今でこそ、多くの人が知っている“主夫”という言葉。「ああ、知り合いにいるよ」とか「うち、まさにそう」という人もちらほら登場し、なんとなく身近感のある言葉になってきました。でもそうなったのは、本当にこの数年の間のこと。“主夫”という存在がニッポンでここまで認知されるようになるのには、それはそれは壮大な紆余曲折があったのです。
そんな主夫の歴史を実体験として、しかも、恐らく日本の現役男子の中ではかなり長い時間歩んでいるのが、京都在住の山田亮さんです。
今を遡ること10年以上前、すでに「スーパー主夫」として活動の場を広げていた山田さんに、実はmaze研・あべ、インタビューさせていただいた経験があるのです。以来、パパ友、ママ友としてもときどき情報交換をする仲なのですが、今回、この山田さんが、なんと「某みなさまの公共放送局」に大々的に出演されるという話を聞きつけ、「ロケで上京するついでに、久々に真面目な話を聞かせてくださいな」と持ちかけ、再び相まみえる運びとなったのでした。
あ: そもそもは、上司のパワハラだったんでしたっけ?
や: そうです。大学卒業して入った会社で強烈なパワハラに遭いまして、1年で辞めて以来、組織で働くの合わんなぁ、そもそもどうして男ばかりが「ちゃんとした」仕事に就くべきという常識になってるんやろ。それって、男が女を「養う」前提だからでしょ。上司には従え、女性は養え。どうして、同じ人間同士が対等につきあえへんのやろ?という思いがずっとあって、職を転々としてきたわけです。
あ: そんな時に出会ったのが和子さん。
や: そう。日本で生きるのはしんどい。いよいよ「哲学者か旅人にでもなるしかないな」と思い始めた頃に、心の底から「嫁さんが欲しい」と望んでいた女性と巡り会うことができたんです。彼女とは価値観がとても近かったので、すんなりと「ほな、僕が家事やりますわ」という感じになりました。
取材協力/レンタルスペース・イエナ(東京都千代田区)
目次
原点は「対等なパートナーシップ」へのこだわり
阿部(以下あ): どうも、お久しぶりです! 山田(以下や): やー、もう、昨日ロケ終わって、打ち上げで死ぬほど飲んで、ほぼ抜け殻ですわ。すんません、ホント(←待ち合わせ場所の駅に行ったら、改札の隅でうずくまっていたww)。 あ: お疲れさまでした。経験ないですが、「みなさまの公共放送局」の出演料は、きっとなかなかのモノなんでしょうねぇ。 や: うへへへ、まぁ、主夫にとっては「神様!これで年越せますわ!」ってくらいのお値段でした。 あ: ていうかさ、山田さんみたいに「主夫」が職業として成立している人って、逆説的にすでに「主夫」ではないんじゃないの?? や: 確かにそれは言われることもあるよね。でも、「主として家庭を切り盛りする夫」という意味では、まごうことなき主夫ですよ。和子さん(山田さんの妻)という大黒柱がいなければ、うちの家計は成り立ちませんし。講演したり、セミナー講師をしたり、コラムを書いたり、今回みたいにテレビの出演料が入ったりして、普通のパートさんよりはまぁまぁ割の良いパート主夫って感じやね。山田亮(やまだ・りょう)さん
キャリアウーマンの妻を支え、家事・育児を一手に引き受けながら大学院修士課程を修了。自治体や企業での講演、新聞等への執筆など多彩な活動も行っている。社会福祉士、家事ジャーナリスト。著書に『プロ主夫山田亮の手抜き家事のススメ』(宝島社)
「一人前だからこそ自分で身の回りのことはしない!」のが関西男子のメンタリティ
あ: そのあたりの顛末をうかがって記事にさせてもらったのがこれ↓↓↓で。あれからもう、10年以上経ってるのね。びっくりです。 や: 「僕の存在は忘れ去られていい」……ね。お陰さまで、まだ忘れ去られてませんからね(笑)。結論から言うと、世の中、10年経ってもほとんど変わってないってコトです。 とくに、関西はぜんぜんやと思うよ。なぜかというと、関西は芸ごとの街だから人間関係の基本が「徒弟」でしょう。 「一人前の男は身の回りのことは自分でやらん」という文化なんです。仕事場のことは弟子が、家庭のことは妻がやる。「大の男がなんで家事をやらなあかんのや!」と。 あ: あー、なるほどねぇ。とはいえ、さすがにこの記事の頃に比べたら変わったんじゃない? や: ぱっと見はね。ベビーカー押して歩いてる男性を見ても違和感なくなったし、スーパーでいかにも「奥さんに連れてこられました」的な旦那さんを見る機会もだいぶ減ったし。 あ: 最近では、「主夫」として活動する男性も増えましたよね。 や: そうね、頑張ってるよね……。 あ: そのあたりは微妙ですか。ある意味、商売がたきになりますもんね。 や: いや、そうじゃなくてね。頑張ってるのはええと思うんです。でもねぇ、ちょっと頑張ってる感が前に出すぎてるのが気になるのよね。むしろ僕は、「頑張らない方が良いよ」と彼らに言いたい。今みたいな露出のしかただと、結局「主夫は(まだまだ)特別な存在である」ということをわざわざ強調することになってしまうかなぁと。 あ: でも、山田さんだって「スーパー主夫」とかいうスペシャルな肩書きでご活躍じゃないですか(笑)。 や: 最近では、「家事ジャーナリスト」と名乗らせていただくことが多くなってます。「楽家事ゼミ主宰」とかね。ITツールの進化が活躍の場を与えてくれた
や: そもそも「スーパー主夫」は、初めて新聞で連載を持つことになったとき、「スーパー主夫の暮らし術」と、担当さんがタイトルをつけてくれたのが始まりだったの。当時、ウェブ上でメモみたいにして付けていた日記を「オモシロい!」と目を付けていただいて。 あ: そうそう、好奇心旺盛なんだよね、山田さんって。新しいモノはひと通り試してみるし、関心が向いたところにはものすごい凝るし。出会った頃の山田さんの印象って、自分発信ツールとしてずいぶん早い段階からITを使いこなしている人って感じだった。 や: 確かに、1997年頃からネットで発信し続けてますからね。 あ: なんと、20年も前から! や: そう。「ネットで書き込みすると自分の意見を世界に発信できるんや!」「外国の知らない人ともつながれるんや!」というのがおもしろくて、いろいろ夢中になっていたら、結婚相手も仕事もゲットできちゃったという流れです。 あ: そうだよね。社会人大学院生だったときにネットに論文を掲載したら、「おもしろい研究していますね」ってコンタクトを取ってきたのが和子さんだったんだもんね。 や: 僕は、小さい頃から身体も小さいし病弱だったので、ケンカしてもかけっこしても勝てない子どもだった。だから、男らしいマッチョな世界にはハナから縁がなかったんです。むしろ、「勝負や!」という場面をできるだけ避けながら、競争相手のいない領域に自分の居場所や存在価値を見つけるスキルが知らず知らずのうちに磨かれてきた。ITツールが進歩したことで、そういう得意ワザが活かしやすい環境になってきた幸運はあったと思いますね。「主夫=特殊キャラ」とカテゴライズされている件
や: とはいえ、初めてメディアに出させてもらった時から、「こんなんは水もので、僕の出番なんてすぐになくなるんやろな」と一歩引いて見ている自分はずっといるんですよ。「よーし、主夫で注目されたから、このまま突き抜けてやるで!」とか一度も思ったことがない。———と言いつつ、今日までなかなか出番がなくならないんやけど(笑)。 あ: でも、こうやって「主夫」を看板にしてこられたのは、ノウハウを体系化できるくらいいろいろな実験をしてみたり、新製品が出ればすぐに試してブログで発信したり、スペックに凝りまくった家電をご披露して男性が家事参加するきっかけを作ったりした経緯があったからでしょう? 「水もの」なんて言えないくらい、真面目かつ絶妙なバランスでやってると思いますけど。 や: いやいや、決して勤勉ではないですよ、僕は。間違いなくマニアックだとは思いますけど(笑)。 知ってます? 関西のテレビ局にコメンテーターのリストみたいなのがあるんですけど、僕「特殊キャラ」ってジャンルに入れられてますからね(笑)。 あ: 特殊キャラ!!(爆) なんか「く○もん」的な扱い? 主夫はゆるキャラだったのか! や: まぁ、そうね。主夫は「色もの担当」ってことですわ。やっぱりどこかにあるんでしょうね、「男が家事をするなんて!」という思いが。マスコミはとくにマッチョな業界ですから。 でもこんなんじゃ、イクメンだのイケダンだの言われたって、当の男性がそういうオットなりパパなりになりたいと思わんでしょう。何より、「主夫」のバリエーションが少なすぎる。女子の方の「主婦」は、いろんなレベル感の主婦がいてると思うんです。それこそ、仕事も育児もパーフェクトにこなすスーパーワーママから、サロネーゼ、パートママ、果てはぐーたら主婦、ゴミ屋敷主婦まで、ええもんも悪いもんもいてますやん。でも、現状「主夫」として世の中に受け入れられてるのは、「スーパーな主夫」だけ。僕らがメディアでいろいろ言わせてもらえるのは、スーパーだからなんです。「ホンマは『男が家事をするなんて!』と思ってるけども、あんたらは、一応主婦を超える主夫だから許したる」みたいな空気感がある。 すると、パートナーに家事をさせたい女性も「スーパー」しか見なくなるんですよね。「ああいう風になって欲しいのに、あなたはぜんぜん頑張ってくれない」とか言って、スーパーと自分のパートナーを比べる。そうしたら、やっぱり家事や育児に関わりたい男性は増えないでしょう。 あ: 男性だけじゃなく、女性も変わっていかないといけないってことね。 や: そうそう。男には「変われぇ」と言いつつ、女性の方にも変わりきれてない部分がたくさんあるなというのは感じます。この時代になっても、相変わらず女子大生は専業主婦願望が強いみたいだし。まぁ、経済面でだいぶ楽させてもろてる「逆玉」の僕が言うと、ムカつく女性もきっとたくさんいてはるんでしょうけども(笑)。 あ: うん、私も今、そこはかとなくムカついた(笑)家事や男女関係も「戦後レジーム」から脱却する必要がある
や: 僕が思うのは、日本では男も女も「戦後レジーム」にとりつかれてるということ。 家電なんてどんどん便利になっているのに、実は家事にかけている時間は高度経済成長期と大して変わっていないんです。なぜかというと、多くの家が、例えば家族の人数分のバスタオルを毎日洗っていたりするから。家族が3人しかいないのに、毎日洗濯機を2回まわす家も少なくないんですよね。タオルのサイズを小さくして洗濯物の総量を減らすとか工夫すればいいのに、「清潔に配慮しているっぽいから」、1日2回洗濯機を回す方が良いことだと思ってしまうんです。 ちゃんとしているっぽい=主婦としても頑張っている感が出る方を選ぶ。でも、違いますから。専業主婦という人種が日本にたくさんいたのは、昭和“だけ”ですからね。 あと、「団らんの呪縛」というのもありますよね。うちの親父みたいな昭和の初期の人たちは「黙ってメシを食え!」と子どもを叱っていたわけだから、団らんなんてものはホントはつい最近まで日本には存在していなかったんです。家族揃って和気あいあいと夕餉を囲むといった“幸福な家庭”のイメージは、まさしく戦後レジーム。お陰で、「お母さんが腕を振るうごちそう」とか「手作りのおやつ」とかがもてはやされ、主婦の手間がどんどん増えていった。10年後、幸せでいられるのはマッチョイズムから離れた人
あ: 今はもう、明らかにそういう時代じゃないもんね。でも、女子は女子で縛られているよね、そういう古き良き主婦像、母像みたいなのに。 や: 繰り返しますけど、“古き良き”といったって昭和の時代“だけ”の話ですからね。江戸時代なんて、かまどの上に鍋置いて、煮物バーンとつくって「お腹が空いたらめいめいで喰うてや」という感じ。超個食スタイルだったらしいですよ。食事にエネルギー補給以上の意味合いをあまり求めていなかった。夫婦共働きが当たり前になりつつある今は、もともとの日本のそういう姿に戻ってきているだけなんやと思います。 あ: 「団らん」に頼らないコミュニケーションのしかたを考える必要があるんだね。なんだか、「家族」の意味合い自体も一人ひとりが見つめ直す段階に来ている気がするなぁ。 や: そうやね。これからは、性別とか立場とかを超えて、人と人とがフラットにつなることがいよいよ大切な世の中になっていくと思うし、そうできないと格差みたいなものもどんどん広がっていくんじゃないかな。ただ、人って変わることに対して抵抗感を持ってしまうから、転機にさしかかっている時ってどうしても「べき論」的なマッチョイズムが台頭してきてしまう。 あ: 世界的にそうだよね。トランプさんとか、イギリスのEU離脱とかも。 や: でも、「べき」や「ねばならぬ」は、時代や環境への適応を妨げる。これは、実感値として僕は持っています。柔らかい気持ちでマッチョイズム的なモノからいち早く離れる。そうできた人が5年後10年後、幸せに生きているんじゃないかなぁと感じますね。 あ: 10年前から掲げ続けて来た「アンチマッチョ」が、いよいよ時代のメインストリームになりそうじゃないですか。 や: お陰さまで、まだまだ食べていけそうやわぁ(笑)。 (撮影:新見和美 取材・文:阿部志穂) <お知らせ> 山田亮さんが登場! NHK総合テレビ「助けて!きわめびと」 2016年12月17日(土)9:30〜放送 「夫が家事をしない」という妻の悩みに家事のスペシャリストである山田さんが、さまざまな角度からアプローチを試み、解決していきます。必見! 番組の内容をさらに深掘りするセミナーも開催します。 「スーパー主夫・山田亮の『助けて!きわめびと』深掘り楽家事セミナー」(大阪) 山田亮さんに直接家事問題を解決して欲しい方(2017年よりスタート)、その他お問い合わせはこちらへ取材協力/レンタルスペース・イエナ(東京都千代田区)