プログラミング教育必修化の時代に。しくみデザイン中村俊介さんに聞いた、超感覚的プログラミングツールSpringin’(スプリンギン)から未来に広がる無限の可能性
目次
プログラミング教育必修化の中で
こんにちは。mazecoze研究所の平原です。
最近、小学生の娘の周りでよく聞くのが「プログラミング※」という言葉です。それもそのはず、2020年に改定された文部科学省の学習指導要領では、小学校におけるプログラミング教育が必修化され、子どもも学校も先生も待ったなし。もちろん保護者もですが、プログラミングと耳にした瞬間、難しくて取っ付きにくいものというイメージが先行して心の扉がぱたりと閉じるのは私だけではないはずです。
そんな中、Springin’(スプリンギン)というプログラミングツールを開発されているしくみデザインの中村俊介代表にお話を聞く機会に恵まれました。話の土俵に乗れないことがないようにと、EdTechとかSTEAM教育とかこれまでmaze研でもお話を聞いたあれこれを頭に詰め込んで取材に向かったのですが、中村さんから出てきたのはシンプルで未来への希望を感じるお話の数々だったのです。
※プログラミング:コンピュータにしてほしい動作をコンピュータに理解できる形で計画した「プログラム」を作り、指示を出す作業のこと。
超感覚的にプログラミングができちゃうSpringin’(スプリンギン)
平原
今日はSpringin’を軸に、しくみデザインさんやプログラミングについてうかがいたいと思います。アナログ脳な私にもわかるように教えてください!
中村さん
プログラミングって、イメージが難しい、見た目が難しい、実際に難しい、ですよね(笑)プログラミングしようと思ったときに「ここにコードを書いてください」って言われたらいきなり挫折しちゃうじゃないですか。だから、何かをつくりたいと思ったときに使えて、つくる行為そのものが楽しくて、そしてとにかく最短距離でつくることができるツールとして生まれたのがSpringin’なんです。
平原
実は私もここに来る前にSpringin’をダウンロードしてみたんです。誘導されるままにスマホをさわっていたら画面が動きだして、いま何かつくっちゃった私?って。Springin’の魅力を教えてください。
中村さん
いかに文字を一回も使わずにいけるかということを大事にしているんです。コードを書かない代わりにアイコンを使ってすべての操作ができるようにしてます。そのアイコンも、見たらなんとなく意味がわかるように生活の中から想像できるものを取り入れていて。
平原
この円を描いた矢印のアイコンを使うと画面上の素材が矢印の方に回るんですね。画鋲のアイコンは止める、ですか?
中村さん
そうです。たとえば重力をかけて絵を下に落とすとします。でも床より下に落ちてほしくないなと思ったらピンのアイコンで止めることができます。床にぶつかったときに跳ねるようにしたいとか、音を鳴らしたいとか、そういうこともできますよ。
平原
わー、ほんとに何でもできちゃうんですね。
中村さん
絵を使って絵のプログラミングをするみたいな感じです。実際にある事象をメタファー化してプログラミングの手法として使っているのは、たぶん他ではない発明になっていると思います。
つくることのショートカットという面では、つくったものがすぐに動くようにしています。そうしたらこれどうかな?っていう試行錯誤を何度でも繰り返せるんです。
もう一つ、プログラミングで障害になるのはエラーなのですが、エラーという概念をまるごと存在しないように設計しています。
平原
言語に頼らず自分のやってみたことがすぐに形になって間違いもないって、Springin’やさしいですね。私はいまの活動の入り口がユニバーサルデザイン※(以降UD)だったのですが、Springin’はUDだなぁと感じました。中村さんのご経歴を見ると、大学院でUDの研究もされていましたよね。
※ユニバーサルデザイン:すべての人にとって、できる限り利用可能であるように、製品、建物、環境をデザインすること(UD提唱者 ロナルド・メイスらの定義より)
中村さん
大学で建築を学び、その後九州芸術工科大学(現九州大学)の大学院に進んだのですが、そこで入った研究室の先生がUDを研究していたんです。当時すでにプログラミングとデザインと表現とを組みあわせたメディアアート作品をつくりはじめていたので、UDの研究として自分で作ったものをベースに障害がある人もない人もみんながどうやったら楽しく情報を得られるかということをしていました。
平原
そんな経緯があったのですね。Springin’ではあえてUDと表現していないけれど、しっかりそうなっているのが素敵だなぁと思いました。
世界中の全ての人をクリエイターにするしくみをつくる
平原
学生時代のお話になりましたが、しくみデザインさんは中村さんが大学院を卒業してすぐのときに設立されたのですよね。
中村さん
在学中に「KAGURA」というプロダクトをつくって、これは体の動きから音のフィードバックが来るというものなのですが、KAGURAで特許を取得して、2005年にしくみデザインを始めるきっかけになりました。
いま19年目なのですが、当時はスタートアップという言葉もまだなくて、大学発ベンチャーと言われたりしました。メンバーも学生時代の仲間で、芸工大なのでつくることが得意な人たちの集まりでした。その頃デジタルを融合したものづくりができるのが自分たちくらいだったので、イベントのデジタルサイネージやライブコンサートのリアルタイム映像演出、テーマパークのアトラクションの中身などをたくさんのものをつくってきました。
平原
つくれる人がほとんどいなかった時代からデジタルのことをやられていたとは。
中村さん
どんなしくみをつくったらみんなが笑顔になるかというのをいつも考えてきました。15年で1500くらいの作品をつくってくる中で、自分たちがつくったものを「楽しい」とさわってくれている人たちを見て、「もしかしてつくるこっち側のほうが楽しいんじゃないの?」って思うようにもなってきて。iPadとかが出てきた頃ですね。当時はiPadをつくるツールにしているものはほとんどなかったんですけど、「これがあったらいつでもどこでもつくれるじゃん」と思いました。
平原
自分たちがつくるだけではなくつくる側の人をつくっていこうと。
中村さん
会社のメンバーも、結婚したり子どもができたりして大人になっていくわけです。そうすると「自分たちはたまたま運良くつくる人として仕事ができているけれど、子どもはどうなんだろう」と、設立から十数年経ってだんだんと会社全体の意識が変わっていきました。
平原
会社の成熟とも連動して視点が変化していったのですね。
中村さん
つくる楽しさをみんなに感じて体得してもらいたいし、それが楽しいなって思う人が増えれば増えるほど世の中は楽しく良くなると思うんです。
僕たちは15年で1500作品をつくってきたけど、もし1500人のクリエイターを産みだしていたら作品の数はもっとすごい量になるはずで。だから今は、世界中全ての人を、つくる楽しさを知るクリエイターにしていきたいと思っています。
「試しにつくっちゃいました」から生まれた
平原
Springin’はどのように開発されたのでしょうか。
中村さん
Springin’は僕たちが作ってきた色々なデジタルプロダクトの中のひとつなのですが、その中でも「paintone(ペイントーン)」という前身があります。
paintoneは絵を描いてそこに音をつけて触ったら音がなる絵ができるというツールで、当時2歳だった僕の娘がさわりながら自分で制作をしだしたんです。その様子を目の当たりにして、描いたら動かしたいよね、音が鳴ったら反応をつけたいよね、だったらやっぱりプログラミングの要素を加えることが必要だと。そしたら何でもつくれるくらいにまでなるんじゃないかとエンジニアと話していたら「試しにつくっちゃいました」って、プロジェクトになる前に作ってきた。ものすごくおもしろくて、それをもとにできたのがSpringin’でした。2015年のことですが、そこから試行錯誤して3回くらいは作り直して最終的にいまの形になりました。
平原
試しにつくっちゃいました、で生まれたとは! 試行錯誤とはどんなことをしたのでしょうか?
中村さん
どんな作品がつくれるか、可能性が無限大だったので、「プログラミングの学習です」とか「ゲームをつくるものです」と特定の用途に規定せず、表現ツールとしての自由度を高めたいと思いました。でも自由度を高めると難しくなるし、逆にアイコン1個で全部できちゃうみたいにすると簡単なんだけど自由度が下がっちゃう。感覚的にできるけど組み合わせるともっと違うことができる、というものをどうしたら実現できるかを繰り返し考えました。
平原
ものすごく深く考えられているのですね。Springin’はどんなチームで作っていますか。
中村さん
最初はコンセプトは僕も一緒に考えて、開発はそのエンジニアが中心になってやっています。そしてアイコンなどをつくるデザイナー、ほぼその2人体制でした。そこからユーザが増えるにつれて、開発メンバーや運営メンバーなどが加わっていったかたちです。
つくるツールからシェアするツールへのジャンプ
平原
Springin’がいまの形になって、その後どんな展開があったのでしょうか。
中村さん
つくるツールとしては出来上がったんですが、それではまだ半分までしかいっていなかったんです。つくったもので遊んでもらうとか、誰かに喜んでもらうとか、世に出すところも含めて作品づくりだと思うので、Springin’でつくった作品を他の人に共有できる「マーケット」という場を作りました。それでやっと完成形として世に出せたのが2017年のことです。
平原
たしかに自分が作ったものでいろんな人が遊んでくれるとなるとモチベーションが高まるし、シェアしたくなりますよね。プロダクトとしてのSpringin’と、それを共有するマーケットというしくみが相まってはじめて完成と考えられたのですね。
中村さん
マーケットでは、他の人の作品で遊べるだけではなく「これ楽しいな、一体どうやって作っているんだろう」と思ったときに中身が見られるようにしています。
平原
中身が見られるというのは?
中村さん
制作時の画面をそのまま見ることができます。まず作品を選んで起動すると、プレイモードではゲームになっていて、普通に遊べます。「これどうやってつくってるんだろう?」って思ったら、こんな感じで編集モード画面にすると、使われているアイコンの組み合わせが見えるんです。頑張って解析すればこうやって実現してるんだというのがわかる。そうすると、他の人の作品を見て勝手に学び始める人が現れて、僕らが予想もしていなかったようなクオリティの作品がたくさんマーケットに上がるという状況が生まれていったんです。
平原
学び合いの場になっていったと。以前出演されたラジオで、マーケットのことを“悪意がないプラットフォーム”だとも話されていました。
中村さん
基本的に作品を通してコミュニケーションができるようにしています。マーケット上では言葉と絵文字の組み合わせで作品を評価していくのですが、その選択肢もポジティブなものに。やっぱりクリエイターのことが一番大事なので、彼らが気持ちよく活動できてリスペクトされる設計にしたいと心がけています。
平原
やっぱりすごくやさしさを感じます。いま、ユーザーの年齢層はどのくらいなのでしょうか?
中村さん
子ども向けに作ったアプリではなかったのですが、小学5〜6年生が一番多くて、そこから20代前半くらいまでが多いですね。ちょっと間が空いて親世代の方もいます。子どもに触発されてさわっている方もいるそうです。
平原
若いクリエイターがたくさん育まれているのですね!
先生から口コミで拡散。Springin' Classroomへ
平原
Springin' Classroomという教育機関向けの事業も展開されていますよね。
中村さん
先生たちがSpringin'を見つけてくれたのがはじまりでした。マーケットも含めて世に出した後、狙った訳ではなくお子さんのユーザーが多かった。子どもにウケるのはすごくいいなと、色々なところで子ども向けにワークショップをしたり、講演をしたりしていました。
あるとき私立小学校の先生方の集まりでお話ししたのですが、プログラミングが学校で必修化される1年前くらいのタイミングでみなさんやっぱり情報を探していて「これはプログラミングを感覚的に使えるツールになる」と思ってくれたようです。2019年の夏だけでダウンロード数が突然8倍くらいになって、驚いて調べたら先生方が学校単位でダウンロードしてくれていることがわかりました。
平原
Springin'を先生たちが見つけてくれたなんて、素敵な流れですねー!
中村さん
そうなんです。Springin’自体は「こんなものあったらいいよね」っていう思いだけでつくってきたのでいいものになっていると思うんです。それをSpringin’を授業で使えるようにしてほしいというリクエストをいただいて、作品を先生に提出できるようにしたり、教え方がわかる教材を用意したりと、教育機関向けのプラットフォームとしてSpringin' Classroomというサービスをつくりました。いまでは色々な学校で導入されています。
歌うことや絵を描くことと同じように、プログラミングは自己表現のツール
平原
いま小学生の娘がまさにプログラミング必修化の流れの中にいます。そもそもプログラミングとは何で、それを教育に取り込む意味というのを保護者である自分自身が理解しきれておらず、漠然とした不安を感じるというか。プログラミング教育があることで、子どもたちにどんな未来がひらけていくのでしょうか。
中村さん
文部科学省は「小学校でプログラミング教育を必修化するけれど、時間割の中にプログラミングという科目はつくりません」と言っています。じゃあどうするのかというと、「プログラミングを手法として、いろんな授業の質をより高め、より楽しく、より良くしてくださいね」と。試験をさせたいのではなくて、プログラミングが当たり前に使えるツールになってほしいという意図があるからだと思っていて、そこにはすごく賛成です。プログラミングを創造するための道具にしたいという前提があるんです。僕はプログラミングをすることも、絵を描くことも、音楽を楽しむことも同じく何かを表現することだと思っています。
平原
踊ったり歌ったりすることと同じ自己表現のツールとしてプログラミングがあるというのには目からウロコです。すごくイメージが変わりました。
中村さん
いまの世の中で、子どもたちが電子端末にふれずに生きていけるはずがないわけです。プログラムって特別な感じがしちゃうんですけど、レベル感としては仕事でエクセルを使うよりももっとライトな感じ。つくりたいなと思うことがあったときに、プログラミングならできる。「これを使ったら自分たちにとってプラスの力になるものなんだ」って子どもたちが学んで自分の力にしてほしいと思います。
平原
その感覚を親がわかっていないと、Springin'のようなツールにも子どもをつなげられないですよね。宿題を見る感覚で親もプログラミングのことがわかってなきゃって思いがちですが、そうではなくて機会にアクセスできる環境づくりが大切なんだなと感じました。
中村さん
親がどう捉えているかというのが、子どもの環境に直結してしまうので、そこがすごく大事だと思います。ゲームやテレビは基本的に時間を消費するものだと考えられていますが、プログラミングならいつでもつくる側、供給する側になれると知って、プラスなものとして許容できるかが大切なのではないかなと思います。
平原
つくりたいと思った時にさわっていいよっていう環境をつくるって、親にとってはちょっと勇気がいるけど、学校でもきっとそうなんだろうなぁ。
中村さん
プログラミングを、ではなくプログラミングで学べる環境を。そこが転換点だと思います。プログラミングに関しては教わるよりもやったほうがはやいので。
平原
いざやれば子どもたちは自走していくんですね。頼もしいです。いま中村さんが感じられている課題はありますか?
中村さん
やっぱりまだそういう環境になっていないので、いかに知ってもらうか、体験してもらうかが課題です。先生にしても、簡単だから選ぶとか子どもに何がいいかなという見方で選ぶなど、大切にしている視点はさまざまですし、どうやって伝えていくかを模索しています。Springin’は何かをつくるきっかけになってほしい。Springin' Classroomはプログラミングどうしようかなと困っている先生方に「これを入れると子どもたちのクリエイティビティが絶対高まります」と伝えていきたいです。
平原
今日は、未来への希望を感じるお話をたくさん聞かせていただいて、ありがとうございます。
最後に、みなさんに同じ質問をお聞きしているのですが、中村さんにとって、多様性・ダイバーシティとはなんでしょうか。
中村さん
許容されること、許されることだと思います。何においても「してもいいよ」って言ってもらえるといろんなことがラクで楽しくできるけど、「やりなさい、やるべき」って言われたら、好きなことでも嫌になるじゃないですか。ダイバーシティは多様性だから、いかに多くの可能性を広げるかということだと思うんですけど、それダメだよとか世の中はそうじゃないよと言われたらそこで止まっちゃう。いかに自分と違うものや、意味がないと感じるものや、嫌いなことも許容できるかがすごく大事なんじゃないかなと思います。
中村 俊介さんプロフィール
名古屋大学建築学科を卒業後、九州芸術工科大学大学院(現・九州大学芸術工学研究院)にてメディアアートを制作しながら研究を続け、博士(芸術工学)を取得。2005年にしくみデザインを設立し、参加型のサイネージや、SMAP等アーティストのリアルタイム映像演出など、数々の日本初となる革新的な作品を手がける。2013年には身体の動きを検知し楽器を演奏するAR楽器「KAGURA」が米Intel社主催のコンテストで世界一になるなど、日本のみならず世界各国で数々のアワードを獲得、福岡県文化賞および福岡市文化賞を授与される。また、世界中のすべての人が創造的になれるようにとの想いで直感的なビジュアルプログラミングプラットフォーム「Springin'」を開発。福岡県情報活用能力向上推進協議会委員、キッズデザイン賞審査員、アジアデジタルアート賞審査員などに就任、子どもから大人まですべての人をクリエイターにするべく活動中。
mazecoze研究所代表
手話通訳士
「ダイバーシティから生まれる価値」をテーマに企画立案からプロジェクト運営、ファシリテーション、コーディネートまで行う。
人材教育の会社で障害者雇用促進、ユニバーサルデザインなどの研修企画・講師・書籍編集に携わった後に独立。現在多様性×芸術文化・食・情報・人材開発・テクノロジーなど様々なプロジェクトに参画&推進中。