質問3:感覚鈍麻(かんかくどんま)ってなんですか?
井手先生の脳科学(のうかがく)最前線(さいぜんせん)!
感覚過敏(かんかくかびん)・鈍麻(どんま)から広がるグラデーションな脳の世界
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目次
刺激(しげき)に対する反応がにぶい感覚鈍麻(かんかくどんま)
mazecoze研究所:最近、感覚過敏(かんかくかびん)という言葉が、メディアやSNSを通じて広まってきました。そんな中、井手先生は「感覚過敏に注目が集まり知ってもらうのはうれしいことですが、この症状の理解が広がるとき、科学的に説明することとセットでないと、また別の誤解(ごかい)を生むことにつながると思います。いまこそ、感覚鈍麻(かんかくどんま)などもふくむ多様な感覚について知ってもらいたいです」とおっしゃいます。
感覚の世界を大きな視点でとらえるために、今回は井手先生に感覚鈍麻について教えていただきたいと思います。
井手先生:「感覚過敏(かんかくかびん)ってなんですか?」の記事で、感覚過敏とは、刺激に対して脳の強い反応が起こって、生活の中で苦しさや不便さがあることだとお伝えしました。
今回お話しする感覚鈍麻は、刺激に対する反応がにぶく、それによって起こる様々な困難(こんなん)や不便さがあることをいいます。
感覚鈍麻により、怪我をしても自分で気づけなかったり、温度感覚がにぶいことで服装の調節が難しく体調不良になるような、ときに命の危険にもつながる状況が起こることがあるのです。
感覚鈍麻については、これまでほとんど研究がされてきませんでした。
なぜかというと、感覚に対して過剰(かじょう)な反応が表れる「感覚過敏」であれば、その反応の大きさを評価(ひょうか)することができます。でも、反応が下がっている状態(じょうたい)を評価するというのはなかなか難しいのですね。そのため、感覚鈍麻のメカニズムは感覚過敏以上にまだ科学的に明かされていません。
僕はいま、関西医科大学と長崎大学と感覚過敏・感覚鈍麻についての共同研究を進めています。そこで臨床の立場から様々な症例(しょうれい)を出してくださっていることを土台に、お話ししたいと思います。
感覚過敏と感覚鈍麻はともにあるもの
過敏と鈍麻って、正反対のように思える特徴(とくちょう)ですよね。
「感覚過敏があるのに感覚鈍麻もあるなんておかしいじゃないか」とか、「本人の勘違いでは?」と、当事者の方が言われることもあるようです。
ですが、「過敏がある人の多くは鈍麻も同時にある」というのがより正確(せいかく)な表現です。海外のいくつかの研究でもそう報告(ほうこく)されていますし、僕たちもこの点について研究しています。
感覚過敏と感覚鈍麻は、連続(れんぞく)した線のはじっこ同士にあるのではなく、同じ人が両方の特徴をあわせもつほうが一般的。
つまり、主に発達障害(はったつしょうがい)がある方の感覚処理障害(かんかくしょりしょうがい)は、過敏だけが起こるのではなく、多くの場合は鈍麻もセットになっているのです。
たとえば、視覚(しかく)は過敏なのに、痛みや疲れの感覚はにぶいという特徴を、同じ人が持つこともあります。
ある当事者の方は、過敏が強く、視覚過敏の対策(たいさく)として外に出る時にはサングラスを着けたり、シアターの音響が苦手で映画を見るような時は音が大きく聞こえる席をさけていると言っていました。その一方で、ケガをしても気にもとめず、周りの人が見かねて本人に伝え、ようやくケアをするといったことがしばしばあるそうです。
感覚鈍麻はどのように起こる?
末梢神経(まっしょうしんけい)から中枢神経(ちゅうすうしんけい)に感覚情報(かんかくじょうほう)が送られ、それを脳が受け取るときに「反応しすぎる」ことが、感覚過敏を起こしているとお話ししましたよね。
感覚鈍麻も、ある感覚刺激を脳が受け取るときに、適切(てきせつ)に反応するための調節(ちょうせつ)がみだれている状態だと考えています。
刺激に対する感覚そのものがにぶいのでも、本人の感じ方だけの問題でもなく、脳がどのように刺激を処理するかについての特徴で起きる、ということです。
過敏も鈍麻も、あらわれる反応は真逆(まぎゃく)なようで、脳の過程(かてい)で起こる別の特徴というふうに考えたほうがいいだろうと思っています。
感覚処理障害の4つの領域(りょういき)
ここで、感覚処理障害の4つの領域(りょういき)についてお話ししたいと思います。
下の図は、作業療法士(さぎょうりょうほうし)のウィニー・ダン(Winne Dunn)先生が、発達障害がある方の感覚の特徴を整理し、世界的に共有されているとらえ方をあらわしたものです。
上段左は、「低反応(ていはんのう)」。
感覚情報への反応がにぶい、感覚鈍麻の状態です。
上段右は、「感覚探求(かんかくたんきゅう)」。
鈍麻によって、強い刺激を求めるような“行動”を示す状態です。
下段左は、「感覚過敏(かんかくかびん)」。
感覚情報に過剰に反応している状態です。
下段右は、「感覚回避(かんかくかいひ)」。
過敏によって、刺激を避(さ)けるような“行動”を示す状態です。
「低反応」は感覚鈍麻のことですが、これによってとなりの「感覚探求」が引き起こされます。人間はあるていどの刺激を受け取っている状態が平常(へいじょう)なので、刺激への反応が低いと、積極的(せっきょくてき)に刺激を求めてしまうということなのです。
自閉症(じへいしょう)がある人で、ふとんにくるまって圧迫(あっぱく)されていると安心するとか、くるくる回って平衡感覚(へいこうかんかく)への刺激を求めることがあるのですが、これも感覚探究の一例だと思います。頭を壁に打ちつけるような、自傷行為(じしょうこうい)につながることもあるそうです。
下の段の「感覚過敏」と「感覚回避」では、過敏であるからこそ刺激を避ける行動につながることをあらわしています。
ポイントとして、この図は上と下を感覚の端(はし)と端(はし)ととらえて比較(ひかく)するものではありません。
感覚鈍麻と感覚過敏も同時に起こることが多いように、この4つの反応は、感覚への脳の調節がうまくいかないことから起こっており、単体(たんたい)であらわれるのではなく、相互(そうご)に関係しながら起こっていると考えられています。
そうした多様な組み合わせが見えることをコンセプトにこの図は作られていて、「この状態のときにはこういうことに気をつけましょうね」と現場でセラピストの方がアドバイスをする参考にも使われているんですよ。
過敏や鈍麻や回避や探究、それぞれがグラデーションになって存在しているというのが、僕のもつ印象(いんしょう)です。
グラデーションな感覚の世界に向き合う
今回は感覚鈍麻についてお話ししました。
いま、「感覚過敏」に注目が集まっていますが、感覚の困難さがある人のことを一つの面(めん)だけでとらえて、ほかの側面(そくめん)に目を向けてもらえなくなることを、僕はとても心配しています。
過敏のうったえがある方が、一方で鈍麻を持っていることで、周りの人から「やっぱり過敏はがまん不足じゃないか」ととらえられてしまうことにもなりかねないのでは、と。
情報がわかりやすく単純化(たんじゅんか)して伝わることで生まれた誤解(ごかい)が、めぐりめぐって感覚の多様性を持つ当事者の方を苦しめることにつながらないように、研究者の立場からしっかりと情報発信していくことが大切だと感じています。
引き続き、この連載では色々な視点から、僕の研究についてお伝えしていきたいと思います。
mazecoze研究所:今回は、井手先生に「感覚鈍麻」についてうかがいました。
正反対のようにとらえられがちな感覚過敏と過敏鈍麻が、同じ人があわせもつことが多い特徴であること。
そして、一部だけを切り取るのではなく、グラデーションな感覚の世界を知り、その特徴やあらわれる行動もふくめた全体をとらえていくことの大切さを教えていただきました。
感覚過敏という言葉が広く伝わっているいまだからこそ、私たちも、引き続き井手先生から多様な感覚とその研究の動向について学び、発信していきたいなと思っています。
次回は研究のお話にもう一歩踏み込んで、お聞きしたいと思います。ぜひお楽しみに!
井手正和先生
国立障害者リハビリテーションセンター研究所・脳機能系障害研究部研究員
専門:実験心理学、認知神経科学、神経心理学
発達障害者の感覚処理障害(感覚過敏・感覚鈍麻など)の神経生理基盤を明らかにすることを目的とし、心理物理と脳イメージング法を用いた実験を行う。
>研究室webサイト
mazecoze研究所代表
手話通訳士
「ダイバーシティから生まれる価値」をテーマに企画立案からプロジェクト運営、ファシリテーション、コーディネートまで行う。
人材教育の会社で障害者雇用促進、ユニバーサルデザインなどの研修企画・講師・書籍編集に携わった後に独立。現在多様性×芸術文化・食・情報・人材開発・テクノロジーなど様々なプロジェクトに参画&推進中。