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「やさしい日本語」×「ユニバーサルデザイン」がめざす未来 ~誰もが伝え合える社会に~

mazecoze研究所 │ 2024.05.02

すべての人のための「やさしい日本語」

「やさしい日本語」という言葉を聞いたことがありますか?
やさしい日本語は「難しい言葉を言い換えるなど、相手に配慮したわかりやすい日本語」などと定義されています(※下記ガイドラインより)。ひらがなの「やさしい」には、言葉が「易しい」、人に「優しい」という2つの意味があります。
ではやさしい日本語は誰にとって「やさしい」のでしょうか? 誰のためのものなのでしょうか?

やさしい日本語が生まれたきっかけは、1995年の阪神・淡路大震災にあります。災害時に情報を外国人にすばやく正確に伝えるために考案されました。その後、ふだんの情報提供にも使うようになりました。
また2020年には、国が「在留支援のためのやさしい日本語ガイドライン」を出しました。日本に住む外国人の支援が主な目的です。以下は、ガイドラインに載っているやさしい日本語のポイントの一部です。

・伝えたいことを整理し、情報を取捨選択する
・イラスト、写真、図や記号を使ってわかりやすくする
・一文は短くする
・3つ以上のことを言うときは、箇条書きにする
・簡単な言葉を使う(難しい言葉を使わない)
・漢字の量に注意し、ふりがなをつける

※出典:出入国在留管理庁・文化庁「在留支援のためのやさしい日本語ガイドライン」(2020年)

そのような経緯を聞くと、やさしい日本語は外国人のためのものというイメージを持つかもしれません。確かに、やさしい日本語がよく使われているのは、外国人向けの情報です。
でも、やさしい日本語が必要なのは、外国人だけではありません。たとえば漢字のふりがなは、子どもや知的障害のある人が文章を読むときにも役立ちます。また、情報を整理する、画像や箇条書きを使う、難しい言葉を使わない、などの工夫をすれば、一般の日本人にもわかりやすくなります。つまり、やさしい日本語は皆のためのものなのです。
また、やさしい日本語は情報を受ける側(聞き手・読み手)のためだけのものでもありません。すばやく正確に情報が伝われば、情報を発信する側(話し手・書き手)のためにもなります。やさしい日本語は、自分にも「やさしい」といえます。
私がそれらのことを強く感じ、やさしい日本語の普及に関心を持った経緯を次に書きます。

「やさしい日本語」と私の関係

実は30年前から「やさしい日本語」を使っていた!?

私はかれこれ30年くらい前から、公私ともにユニバーサルデザイン(以下、UD)の分野にかかわっています。UDの目的は、障害の有無や年齢・性別・国籍などに関係なく皆が暮らしやすい社会を実現することです。
仕事では長年、民間の研究所でUDに関する調査研究をしていました。またプライベートでもUDに関係する活動をしており、障害のある方々とも多くの接点があります。

私が特に関心を持ち続けていることのひとつは、情報・コミュニケーションのUDです。障害のある人やお年寄りなどの中には、情報の入手・発信やコミュニケーションが難しい人もいます。それらの人に対して必要な工夫や配慮はいろいろあります。
たとえば、耳の聞こえにくい人に対しては、聞き取りやすい声ではっきりと話すことが大切です。日本語の読み書きが難しい人には、簡単な日本語を使ったほうが伝わります。また、図表などを使って視覚的にわかりやすく示すことも理解の助けになります。ただし目の見えない人にも伝わるように、視覚的な情報だけでなく、言葉できちんと説明することも必要です。このような工夫や配慮をすると、より多くの人に情報が伝わりやすくなります。

私は、日本語を書いたり話したりするときには、これらを実践できるよう心がけていました。また、他の人にも実践してもらうために、レポートや講演などでの情報発信もしていました。以前は「やさしい日本語」という言葉をあまり意識していませんでしたが、いま思うと広い意味での「やさしい日本語」の実践・普及活動をしていたともいえます。

異国で「やさしい日本語」の必要性を実感

長年そのような経験をした後、2018年の初めから2年間は、仕事を休んで南米のウルグアイでボランティア活動をすることになりました。(ウルグアイでの経験については「地球の反対側でUD探究者は見た!」にも書いているので、あわせてご覧ください。)

ウルグアイで使われている言葉はスペイン語です。でも、私はスペイン語が得意でなかったので、コミュニケーションには苦労しました。ウルグアイ人が「やさしいスペイン語」をもっと使ってくれればいいのに、と毎日切実に感じていました。自分のように言葉が十分できない人に対して、どんな話し方・書き方をすれば「やさしい」のかも、身をもって体験しました。

そんな私でも、大勢のウルグアイ人に対して、スペイン語でプレゼンをする機会が何度もありました。そのときは、下手なスペイン語を補えるように、プロジェクタの画面に図や写真を示したり、言いたいことを簡潔にまとめたりして、できるだけわかりやすく伝える工夫をしました。
日本で障害のある方などにやさしい日本語で情報を伝えようとした経験が、スペイン語で情報を伝えるときにも役立ったのです。やさしい日本語のコツを身につけると、相手のためだけでなく自分のためにもなることを実感しました。

ウルグアイでの生活を終えて日本に帰ったら、自分の経験をふまえ、日本語の壁を感じている外国人にもっと目を向けたいと思っていました。

帰国後、「やさしい日本語」により深くかかわる

ところが、2020年初めに帰国して元の仕事に戻った頃から、全世界で新型コロナウイルスの感染拡大が始まりました。外国人どころか日本人にすら、会って話を聞くことがなかなかできません。
インターネットや文献、オンラインセミナーなどで情報を集めるうちに、注目するようになったのが、やさしい日本語です。研究員としてやさしい日本語についてのレポートを書いたり、一般の市民や行政・企業の方に講演をしたりもしました(文末のプロフィール参照)。

また、日本の大学生に対して、UDをテーマとする講義も行うようになりました。講義では、障害のある人や外国人などのコミュニケーションに関する問題も扱っています。その問題の改善方法のひとつとして教えているのが、やさしい日本語です。講義を受けた若い人たちが、次世代の情報・コミュニケーションのUDをより進めてくれると信じています。

一方、プライベートでは、外国人に日本語を教えるための勉強も始めました。日本語教育の講座を修了し、検定試験に合格した後は、地域に住む外国人にボランティアで日本語を教えていました。そして現在は、日本語教師の仕事もしています。日本語があまりできない外国人にとってやさしい日本語が必要であることを、以前にも増して感じています。

私だからこそできる「やさしい日本語」の普及活動

やさしい日本語は以前に比べれば普及しました。でも、やさしい日本語について知らない人もまだたくさんいます。また、やさしい日本語が外国人以外にも役立つと思っている人は、あまり多くありません。

私がUDの分野の仕事・活動に長年かかわる中で目指してきたのは、誰もが自由にコミュニケーションできる社会です。その実現のためには、やさしい日本語が必要です。私だからこそできる、やさしい日本語の普及活動を、これからも続けたいと思います。

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