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感覚過敏・鈍麻から広がるグラデーションな脳の世界|質問2:井手先生のことがもっと知りたい!その①

平原 礼奈 │ 2020.06.01
井手先生の脳科学(のうかがく)最前線(さいぜんせん)! 感覚過敏(かんかくかびん)・鈍麻(どんま)から広がるグラデーションな脳(のう)の世界 ●プロジェクトの説明 すべての記事を読む

実験心理学と、恩師との出会い

mazecoze研究所: 質問1では、感覚過敏(かんかくかびん)について教えていただきました。 今回は、井手先生のことがもっと知りたいです。 感覚過敏の研究者が世の中にまだ少ない中で、井手先生のように、実験的な研究をしている人はもっとずっと少ないと聞きました。 なぜ、どんな思いで、この研究をするようになったのでしょうか? 井手先生: 僕はまさに、“まぜこぜな道”を歩いてきた人間です。 いま、自閉症(じへいしょう)の人の感覚過敏について研究をするときに、実験心理学(じっけんしんりがく)脳科学(のうかがく)という、ことなる分野の方法を取り入れています。 ※実験心理学:実験的手法を研究の手段に使い、心の理解を目指す心理学の方法 ※脳科学:人が感覚、認知(にんち)、意識などをうみだす脳のはたらきについて研究する学問分野 なぜ、こうした独特のスタイルで、感覚過敏の研究をするようになったのか? 実は僕、大学生になったときは、カウンセラーをめざしていたんです。 だから、臨床心理学(りんしょうしんりがく)※コースで学びました。 ※臨床心理学:心理的な問題や不適応行動(ふてきせつこうどう)などの援助(えんじょ)、回復(かいふく)、予防(よぼう)等の研究をする心理学の学問分野 カウンセラーって、傾聴(けいちょう)と言って、人の話を聴く力がとても求められるんですね。 なんだけど、僕、それができなくて(笑) 授業でカウンセリングのロールプレイ※があったのですが、相手の話を聞いて会話を引き出すことがうまくできず、気まずい時間をすごしました。 当時は、自分の頭の中のイメージを言葉にすることが苦手で。 対人の場面での強い恐怖(きょうふ)もあって、自分が生きる意味はなんだろうとなやみながら、いつしか自分にはカウンセリングで人のケアをすることはできないと思ってしまったんです。 ※ロールプレイ:役割演技(やくわりえんぎ)。現実に起こる場面を想定して演じ、疑似体験(ぎじたいけん)を通じて、実際に起こったときに適切(てきせつ)に対応できるようにする学習方法 僕は、人生に希望を持てず、自分を肯定(こうてい)できずにいました。 でも、そんな僕のことを、「才能がある」と言ってくれた先生がいたんです。 臨床心理のゼミ※の指導教員でした。 その先生は、哲学科(てつがくか)の出身で、僕の行っていた大学ではとてもめずらしい、実験系の心理をするゼミでした。 ※ゼミ:指導教員と学生が少人数グループで、特定の専門分野について学び研究活動を行う授業 僕はオタクで、高校まで空手をやっていたので将来は総合格闘家(そうごうかくとうか)になろうとしていたし、個性的な学生だったと思うんですけど(笑) その先生がいてくれたから、学びを止めずにがんばってくることができました。 それからめちゃくちゃ勉強して、カウンセラーから方向を変えて、実験心理学を学ぶために大学院へ。 そこで学んだのが「認知心理学(にんちしんりがく)」、次に「知覚心理学(ちかくしんりがく)」です。 認知知覚。 これが、感覚というものを理解していくうえでのポイントになります。 認知心理学は、心と脳の認知活動について研究する分野です。 認知とは、ものごとを認識する、理解する、思考するなど、あるていど意識的なコントロールができる心の状態をいいます。 これは、高次(こうじ)の脳の働きで、多くの場合は前頭葉(ぜんとうよう)といわれる脳の部分と関係しながら活動します。 一方で知覚心理学は、人間の知覚のあり方やその処理について研究する分野です。 知覚とは、五感や身体感覚、平衡感覚(へいこうかんかく)などの、外からの刺激(しげき)を受けて、その特徴(とくちょう)を分析(ぶんせき)すること。 刺激を受けたときに「無意識に起こる処理」で、これは低次(ていじ)の脳の働きにあたります。 私たちは、ほとんど「無意識の知覚的な処理」に支配されています。 外の世界は、自分が見たまま、ありのままにあるように見えますよね。 でも、意識されているものなんて、ごく一部なんです。 カメラと同じように、目の網膜(もうまく)には、上下がひっくりかえった像がうつっています。それがなぜか脳の中で変換(へんかん)されて、自分が見えている形に見えているんです。そこで何が起こっているのかは、いまだにすべてはわかっていません。 僕は色弱(しきじゃく)をもっていて、赤と緑があんまり見えません。僕が見えている色と、まわりの人が見ている色は違うんですね。 人は、たがいに他人の見え方を感じることができません。 人間の脳は、あらい処理をしていて、それをごまかすようにできています。 僕たちには世界はひと続きの動きとして、連続して見えていますよね。でも本当は、ほとんど見えていない、「処理しきれていない」んです。 コマ割りで見えていてもおかしくない世界を、連続してなめらかに見せているのは、脳のトリック、錯覚(さっかく)です。 これは視覚だけではなく、他の感覚でも同じようなことが起こっており、あげたらきりがないほど僕らの知覚は、錯覚だらけでできています! こうした、無意識に行われる情報の処理のことを、知覚の処理過程と言います。 知覚心理学は、「脳がどうやって私たちの世界をいま感じているように見せているのか」について、刺激に対する反応から調べる学問なんです。 僕は特に、時間的な知覚や空間的な知覚についての研究をしてきました。 もうおわかりかもしれません。 いま研究をしている「自閉症の感覚の特徴」って、知覚の特徴だともいえるんです。少しいまの僕につながってきました(笑) 大学院で学んだ実験心理学は、対象者の「行動を観察する方法」を使います。これは、僕の研究の土台になっています。 そして、障害がある当事者の方の話を聞くのに、臨床心理で学んだ対話(たいわ)の方法も使っています。大学時代に学んだこの視点が僕の中にあるからこそ、いま、自分ならではの実験をデザインすることができていると思います。 大学時代の話をしてみました。 僕はまったく優秀ではないし、自分でも自分のことがバカだと思っていたくらいで(笑) でも、自分に合うものを見つけて、人や環境(かんきょう)にめぐまれたことで、人生が変わりました。恩師への感謝がずっと心の中にあって、恩返しをしたいという気持ちが力になり、信念をもって行動してきた結果が、いまの自分です。 研究の道に進みながら、僕は自分のことを肯定できるようになりました。 たくさんくじけたり、傷ついたりした経験のすべてが、いまの僕の役に立っています。とても幸せなことだと思います! その②へ続く

井手正和先生

専門:実験心理学、認知神経科学、神経心理学 発達障害者の感覚処理障害(感覚過敏・感覚鈍麻など)の神経生理基盤を明らかにすることを目的とし、心理物理と脳イメージング法を用いた実験を行う。 >研究室webサイト
 
研究員プロフィール:平原 礼奈

mazecoze研究所代表
手話通訳士
「ダイバーシティから生まれる価値」をテーマに企画立案からプロジェクト運営、ファシリテーション、コーディネートまで行う。
人材教育の会社で障害者雇用促進、ユニバーサルデザインなどの研修企画・講師・書籍編集に携わった後に独立。現在多様性×芸術文化・食・情報・人材開発・テクノロジーなど様々なプロジェクトに参画&推進中。

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