監督、漕いで凹んで体当たり! 映画『Start Line』に宿る意志と勇気。
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こんにちは。maze研のひらばるです。
先日、映画『Start Line』の試写会に参加して、監督の今村彩子さんにお話をうかがってきました!
聡明で凛とした印象の今村監督は、生まれながらに耳が聞こえないドキュメンタリー映画監督。以前、監督が出演したトークイベントでMCをしたご縁もあって、今回の再会を楽しみにしていたのですが、そこで思いもよらぬお姿に出会うことになったのです。
愛車「ジャーニーさん」と今村監督【(C)Studio AYA】
今村監督の新作『Start Line』は、監督自身を被写体に、沖縄から北海道までを自転車で日本縦断するロードムービー。
伴走者であり聴者であり撮影担当でもある「テツさん」と二人三脚で、愛車のクロスバイクに機材一式を詰め込み走った57日間の記録です。
監督兼主演、女と男、ろう者と聴者、自転車初心者とプロの旅というまぜこぜ感漂うキャスティングにときめきつつ、まずは鑑賞を。
沖縄のギラギラした夏の風景と、自転車が風を切る音のはじまりに、「あぁ、癒し系映画だ、ビール飲みながら観たい」と夏休み気分にゆるんだ瞬間、それははじまりました。伴走者テツさんと今村監督の攻防戦が。
伴走者のテツさん。なぜか途中から説法するお坊さんに見えてくる。【(C)Studio AYA】
すれ違う人とのコミュニケーションに尻込みしてスルーする監督を見逃さず、「コミュニケーションを、あなた自身が切っている!」と叱るテツさん。
意思の疎通がうまくいかない苛立ちと寂しさに、「私なんかいないほうがいい」と言う監督を「彩さんが決めちゃダメ! 相手に聞いてから決めて!」と諭すテツさん。
日本の街や自然を背景に、落ち込んで泣いて怒ってむき出しの監督がスクリーンいっぱいに映し出されます。私の知ってる知的で大人な雰囲気の今村監督の姿がどこにも見当たらない……!
旅人の顔と監督の顔が交差する【(C)Studio AYA】
上映と同時に表示された「旅のルール」は、自転車の修理も、旅先での会話も、宿の手配も全て今村監督自身がやる、というもの。
それもそのはず、この映画のテーマは「コミュニケーション」。つまり今村監督が、聞こえる人とのコミュニケーションに感じてきた壁を取り払うため、自分を一歩前に進めるための旅だったのです。
ところが監督、「わからないから通訳してよ!」とテツさんに逆ギレしちゃってる場面も……。ここまでさらけ出して大丈夫でしょうか、とちょっと心配しつつももう釘付けです。
「痛い、痛いと思いながら編集しました」と監督
「編集工程で自分を見つめるのが、旅と同じくらい辛くて。まるで自分の身体を自分で手術しているようでした、麻酔なしで」と語る今村監督。
はじめは地元の人たちとの触れ合いを映す、軽やかで楽しい映画ができるのだろうと思っていたのに、想像以上にコミュニュケーションや旅の計画ができない自分に愕然としたのだそうです。
「旅が終わったあと、伴走者のテツさんから “もしこの旅であなたがうまくコミュニケーションできなかったと思うのであれば、それを映画で表したらどうか”とひとこと言われました。私は監督なので、映像を使う・使わないかは自分で選ぶことができます。でも、恥ずかしい自分もありのままに映した方が、後悔しないだろうなと。こんな私を見たら、嫌われるし離れていく人もいるだろうと、やっぱり勇気と覚悟は必要でしたが」
いえ、私は泥臭くて悩み多き監督のことが、前よりもっと好きになってしまったのですけれども。
「意外にも、そう言ってくださる方が多くてびっくりしています。想像と全く違うものができるから、ドキュメンタリーは面白いですね!」
どこか吹っ切れたようなその笑顔がまた素敵で、キュンとしてしまいました。
旅での必然とも思えるような出会いがまた素敵なんです。【(C)Studio AYA】
旅では「え、これ仕込みですか?」と疑いたくなるような、ドラマティックで奇跡的な出会いや展開が次々に巻き起こります。その一つひとつが今村監督にどう影響していったのか、それはぜひ劇場でご覧いただきたいのですが、旅を振り返って監督はこう言います。
「母と祖父が亡くなったあと、自分が前に進むために初めて作る映画だったので、出発地点の沖縄がスタートラインだと思っていました。でもいま考えると、いろんなことを経験して苦しんで、ゴールの宗谷岬でやっとスタートラインに立てたのではないかと。それをテツさんに話したら、 “いや、あなたはスタートラインがどこにあるかおぼろげに分かっただけだよ”と突っ込まれました 笑」
旅のゴール、宗谷岬でテツさんと【(C)Studio AYA】
これまで、聞こえる相手の話がわからないことに不安を感じていたという監督。いつも置いてけぼり感を持っていたのに、旅を終えてその不安があまりなくなったのだそう。
「なぜかというと、わからないことがあれば、話が一段落し、次の会話に移るかなというときにタイミングを見て、自分から聞けばいいから。それはきっと、聞こえない人だけでなくて、英語や他の言語でも同じですよね」
情報を100パーセント受け取ることよりも、相手の表情やしぐさに心を向けることで次の一手が生まれ、受け身ではないその意志が、コミュニケーションを花開かせていくと。
そう言われてふと考えると、私だって相手とちゃんと向き合ってコミュニケーションできているか、かなり怪しい。自分然り、スタートラインにまだ立ててない人、結構多いんじゃないでしょうか?
自転車で日本縦断って、それだけでも普通にすごいです。【(C)Studio AYA】
テツさん、最後まで今村監督に「あなたはコミュニケーションが下手だから」って容赦なし笑
多分、「聞こえる人が聞こえない人をサポートする」というスタンスだったら、決して言えない言葉の数々。そのことについて、監督はどう感じていたのでしょう。
取材の共通言語は手話!
「確かに、コミュニケーションが下手だと言われてグサっときましたけど、それは、練習すれば上手くなっていくものですよね。でも、聞こえないことは治るものではないし、ずっと付き合っていかないといけない。もしテツさんに“あなたは聞こえないから仕方ないよね”って言われていたら、私はもう努力をしなかったと思う。そうだねって言って小さくなって終わりでした。テツさんは、私以上に私のことを人として見ていたんです」
これまでも作品の中で「聞こえる人と聞こえない人は対等だよ」と伝えながら、自分が聞こえないことに過敏に結びつけていたのではないか、と話す監督。
「テツさんが旅の間ずっと“私の可能性”を言い続けたことが、自身の思考のクセに気づくきっかけにもなりました」
いつもの今村監督も、映画の中の監督もチャーミング!
最後に、これから映画を見る人へメッセージをもらいました。
「誰でも、自分はこのままだと思っていればそのままだけど、思い切って変わろうと飛び込んでみたら、何かが起こるかもしれません。そのことを少しでも伝えられたら嬉しいですね。個性的な人がたくさん出てくるし、映画を見終わった後にぜひ感想を話し合ってもらえたら、それぞれの受け取り方の違いも知れて楽しいかなと思います」
すっかりファン状態で記念撮影なmazecozeメンバー
人の悩みのほとんどは対人関係であるがゆえ、聞こえる人も、聞こえない人も、誰だってコミュニケーションに苦しんでいる。でもコミュニケーションは磨き育てていけるものだからこそ、難しくもおもしろい。
スキル云々ではない、人と人とのぶつかり合いが丸ごと詰まった『Start Line』を見て、私ももうちょっとていねいに大胆に、人との関係づくりを楽しんでみたいなと、何だかわくわくしてきたのでした。
あと、隣で見ていたいつもドライなmaze研ほてはまが、終わったあとに瞳をキラキラさせ、頬を赤らめて監督に「よかったです!」とにじり寄っていったのも印象的でした。
おもしろじんわり、見る人の背中をふっと押してくれる素敵な映画です。公開は9月3日より。ぜひご覧ください!
生まれつき耳の聞こえない映画監督、今村彩子監督の『Start Line』
自転車で沖縄から北海道までを旅する中でのコミュニケーションをテーマとしたロードムービー。
9月3日より、新宿・ケイズシネマ他、名古屋、大阪など全国にて順次公開。
公式サイト
監督で主演なまぜこぜキャスティング
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傷だらけの編集作業
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スタートラインよ、いずこへ?
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みんな、コミュニケーションに悩んでいる
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映画情報
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プロフィール
今村 彩子(いまむらあやこ)/映画監督 名古屋出身/Studio AYA代表 愛知県立豊橋聾学校高等部卒業/愛知教育大学教育学部卒業 大学在籍中にカリフォルニア州立大学ノースリッジ校に留学し、映画制作・アメリカ手話を学ぶ。現在、名古屋学院大学・愛知学院大学で講師をする一方、ドキュメンタリー映画制作で国内だけにとどまらず、アメリカやカナダ、韓国、ミャンマーなど海外にも取材に行く。主な作品である「珈琲とエンピツ」(2011)は全国の劇場で公開された。東日本大震災の被災した聞こえない人を2年4ヶ月間取材し、「架け橋 きこえなかった3.11」(2013)を制作。全国各地で上映・講演活動をしている。 Studio AYA研究員プロフィール:平原 礼奈
mazecoze研究所代表
編集者・手話通訳士
「ダイバーシティから生まれる価値」をテーマに企画立案からプロジェクト運営、ファシリテーション、コーディネートまで行う。
人材教育の会社で障害者雇用促進、ユニバーサルデザインなどの研修企画・講師・書籍編集に携わった後に独立。現在多様性×芸術文化・食・情報・人材開発・テクノロジーなど様々なプロジェクトに参画&推進中。