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第5回:発達障害者が経験する人生上の苦労とは? 宇樹の実録レポート

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第1回:知ってるようで知らない… 発達障害者ってどんな人?
第2回:あるときは鬼才、あるときはうっかりさん。発達障害の過集中・注意散漫って?
第3回:みんなと違う世界に生きている… 発達障害者の感覚過敏・感覚鈍麻って?
第4回:発達障害者が生きる環境は昔と比べてどうなった? 障害と社会の狭間で考える!
第5回:発達障害者が経験する人生上の苦労とは? 宇樹の実録レポート


最近、生活の中で「発達障害」という言葉を耳にすることが多くなってきました。しかし、「では発達障害者というものは実際に、生活の中でどんなことに苦労しているの?」とモヤモヤしている人も多いと思います。今回は発達障害を持つ宇樹が、自分の体験してきた人生上の苦労を赤裸々に語ってみます。

空気が読めない!

発達障害者と言われてまず思い浮かぶのが、「空気が読めない」「コミュニケーション障害」という要素かもしれません。私も人とのコミュニケーションにおいて数々の失敗談を抱えています。

「将来安泰だと親が言ったから応募しました!」

いちばんキョーレツな例からいきましょう。大学新卒就活時に面接に落ちまくった経験です。
私は以下のような言動をして、ことごとく就職面談に落ちました。

  • ・大学職員の面接で応募の理由を問われて「大学職員は将来安泰だと親が言っていたので」と言った
  • 
・人材会社のグループ面接で、ほかの人をさえぎって発言したり、担当者に強引に企画書を押しつけたりした

  • ・出版社の面接で、当時熱心に通っていた反戦デモについて意気揚々と語った

武勇伝(?)はもっとあるのですが、省きます。
面接でどういう言動をしたかを両親に説明すると、父に深いため息をつかれ、吐き捨てるように言われました。「お前はバカか? そういう場でやっていいことと悪いことがあるのをわからないなんて」と。母は「どこでもスイスイ受かると思ってたのに…」と少女のようにむせび泣いていました。
私は、人生観がガラガラと崩れるようなショックを覚えました。

違うの? みんな、高学歴で有能で、活発な社会活動をしていて、一家言を持ってるような人を求めてるのではなかったの? あなたたちはそんな私がずっと自慢だったし、私にはエリートコースが用意されていたのではなかったの? 私は必死に勉強して就活用の分厚い本も読んで、それが正しいと信じて今まで努力しつづけてきたのに、それが全部間違ってたっていうの?

社会生活に入るにあたって誰もが知っておくべき重要なルールがあるなら、いままでなぜ誰もそれを教えてくれなかったの? あるいは、なぜ私だけが学べなかったの?

そんなことを、文字通り三日三晩泣きながら考えました。目が腫れすぎて本当に開かなくなるほどでした。あれほど泣きつづけたことは今までの人生上ほかにありません。両親からの期待のまなざしが落胆のまなざしに変わったそのシーンも、今でも何度でも鮮明によみがえります。

当時は自分の発達障害に気づいていなかったため、私は「よくわからないけど私には何か人間的に大きな欠陥があるのではないか、救いようのないダメ人間なのではないか」という強い不安を抱えるようになりました。

自分がポンコツだという感覚は今でも続いており、「私の本当の姿がバレたらきっと軽蔑され嫌われるに違いない」と恐怖する私が、自分の中のどこかにいつもいます。

そして今でも、頭では「あの言動は新卒採用面接には不適当だった」と理解できるものの、心の部分ではどうしても納得できていません。私の中の深いところには、「社会」への強い恐怖と不信があります。

※自分がポンコツだという感覚については、こちらの拙ブログに詳しく書いています。

ポンコツな私は、あなたとともに人生をゆく –decinormal


「どうして先生だけ日陰にいるの?」

思えば私のコミュニケーションのポンコツさは物心ついたときから現れていました。3歳のころファミレスで「あのおんなのひとたばこすってるよ!」と叫んでファミレスじゅうの空気を凍らせ叱責される(※)。学校に入ってからは教師に対して口げんかをしかけ、教師を激怒させる。

小学校のころ、炎天下で一人だけ日陰にいる教師に「どうして先生だけ日陰にいるの?」と尋ねたら激怒され、その後ひどい虐待のターゲットにされたり。

高校のとき生徒会で「教師は欺瞞的な校則を生徒に押しつけるな! 論理的に納得できる理由を示せ!」などと演説をぶって生徒を沸かせ、意気揚々としていたら担任から職員室に呼びつけられて、複数の教師から囲まれて叱責されたり。

こうした経験については、100%私が悪いというわけでもないと思います。正直、周囲の大人の側にも改善すべき要素があったのではないかと感じるのです。けれど、私に発達障害の特性がなかったら、私は確実に、このような環境の子ども時代をはるかにスムーズに生き抜き、もっと明るい人生観を持てていただろうと思います。

この時期の負の記憶も、今でも繰り返し悪夢になって襲ってきます。

※タバコを吸っている女性を見たのが生まれて初めてだったので、大発見! となったのでした。子どもならよくやることなのかもしれませんが、その後同じような失敗体験がどんどん重なっていったため、つらい歴史の始まりの記憶として強烈に頭に焼きついています。

身体が思ったように動かない!

発達障害者には身体能力のアンバランスから、不器用だったり、字が汚かったり、運動音痴だったりする人が多いようです。私もご多分に漏れずそういうタイプでした。

動作がのろい、運動が苦手

勉強はトップクラスなのに体育がともかく苦手で、それを原因としてよくいじめられました。チーム戦で負けたときに罵倒されるのも、動作を真似されて笑われるのも日常茶飯事。体育で気合が足りないと教師から叱責されることもしょっちゅう。身体が、こう動かそうと思ったようには動いてくれないのです。緊張すればするほど身体が固まってしまうので、周囲にはわざともたもたしているように見えて腹が立つようです。

身支度が遅いという問題もありました。教室移動のときなどに気がつくと最後になっていることも多く、これは大学になっても続いたのです。自分では精一杯急いでいるのになんだかのろい・・・ レジで小銭を払うときにもモタモタするので、レジの人を待たせまいと慌ててお札で払っているうちにお財布がパンパンになってしまうことも。

とっさの判断をするのが苦手で、ものの左右がわからなくなったりもします。運転免許の講習のとき、教官に「左」と言われて「はい左ですね」と言っては右に曲がることを3回繰り返して元の場所に戻ったときには教官に激怒されて、本当に怖かった。私としては200%まじめにやっているのです。これは左右失認といって、発達障害者の一部にある症状のようです。

字が汚い

ともかく字が汚くて、手書きのノートを作るのが苦痛でした。頭の中身のアウトプットが追いつかなくてイライラするし、自分で読み返しても読めないことがあったり。

私は理科が誰よりも大好きだったのに算数・数学はからきしだめで、高校の文理選択ではやむをえず文系に進みました。数学では泣きながら勉強して13点とったことがあります。算数障害か何かに違いないと思っていたら、30過ぎて受けた知能検査で特に計算能力には問題がないことがわかりました。それで思ったのは、「もしかすると、きれいなノートが作れないために計算時に頭が混乱して、計算に支障が出ていたのではないか」ということです。

「幼少時から支援用の入力デバイスなどが普及していたら、私はもしかすると今ごろ理系の研究者になっていたかもしれない」と思うことがあります。

※字の汚さについて詳細はこちらの拙ブログに書いています。

私の字が汚かった理由 ―字が汚い発達障害児にはPCを与えよ – decinormal


ともかく疲れやすい!

発達障害者には疲れやすい人が多いです。感覚過敏(五感が敏感すぎる)の問題や、体幹の筋肉や自律神経系のアンバランスの問題から、とにかくささいなことでぐったり疲れてしまう。私もそうでした。

「みんなつらい人生を頑張って楽しそうに生きていて偉いなあ」

物心ついたときからいつもぐったり疲れている感覚がありました。でも周囲を見回すとみな楽しそうにはつらつとしているので、「みんなはこんなつらい人生を頑張って楽しそうに生きて偉いなあ」と思っていた毎日。

みんなが「気合が足りない」とか「甘えている」とか「お嬢様だからわがままでダメだねえ」などと言うので、30を過ぎて自分の発達障害に気づくまでずっと、自分がだらしないのだと思い込んで自分を責め続けていたのでした。

受験勉強時に過労で倒れる

中高は通学に2時間近くかかる私立に通っていました。受験期は4時間ぐらいの睡眠で1日に12時間以上勉強するという過酷な生活。

何がつらかったって、ガム、洗顔、カフェイン、ペンで手の甲を刺すなど、あらゆる方策をもっても抗えない強烈な眠気。眠くて眠くて眠くて、「心おきなく眠れるのなら死んでもいい」と半ば本気で思っていました。そして、血尿と血便を出して高熱で倒れる。医者には過労だと言われました。

(過労死レベルの残業が続くブラック企業に)なんとか新卒で就職したあとも、帰宅後にせめて布団まで行くという余裕がなく、よくそのへんで仕事着のまま転がってひと眠りしていました。社長の講話のときに意識が強制的に落とされるような眠気に襲われ、必死に抗っていたら白目をむいたまま船を漕いでいたらしく、社長からじきじきにお叱りを受けるという経験もしました。

自分に最低限必要な睡眠時間が7時間半、理想的には9時間以上必要で、半日出かけたら半日休まなければいけない身体だと自覚した今、あの頃の私は命に差し支えるほどの過労に陥っていたのだと強く思います。あんな無理な生活は二度としたくありません。

私にとって生きるとは、「地雷原を何も持たずに歩く」ようなもの

今回この記事のために発達障害がらみのエピソードを思い出してみて、「つくづく私の生きづらさは発達障害から来ているなあ」と再確認しました。

コミュニケーション障害、動作のままならなさ、疲れやすさ。こういったことが複雑に絡み合って、私の心には大小数えきれないほどの傷が残り、勉強やキャリア、趣味生活の面でも制限を余儀なくされてきたのです。

私にとって、人とコミュニケーションをとること、皆と同じ方法で勉強や仕事をすること、外出してさまざまな感覚刺激にさらされることは、とてもつらく恐ろしいことです。そしてよく考えると、社会生活の大半って「コミュニケーション、勉強・仕事、外出」で成り立っていますよね。

一歩外へ出れば次の一瞬に、自分にとってどれだけ怖いことが起こるかが予測できない。それが起こるかどうかを私はいっさいコントロールできない。これってものすごく不安なことです。

「地雷原を金属探知機持たずも防具もつけずに歩け」と言われたら、誰だって不安で足がすくみますよね。たぶん私は、そんな感じで社会生活を送っているのです。

暗い話になってしまいましたが、いち発達障害者の体験してきたことを語ってみました。みなさんが発達障害者について知ろうとするときのひとつの材料としていただければ幸いです。

宇樹 義子(そらき よしこ)

フリーライター。成人発達障害(高機能自閉症)の当事者。30代後半。
30を過ぎて発達障害が発覚。その後、自分に合った生き方・働き方を求めて在宅のフリーランスとしてのキャリアをスタート。翻訳者を経てライターへ。
現在打ち込んでいる趣味はフラダンス。動物がヨダレが出るほど好き。
ライターの仕事のかたわら、個人ブログ「decinormal」を運営。自身の経験をもとに、発達障害者や悩みを抱えた人に向けて発信中。

decinormal - 成人発達障害当事者のブログ

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