これまでなかったトランスジェンダーの青春コメディムービー。思春期の心の内にある葛藤を、未来の自分との対話で描く|『となりのとらんす少女ちゃん』東海林毅監督・中川未悠さんインタビュー

“未来のオレはトランスガール⁉” 映画『となりのとらんす少女ちゃん』制作ストーリー

こんにちは。
mazecoze研究所の平原です。
2026年11月7日(土)に 、映画『となりのとらんす少女ちゃん』が公開されます。
SNSで話題を呼んだ漫画家・とら少さんの同名のデビュー作の中の一編を映像化した本作は、大阪の下町を舞台に、トランスガールとなった10年後の自分が未来からやってくるという物語。
さまざまな視点がまぜこぜになった作品の見どころと制作に込めた思いについて、東海林毅監督と主演の中川未悠さんに聞きました!
描かれてこなかった、ただ一人の中で起こる壁と、形になる前の葛藤

―作品を視聴して、13歳のユウタのもとに、未来から来た自分であるユウカが「いますぐホルモンはじめて女になってほしい」とホルモン療法薬がぎっしり入ったスーツケースを持って迫る場面に、どきっとしました。
東海林監督がこの映画を撮ろうと思ったきっかけをお聞かせください。
東海林監督
以前監督をした短編映画『片袖の魚』の主演・イシヅカユウさんを通して、とら少さんの『未来から来たとらんすちゃん』に出会いました。
未来からやってきた自分との対話を通して心の内の葛藤を描くというもので、視覚的にも面白いですし、ドラマとしても作りやすいなと思いました。そして、やはり当事者じゃないとこの漫画を描こうとは思わないよなという直感があって、映画にしたいと即決しました。
映画やドラマで性的マイノリティを描くときって、その人物が社会に出ていこうとしたときに、カミングアウトをしたり、周りとどう適合していこうかみたいなところで起きる摩擦や事件についての内容が多いと思うんです。
でも、僕も性的マイノリティの一人なのですが、自分の経験からすると、社会に出る前の、特に思春期に、自分が何者なのかよくわからない時期があるわけです。少なくとも周りとは何かが違う。でも、その原因も、何が違うのかすらわからない。だけど折り合いをつけていかなきゃいけないとなって初めて、自分の属性や違和感の正体を知識として得て、葛藤していく。そこから自己受容の旅が始まっていくのではないでしょうか。
これは人生におけるものすごく大きな要素で、おそらく性的マイノリティのほぼ全員が最初にぶつかる壁なのですが、これまでほとんど描かれてこなかった。なぜかというと、一人の人間の心の中でだけ起こる戦いの話なので、非常に地味なんです。当事者にとっては大きなことだけど、これまであまり知られていなかった葛藤そのものを描く価値があるな、撮ってみたいなと思いました。
過去の自分に届けたい性的マイノリティの青春映画

―作品の制作過程で大切にされたことや、見どころを教えてください。
東海林監督
台本ができた時に、あるスタッフから「そっか、性的マイノリティの子どもってこんなことを考えているんだね」って言われたんです。明日のテストどうしようとか、部活の友だちのこととか、子どもなら誰もが持つような悩みの隣に、性的マイノリティとしての悩みが同居している。台本を読んで、初めてそれがわかったということでした。
逆に僕にはそれが意外で。自分にとってはすでに通ってきた道だったので、「そうか、ここが伝わってないし、知られていないんだな」って気づいたんです。つまり、これはとても珍しい性的マイノリティの青春映画と言っていいんじゃないかなと、そのときに思いました。
こういうテーマで描くと、どうしてもカミングアウトがゴールになったり、何かしらの決着をつけようとなりがちですよね。明確なわかりやすさを求めることは、ある種のマジョリティの傲慢なのかなと感じています。
とら少さんの原作の面白さは、「別に今、決めなくていいよ」というところに落ち着くことです。これも、すごく当事者性のある描き方だなと。
―当事者と言ってもはじめから輪郭がはっきりしてるわけではなく、常に揺らぎや変化の中に身を置いているんだということが、作品から伝わってきました。
公式サイトには、「僕は青春映画が少し苦手です。なぜならそこに自分の姿がほとんど見当たらないからです」という監督の言葉も掲載されています。
東海林監督
実際、そうだったので。映画が好きで、友人たちといろんな映画を観に行くのですが、青春映画の傑作と言われている作品を観ても、なんだか全然ピンとこないんですよね。技巧的な評価についてはわかるのですが、自分のものとして楽しめるかというと、そうではないことが多くて。青春映画というジャンルそのものが苦手になってしまったんです。僕以外にもきっと、そういう人がいると思います。
映画を撮るときは、「この人たちに観てほしい」という対象を決めることが多いのですが、今回は中高生ぐらいの当事者まで届くといいなと思っています。彼らにとっての青春映画のマスターピースになればと。そして、当時の自分に向けて届ける意味あいもある気がしています。
主演への起用と、役に重ねた自身の経験

―中川さんは、どのような経緯で主演に抜擢されたのでしょう。
中川さん
共通の知り合いにご紹介いただいて、監督とオンラインでお話をして、出演が決まりました。
東海林監督
自分がトランスジェンダーを描く映画を撮るときには、可能な限りトランスジェンダー当事者の俳優をキャスティングしたいと考えています。また、この映画を撮るにあたって、原作のテイストや関西弁を活かしたいと思い、コメディで描こうと決めていました。さらに、一人の人間の内面を描くため、主演俳優は出ずっぱりになるので、関西弁がネイティブであることも大切にしました。トランスジェンダーの当事者性を重視しているのに、関西人の当事者性を重視しないのもちょっとどうなのかという思いもありまして(笑)
こうした条件を満たす人を探して共通の友人に相談したところ、「いい人がいます」と最初に名前が挙がったのが中川さんでした。
―コメディという点では、中川さんには元々、コメディを演じる土壌があったのでしょうか?
中川さん
いえ、コメディ作品に出たことはありませんし、映画出演も今回が2作目なんです。コメディには以前から出てみたかったのですが、自分にできるのか不安もあったので、声をかけていただけたことがすごくうれしかったです。
東海林監督
人を笑わせるのって、実はすごく難しいんです。コメディの芝居って、お客さんをリードして自分から笑いを取りに行かなきゃいけない面もあるので、これができる人とできない人がいると思っています。トランスジェンダー当事者の俳優の中で、果たしてできる人がいるかなというのが懸念点だったんですけど。
中川さんと最初にオンラインでお話ししたときは、主演作『ブルーボーイ事件』も公開前で、芝居を確認できるものがありませんでした。でも、動画サイトに投稿されたVlogを見ると、気のてらいがないというか、とても親しみやすそうな方だなと。この人の日常のドタバタなら楽しく笑えるんじゃないか、可能性があるなと思いました。
その後お会いして本読みをやってみて、初めは少し硬かったのですが、「関西弁で自分の兄弟姉妹に話しかけるような感じでテンポよくやってみましょうか」とやっていくうちにどんどん柔らかくなって、「隣にいる人」になっていったので、これはいけるなと。

―中川さんは本作に関わる中で、気づきや気持ちの変化はありましたか?
中川さん
私もトランスジェンダー当事者なので、原作を読んで、こういうストーリーはありそうでなかったな、という気づきがありました。13歳は私にとって15年以上前になるのですが、もしあの頃の私がこの映画に出会っていたら、もう少し未来が変わっていたのかな、といろいろ考えさせられました。
脚本も、当時の自分と重ね合わせながら読みました。たとえば、私もユウカの立場だったら、ユウタに「早くホルモン治療を始めてよ」とか、「一刻も早く性別適合手術を受けて、自分になってほしい」と伝えていたと思うんです。そういう部分には強く共感しました。
私、普段の自分もユウカにすごく似ていて、予告編を友だちや家族に見てもらったときも、ユウカのセリフを聞いて「普段のあんたやん」ってすごく言われました(笑)
でも、重なる部分は多いものの、私とユウカは別の人間でもあります。そこはユウカ自身の物語として生きていこうと思っていました。似ているようで違うところもある。その上で、撮影が始まってからユウタとユウカの関係性も少しずつ深まっていって、より自然にユウカとして演じられたんじゃないかなと思います。
誰が誰を描くのか。当事者が演じることの意味

―原作のとら少さん、東海林監督や中川さんなど、性的マイノリティの当事者であるみなさんが中心となり制作されていることも、作品の軸になっていると思います。作品づくりにおいて当事者性を大切にされている理由を、改めてお聞かせください。
東海林監督
逆に、当事者ではない人が社会的マイノリティを描くときに、どのような問題が起きるのかを考えたいと思います。非当事者の想像によって描かれた社会的マイノリティ像がメディアを通じて発信されると、そこにマジョリティの想像や偏見が反映されて、偏見の再生産や強化につながる可能性があります。僕はマイノリティの一人として、それをとても怖いことだと感じながら生きてきました。いまは自身が発信する立場にいるからこそ、可能な限り気をつける必要があると思っています。
僕はバイセクシュアルの当事者であり、LGBTのなかのG(ゲイ)とB(バイセクシュアル)は当事者の視点からわかることもありますが、トランスジェンダーやレズビアンではありません。それぞれが受ける差別や偏見も少しずつ違います。自分の想像で補える部分もありますが、それだけでは十分に理解できないことが多分にあるので、当事者のみなさんにもしっかり関わってもらって、ギャップを埋めていくことは必ず必要になると思っています。
―話が少しずれるかもしれませんが、近年、「ろう者の役はろう者が演じる」という動きも広がっています。手話は言語であり、ろう文化や独自の言語的背景も踏まえて表現することが大切だからこそ、手話を母語とする人がろう者の役を演じることが望ましいという考え方には、私も共感しています。でも、これまで手話が登場するドラマなどでは、必ずしもそうなっていませんでした。
監督のお話を伺って、テーマは違っても、作品を作る上で共通する課題があるのだなと感じました。
東海林監督
おっしゃる通りです。メディアにおけるリプレゼンテーション、つまり特定の人々がメディアや社会においてどのように描かれ、表現されるかという点で、社会的マイノリティのメディア表象には同根の問題がありますよね。偏見に満ちた姿や、実態とは異なる姿が伝わってしまうことをどう避けるかという点でも、当事者の俳優が演じることが望まれています。
また、その属性を持つ人たちの中にも当然、俳優を目指したい人がいるはずです。それにもかかわらず、マジョリティの人たちがその人たちから活躍の場を奪っていることにもなるので、労働問題としての側面もあります。
ただ、映画やドラマでは、視聴率や興行収入も無視できないため、知名度のあるマジョリティの俳優を起用することもまだまだ多いのだと思います。
中川さん
当事者である私が演じるからこそ説得力が生まれたり、自分自身が経験したからこそ重みが加わったりするのではないかなと思っています。セリフを覚えて演じるだけではなく、自分のこれまで生きてきた葛藤や悩みも踏まえてセリフに乗せるので、だからこそ、きっと観てくれた人に刺さるんじゃないかなと。当事者が演じることは、すごく素敵なことだなと感じています。
笑いを通して自分たちの物語を

―作品の案内資料に「この作品には東海林監督のトランスジェンダー差別やヘイトの言説に対する様々な反論も込められている」と書かれていました。そのメッセージを伝える表現手段としてコメディを選んだ意図についても、お聞きできたらと思います。
東海林監督
なぜコメディでやりたいかというと、ご存知のように、性的マイノリティの苦境や葛藤を描いた作品はこれまでにたくさん発表されてきました。社会において、マイノリティの人たちがどのような困難に直面しているのかを伝えることはもちろん大切です。でも、それだけだと当事者にとっても息が詰まるし、楽しい話も見たいなと思うんです。
僕も子どもの頃から「同性愛者を描いた楽しい映画ってないのかな」と思っていて。たとえば映画館に行ってポスターが並んでいるときに、自分と近い属性の主人公が描かれた作品があっても、ポスターを見ただけで悲劇的な結末が予測できたりしてしまって、その時点でちょっとげんなりするじゃないですか。
少なくともポスターを見て幸せになれそうな予感がしたらうれしいし、そうした作品に出会えたときの喜びやテンションのあがりっぷりって結構すごいんですよ。この映画がそういう役割を担えたらいいなという思いも込めて、全面的にコメディを打ち出しているのはありますね。
笑いという視点では、これまでメディアに登場してきた性的マイノリティのタレントやショーマンの方々のなかにも、笑いを糧にして活躍されてきた方もいます。その表現には、自分自身を笑いの対象にするような自虐的な要素が含まれることもあったと思います。そうした笑いは、当時の社会状況のなかで生きていくための大切な生存戦略だったと思うんです。
一方で、時代の移り変わりとともに、笑いの表現にもさまざまな可能性が広がってきています。この映画においては、自分たちが主体となって人を笑わせることを通して、さまざまなことを笑い飛ばしながら生きていく強さを描きたいと思いました。
映画『となりのとらんす少女ちゃん』公開に向けて、クラファンやバリアフリー版も

―制作に向けたクラウドファンディングでは、開始2週間で目標額を達成し、最終的に355人からの支援が集まったそうですね。
東海林監督
うれしかったですね。これだけ反響があるのなら、もっと予算を集めて制作費に占めるクラウドファンディングの割合を高め、しっかり映画が作れるんじゃないかと考え、その後さらにストレッチゴールを設定して制作費を集めました。
―支援してくれたのはどんな方々でしたか。
東海林監督
知人には事前に連絡したりしてお願いしていたのですが、ふたを開けてみると、知らない方々からの支援も多かったです。当事者の方たちから「コメディ映画を待ってました!」という声をたくさんいただきました。
驚いたのは、今回のクラファンは国内でしか対応していないのですが、クラファンの情報が海外に広まり、中国や北米からも「応援したい」「観たい」という熱い声が届いたことです。
―上映に向けて、だれもが鑑賞を楽しめるためのバリアフリー版の制作や、ユニバーサル上映などのご予定はありますか?
東海林監督
バリアフリー版に関しては、すでに制作を進めています。
バリアフリー版は必須だと思っていて、逆になぜ作らないのかと。海外の映画祭に行っても、クィア映画祭では、バリアフリー英語字幕版で上映されることが多くなっています。特に英語圏ではない国では、英語字幕が付くのですが、その字幕自体が音楽や効果音、話者が誰かといった情報を含むバリアフリー版になっていることが多いと感じます。
ユニバーサル上映に関しては、ユニバーサルシアターで音声ガイド版やバリアフリー日本語字幕版を上映する方法もあれば、通常のシアターでもバリアフリー日本語字幕版を上映する方法もあります。
今、映画館と調整している段階★で、まだ結論がでていないのですが、お客さまが自由に選べる状況にできるのが一番いいと思いますし、できれば公開初日から同時にバリアフリーで鑑賞いただけるようにしたいです。
ユニバーサルシアターではない場所でも、バリアフリー版が上映されることがもっと当たり前になるといいのですが、今はそうなっていません。なぜそれが必要なのか、という説明や交渉から始めなければならないのが現状かなと思っています。
―今後ユニバーサル上映が決まりましたら、またお知らせしたいと思います。そして、トークショーなどを開催されるときには、機会があれば、私にも手話通訳を担当させてください(笑)
★取材後に、「シネマ・チュプキ・タバタ」でのユニバーサル上映(11月26日から)が決まったとご連絡をいただきました!
>詳細:https://cinema-chupki.stores.jp/reserve/chupki/3298987
東海林監督
それは、ぜひよろしくお願いします!
ろう者向けの字幕版の上映が少ないことも、性的マイノリティに関わるクィア映画がまだまだ少ないことも、分母が少ない人たちのものはマーケットが小さく予算がつきにくいという問題があります。こうした課題をどう乗り越えていくかは、世界的にも共通する問題になっています。
どこの国のクィア映画祭に行っても、監督たちの共通の話題は「どうやって予算を集めた?」という、お金の話からなんですね。
僕がうらやましいと思うのは、ヨーロッパの監督たちは「まずはクィアアートの財団に企画を出すところからだよね」と話していることです。「いや、そんなもの、日本に一個もねぇわ」では「我々、どうしていきましょう」ということは、常に課題として持っています。

―最後に、お二人からひとことずつコメントをいただけると嬉しいです。
中川さん
青春というと、学生時代のイメージが強いと思いますが、私は何歳になっても青春していいと思っています。もうすぐ31歳になりますが、40歳になっても、楽しく笑顔で青春していたいです。この映画は、観た方にとっても学生時代を振り返るきっかけになったり、今から新しいことを始めたり、もう一度青春してみようと思えたりする後押しになる作品だと思います。
撮影で福島県に行ったとき、街灯もない場所で空を見上げたら、星がすごくきれいで、感動したんです。現代社会では、スマホを見たり、何かと葛藤したりしながら、下を向いて過ごすことが多いと思います。でも、ふと上を向くと、きれいな空気や星があって、見失っていたものを取り戻せたような感覚がありました。
この『となとら』も、観終わったあとに、自分の中で滞っていたものが温かく解き放たれるような映画だと思います。ぜひ、いろいろな世代の方に楽しんでいただきたいです。
東海林監督
思春期の心の内側にある葛藤に焦点を当てて、一本の映画にすること自体が珍しいことだと思います。そういう意味でも、ありそうでなかった作品になったのではないでしょうか。ぜひ注目して楽しんでいただけたらうれしいです。
―東海林監督、中川さん、お話を聞かせくださり、ありがとうございました!

●プロフィール

東海林 毅(しょうじ つよし)さん
映画監督・プロデューサー
武蔵野美術大学在学中より活動を開始し、1995 年 東京国際レズビアン&ゲイ映画祭にて審査員特別賞を受賞。バイセクシュアル当事者でもあり、商業作品を監督する傍ら映画を通して LGBTQ+と社会との関わりを探ってきた。短編「老ナルキソス」(2017)が国内外の映画祭で 10 冠を獲得、長編版をセルフリメイクし 2023 年に劇場公開。「片袖の魚」(2021)では日本で初めてトランスジェンダー当事者の一般公募オーディションを行い話題となる。2024 年 11 月 20 日に「LGBTQ+差別に反対する映画監督有志の声明」を有志代表として掲出した。

中川 未悠(なかがわ みゆ)さん
俳優
トランスジェンダーMTF当事者。21歳の時、大学在学中に性別適合手術を受け、戸籍も女性へ。
その手術までを追ったドキュメンタリー映画『女になる』(田中幸夫監督)が2017年秋に全国で公開。その後、演技未経験ながらも2025年11月14日に公開された映画『ブルーボーイ事件』(飯塚花笑監督)の主演にオーディションを経て抜擢された。映画『となりのとらんす少女ちゃん』は主演2作目。
●作品情報
映画「となりのとらんす少女ちゃん」
2026年11月7日 新宿K’scinemaより順次全国公開
11月26日から「シネマ・チュプキ・タバタ」でユニバーサル上映も決定
>上演情報などの詳細は、公式サイトへ

あらすじ
中学2年生のユウタはシングルマザーの母と二人暮らし。ユウタのもとにある日突然、ユウカと名乗る女性が現れる。ユウカは 10年後の未来からやって来たユウタ自身で、様々な苦労の末に性別適合手術を受けてこの姿になったのだという。大人の身体になる前に一刻も早く性別移行に向けて動き始めるよう迫るユウカ。周りの友人たちとの間で小さな違和感を感じ始めていたユウタだが、強引なユウカに反発。女性として生きることを選んだユウカと、その未来を受け入れがたいユウタの攻防がはじまる。そんな中、ユウタの 14歳の誕生日にある事件が起き、ユウタは未来への選択を迫られる。
出演:中川 未悠/髙橋 蒼太/竹内 大騎/寺山 武志/石坂 大志/久留飛 雄己/田仲 ゆら/水野 阿修羅/めんたいこ/イシヅカユウ(声) /はるな 愛
原作:とら少『となりのとらんす少女ちゃん』より「未来から来たとらんすちゃん」(在野社)
脚本・監督:東海林 毅
mazecoze研究所代表
編集者・手話通訳士
「ダイバーシティから生まれる価値」をテーマに、企画立案からプロジェクト運営、ファシリテーション、編集・執筆などを行う。
文化芸術、鑑賞サポート、地域、農と食、デフスポーツ、人材開発など様々なテーマのプロジェクトに参画。