。運びやすいし、寒い時には肩にかけられるし、物を入れて持ち運ぶバッグのようにも使えます。この大きさだから、授乳時にはケープとしても使えます。色々な視点から使いやすい、汎用性が高いのがいいなと思っています。
-不便さがある人にとって使いやすいポイントをしっかり押さえつつ、日本のユニバーサルデザインといわれる風呂敷のように、いろんな使い方ができる柔軟さを大事にされているのですね
安達さん
そうなんです。でも、まだ初版なので、少しずつ改良していきたいと考えています。たとえば被災地や避難所でよく出てくる言葉として、水、食べ物、トイレなどがありますよね。それをイラストやアイコンで表示したら、もっとコミュニケーションがスムーズになるなとか。形にしてみて初めて気づくことがいろいろありました。
たくさんの接点を強みに、アイデアをつなげ拡げていく
安達さん
「ヘルプアジバンダナ」の制作過程で「小物が入れられるようなポケットが欲しい」という意見も出ました。バンダナにポケットを付けるのはなかなか難しいなと悩みましたが、「ポケット型に折ればいいのでは!」と。折り方は同封の説明書に記載しています。
貴重品や意思表示カード、アレルギー情報などを入れるのに便利だと思います。私は弊社の商品を使った「防災食ガイドブック」を入れています。
鈴木(真史)さん
防災食ガイドブックは、ある防災イベントに協賛させていただいた際に提供していたのですが、サイズを調整したらこっちにも使えるんじゃないかと思って、「こんなのが社内にあるのですが使っていいですか」と。
安達さん
森さんがさきほど「なんでも屋」の部署だと言っていましたが、それぞれが色々な人やモノとの接点を持っているので、思わぬところでアイデアがつながっていくんです。メンバーの視野が広いと感じています。
-知見を持ち寄って、つなげたり拡げたりしているのが素敵です。「ヘルプアジバンダナ」は、これからどういう使い方をされていくのですか?
安達さん
まずは社内の避難訓練などで使って、このバンダナの存在や活用方法を、障害を持つ社員の方に伝えていきたいと思います。
社員向けに作ったものなので、現状は社内のみの配布ですが、今後は被災地や、一般の方に向けても広げていけたらいいなと考えています。
森さん
安達さんが主体となって、鈴木さんといいコンビで生み出してきた「ヘルプアジバンダナ」は、世の中的にも必要とされるプロダクトだと思います。一般の方に届けるにはいろんなハードルがあるのですが、どうしたらクリアしていけるか考えていきたいです。
安達さん
コミュニケーションボード機能が付いた災害時支援バンダナこれまでなかったと思うので、もしこれから作る方々がいたら「どんどんこのアイデアを使ってください!」と伝えていきたいですね。最終的には必要な方に必要なだけ届くこと目指したいです。
非常時に顕在化する「障害」をイメージする
-安達さん個人のお考えとして教えてもらいたいのですが、災害時や復興期間には、どんな配慮があるといいなと思いますか?
安達さん
まず、障害がある当事者からも、「自分は耳が聞こえないのでこういう配慮をして欲しい」など、要望を伝えることが必要だと思います。
私の場合は、普段の慣れている生活で特に困ることってあまりないんですね。なので「配慮が必要ですか?」と言われた時、とっさに「大丈夫です」って言ってしまいがちです。
けれど、避難所などでの慣れない環境の中では、色々なことを0から構築しなければなりませんし、こういうところで初めて「障害」が起きると思うんです。
必要な配慮は個々に異なりますし、非常時で周りもなかなかそれに気づけないと事態が起こりがちなので、自分はどうしてもらいたいかをイメージできていることがとても大切だと感じています。
その上で、要望を受け取った方には、その人が取り残されないようにできるだけ声かけをしてほしいですね。周りの動きを察しながら自分で動くことが難しい人も多いと思うので、障害特性などを理解していただけたらと思います。
聞こえない人に対しては、コミュニケーションボードを使うとか、紙やペンを優先的に配布するような配慮があればうれしいです。これは聞こえない友人も言っていたのですが、携帯のバッテリーなどは、優先的に使わせて欲しいなと思います。文字認識アプリなどを使うので、バッテリーの消耗も早いんです。
DE&Iは、想像力と体験から
-最後に、みなさんのDE&Iについてのお考えを、一言ずついただけたらと思います
安達さん
DE&Iという概念は、実は目新しいものではなく、一人ひとりがほんのちょっと視野を広げるだけで実現できるものだと思っています。
聞こえない人には文字アプリ、車いずユーザーには昇降機など、ハード面のバリアフリーはお金をかければ解決できる部分もあります。でも、思いやりの心といったソフト面は、やっぱり知る機会がないから知らない、ゆえに「DE&I って何?」という状況もあると思うんです。
知る機会は、作らないと浸透していきにくいと感じるので、知る・体験する場を提供する研修を考えています。障害だけではなくて、外国人や女性など、いろいろな特性がありますよね。その人たちがどんな生活をしているのか、いかに自分が想像力を働かせられるかが大切だなと。そうした多様性への想像力や発想は、イノベーションや、会社の成長にもつながっていくと思っています。
今回のヘルプアジバンダナも、その一例になればいいですし、身近なアップデートを大切にしていきたいです。
鈴木(真史)さん
初めてブラインドサッカーを見た時に衝撃を受けました。本当にこんなことができるんだと。プロブラインドサッカー選手に料理をしてもらったりもして、何かもう、イメージががらりと変わりましたね。それで、僕は障害というものに対して偏見を持っていたんだと気がついたんです。
思い込みだけでものごとを語るのではなくて、知って、触れて、話してみて、そこからほんとうの理解につながると思います。DE&Iってこういうことなんじゃないかと。そうした研修の企画も丁寧に進めていきたいですね。
-鈴木さんご自身は、安達さんと一緒に働くことで変化したことがありますか?
鈴木(真史)さん
あんまりないですね(笑)普段からいろんな人がいるよねっていうところは認めてもらいたいし、認めたいしと感じてきたところがあります。
でも、変わっていないというのは嘘になるかもしれません。今までよりも、いろんな人がいて、ディスアドバンテージもあればアドバンテージもあるということを認識するようになりました。
DE&Iという概念については僕も想いを持っていて、この概念がなくなるまで浸透させたいです。DE&Iっていう言葉すら死語になっているぐらい、自然なものになっているところまでやりたいですね。
自分がDE&Iに対してこんなに思いを持っているんだというのは、「ヘルプアジバンダナ」の企画を通してより表に出てくるようになって、自身にとっても発見でした。
森さん
私が日本で思うのは、言語が同じで何の障壁もないと思っている日本人同士のやり取りなのに、それが日本に漂う閉塞感につながっているのではないかということです。
個の時代と多様性が並行して走る中で、良く言えば個の自由が認められているけれど、とはいえ人は1人では生きていけないですよね。まだ検討段階ではありますが、そうした時に、自分が人とどういう関わり方をしていくのか真正面から向き合って、自身を覗きに行く、そういうきっかけになればいいなというのが、DE&I研修の本質的に目指す姿です。
もっと相手のことを知ろう、慮ろう。でも、本当に知るって、想像するって、どういうことなんだろうと踏み込む1歩になると思っていますし、そこにつなげていきたいです。
防災において大切なのは、共感を軸にした組織風土づくり
安達さんがお話ししてくれた、時計型のウェアラブルデバイスに緊急放送の文字情報が届く仕組みを発案した安全・環境グループ マネージャーの鈴木彰彦さんもお話に来てくださいました。
鈴木(彰彦)さん
安全・環境というグループで防災を担当しています。大きな事業所ですので、人による管理ではなく、防災の仕組みがとても大切になります。例えば地震があった時に、1人ひとりがどういう行動をすればよいのかというルールや基準を定めることを中心となって推進しています。
今回、安達さんが仲間に加わって、僕たちもどうやったら彼女を守れるか、笑顔で家族のもとに帰れるかというのを新たに考えるきっかけになりました。
安達さん
私が川崎事業所に来た時に、鈴木さんが、私の安全を確保するのは我々の使命だと考えてくれているのがすごく伝わってきたんですね。なかなかできることではないと思いますし、ウェアラブルデバイスに文字で情報が届く仕組みも提案してくださって、自分ごととして考えてくださることにいつも尊敬しています。
鈴木(彰彦)さん
本音を言うと、自分の子供を守るのと一緒なんです。何かあった時にすぐに連絡が取れるとか安否が確認できるとか。親としてはそれが安心ですし、みなさんのご家族のもとに無事に帰れるようにしたいという、ただその思いだけです。特別でも難しいことでもないです。
今回、安達さんが積極的に関わりアイデアも出してくれて、たまたま良い成果が出ました。でも、障害のことをあまり周囲に伝えたくない人も、我慢して支援を待っている人もいると思うんです。
だからこそ、全ての人に目配せをして、困らないようにしていけるかを、組織風土にしていく必要があります。そのためにはどうしたいか、どうあるべきかを日頃からいろんな人と会話できることが大切です。
防災は、防災担当にお任せではなくて、一人ひとりの心がけが本当に大切です。理解ではなく共感されない限り、「防災を本気でやろう」「もっと良くしよう」という雰囲気にはならないので、僕はその共感づくりを目指したいです。
それぞれが心に秘めるDE&Iや防災への思いが「ヘルプアジバンダナ」や今後の企画に脈々と流れていて、力強くしなやかな関係性に感動しっぱなしでした。
取材を通して、もしもの備えは想像力を持って進めることが大切だと改めて気づくとともに、「ヘルプアジバンダナ」やその開発視点がこれから様々な場で広がっていけばいいなと願います。
味の素株式会社 川崎事業所のみなさま、貴重なお話をありがとうございました!
mazecoze研究所代表
手話通訳士
「ダイバーシティから生まれる価値」をテーマに企画立案からプロジェクト運営、ファシリテーション、コーディネートまで行う。
人材教育の会社で障害者雇用促進、ユニバーサルデザインなどの研修企画・講師・書籍編集に携わった後に独立。現在多様性×芸術文化・食・情報・人材開発・テクノロジーなど様々なプロジェクトに参画&推進中。