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【前編】時代が変わり、すり鉢も変わった。それでも変わらないもの。

平原 礼奈 │ 2016.02.24

今月のヒット商品「すり鉢」

作り手:すり鉢屋(ヤマセ製陶所)すり鉢職人 杉江匡さん 前回お話をうかがった、正田醤油株式会社の吉川さんが推薦してくださった一品が「すり鉢」でした。 明治時代末期に創業し、戦後まもなくすり鉢の専門窯となったすり鉢屋さん。焼き物の町、愛知県の常滑市で父と子ふたりで手づくりする「すり鉢」の誕生物語を教えてもらいました。

取材NG!? バトンつなげない説浮上も。

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イベントに押しかけた人たち。真ん中に接客中の杉江さん。
ひらばる いま夜の21時過ぎなのですけれども、スカイプをつながせていただきました。愛知県にまで取材にいける財力がまだmazecoze研究所になく、申し訳ないのですが......。今日は遠隔地よりお話を聴かせていただければと思います。 杉江(以下敬称略) こちらこそ、よろしくお願いします。子どもの寝かしつけで遅い時間になっちゃいました。 ひらばる 杉江さんとは、先日ビッグサイトで開催されたデザインフェスタで初めてお会いできました。実は、一度取材の依頼を丁重にお断りいただいたのですよね(笑)あきらめきれず、デザインフェスタへの出展を知ってメンバーで押しかけました! 杉江 そうでした、ごめんね(笑)親父と2人ですり鉢を作っているから、ちょうど忙しいタイミングで、手が回らなくて。 ひらばる デザインフェスタにうかがって、こうして取材もさせていただけることになりラッキーでした。杉江さんのすり鉢、ものすごい人だかりでしたね。ずっしり手に馴染む感覚と使い勝手がとても良くて、我が家でも毎日使っています。

家業を継ぐ気はなかった

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年季の入った前掛け
ひらばる ヤマセ製陶所さんは明治時代末期の創業で、杉江さんが4代目でいらっしゃいます。はじめから家業を継ぐ意志があったのでしょうか? 杉江 全くその気はなかったですね。20歳くらいのときに、実はアルバイトという形で一度すり鉢屋に入ったんですよ。でもそのときに「このままなの、オレは? ここで終わっちゃうの?」っていやになってしまって、東京に出たんです。それから 25歳くらいまではふらふらしてました。 ひらばる ふらふらと、何を? 杉江 ベースをやっていました。 ひらばる ミュージシャンだったのですか! 杉江 そんなすごいものじゃないですよ。ただひたすらベースを練習していました。何が楽しいの?って言われるくらい。曲を弾かなくていいからってずっと反復練習をしていて。 ひらばる それを聞くと、同じことを何度も繰り返し鍛錬していくというところに職人気質のようなものを感じるのですが。 杉江 そういう性質はあるかもしれませんね。 ひらばる 25歳ですり鉢職人の道に戻ったきっかけは何だったのでしょう? 杉江 周りの人に家の話をしたら「それは良い仕事だね」とか「お前音楽やるより良い仕事あるじゃないか」といわれたことが大きかったかな。音楽へのダメ出しだったのかもしれないですけどね(笑) ひらばる 杉江さん自身、それをすっと受け入れることができたと。 杉江 ですね。親父のことをずっと見てきたので、すり鉢の作り方は知っていたし、自分の中でいずれはやるんだろうなぁ、っていうのが何かあったんでしょうね、たぶん。 ひらばる お父さまの反応は? 杉江 驚いていましたよ。やるとは思わんかったと。自分の代で終わりだと思っていたみたいですから。 ひらばる それは、嬉しかったでしょうね。明治時代から続いてきた家業を継いでいくというのは、どのような気持ちでしたか? 杉江 あんまり気負いはありませんでしたね。自分流でやっていこうと。 ひらばる すり鉢専門窯って珍しいと思うのですが、杉江さんはすり鉢のどんなところに魅力を感じていますか? 杉江 すごく原始的なところですね。はじめて子どもに離乳食を作る時の第一の道具でもあるし、すり鉢とすりこぎがあれば OKで。子どもにすり鉢を与えておけば、草を入 れたり土を入れたり、楽しくてしょうがないという感じで、自由に遊んでいるのを見ていても楽しい道具だなぁと。 ひらばる うちの娘もすり鉢を打楽器にして遊んでいました。

すり鉢はこうして作られる

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朝の光を浴びるすり鉢(写真提供:ヤマセ製陶所)
ひらばる すり鉢ができるまでの工程を教えてください。 杉江 見にきて! ひらばる 次はぜひ(笑) 杉江 まず、土を機械で練って、すり鉢の型に叩きつけます。それでコテを落としてすり鉢の形状をつくって、その中に櫛目を入れていきます。 ひらばる 櫛目はどのようにして? 杉江 片手ですり鉢をまわしながら、反対の手で櫛目を入れます。 ひらばる え! あのギザギザは手作業なんですか!? 杉江 そう、綺麗に入っているでしょ。櫛のギザギザも、鋼で自作しています。 ひらばる まったく歪んでいない。すごいです! 杉江 それから乾燥させて型から出し、ふちや高台をカンナで削って、軍手で中のばさばさになっているところを削って、釉薬をかけたり、絵付けをしたりして窯に入れます。 火を入れてからは丸 3日、72時間焼いてできあがりです。 ひらばる 長い工程を経てやっと完成するんですね。一回にいくつくらい焼くのでしょう。 杉江 大きさにもよりますが、2500個~3000個かな。いまは月に一度の火入れを目標にしています。
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大きな窯!(写真提供:ヤマセ製陶所)
ひらばる 絵付けは奥さまが担当しているとうかがいました。 杉江 絵付けするすり鉢は、一窯で200個くらいですね。あとはいわゆるすり鉢、という感じの茶色いものがメインです。 ひらばる 茶色いすり鉢は、どこで使われていますか? 杉江 直径 45センチくらいの大きいものは、プロ用として料亭で使われています。あとは蒲鉾屋さんや、魚のすり身を作っているお店ですね。 ひらばる 家庭用サイズはどのようなところに流通しているのでしょう? 杉江 昔ながらの陶器屋さんとかかなぁ。でもそういう店、いま少なくなっていますよね。店の奥の下のほうでほこりをかぶっていたり。 ひらばる でも、月に3000個も作るって、すごい数だと思います。すり鉢って、一家に一台あれば、という感じで、頻繁に買い替えるものでもないと思うのですが。 杉江 どこで売れているんだろう(笑)全盛期は、週に2回火入れをしていて、職人も15人くらいいたんですよ。

時代の変化に合わせたすり鉢の挑戦

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かわいい模様がほどこされた小さめサイズのすり鉢
杉江 すり鉢って「これは欠かせないものだから」って結婚するときの嫁入り道具のような形で代々受け継がれてきた道具だったんですよね。でも、食生活が変わって、受け継がれてきたつながりが途切れちゃっている気がするんですよ。それが少し寂しいです。 ひらばる そんな中で、新たなニーズもあるように感じるのですが。先日のデザインフェスタでは、絵付けされたたすり鉢にかなりの人だかりができていました。 杉江 「かわいい」って言って買ってくれるんですよ。意外だったし、うれしかったですね。 ひらばる 伝統的なものに模様という新しい要素が加わって、若い人の心をくすぐるのかなと。それに、土って触るとなんだか安心しますよね。だからゴンと重たい土の感覚が残るすり鉢に惹かれるような気もします。 杉江 核家族化が進んで、小さいサイズのすり鉢の需要も高まっていますね。年配の人でも「うちに大きいのがあるんだけど、夫婦ふたりだと使わなくなったのよね」って、 小さいサイズを新調してくれる人もいて。 ひらばる 私が購入したのは、4.5号の14センチ。こんなかわいいサイズがあるんだ、と思いました。
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サイズいろいろ!(写真提供:ヤマセ製陶所)
杉江 昔は7号サイズ(21センチ)のものが多くて「それ以上小さいのはすり鉢じゃない」なんて言われてました。いま一番小さいのは、3号で9センチくらい。ゴマがすれるサイズなんですが、イベントに出すと人気でわーって出ていっちゃう。

やっぱり、茶色いすり鉢を売りたい

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これぞザ・すり鉢(写真提供:ヤマセ製陶所)
ひらばる すり鉢をつくる中で、悩むことはありますか? 杉江 技術的な壁で悩むことはいっぱいありますよ。あとやっぱり不安に感じるのは、茶色いすり鉢をずっと作り続けて先があるのかな、ということですね。 ひらばる イベントでは、絵付きのすり鉢をメインで販売されていますよね。茶色いのもすごくかっこ良いと思うのですが。 杉江 時々お客さまに「茶色いのはないの?」って言われるとすごいうれしいですね。やっぱり自分は、茶色いすり鉢を売りたいんですよ。これこそすり鉢じゃないですか。それにうちのすり鉢、綺麗なんですよ。自画自賛ですが(笑) ひらばる こだわりのほどは? 杉江 ほんとうにね、心を込めて丁寧につくってあります。櫛目も綺麗だし、釉薬の色味もすごく良い。って、自分で言っちゃいかんね(笑) ひらばる とろりとした色味がなんとも美しいと思います! 茶色のすり鉢を伝え続けるために、絵付けのものにも挑戦されたとうかがいましたが。 杉江 そうなんです。お店でほこりかぶってるんじゃなくて、人の目の届く所に置いてほしいし、少しでも多くの人にすり鉢のことを見直してもらいたい。そのために、はじめは作家さんとコラボしてすり鉢を作りました。 ひらばる どのようなすり鉢ができあがったのでしょう? 杉江 「白・黒すり鉢」といって、真っ白なすり鉢と土味のある黒いすり鉢を作りました。北欧系な感じで、すごく評判が良かったですね。絵付けのすり鉢も、そうした取り組みの一つです。
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作家の冨本大輔さんとコラボした白と黒のすり鉢(写真提供:ヤマセ製陶所)

職人自らがイベントに出る価値

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イベントで接客中の杉江さん
ひらばる 絵付けのすり鉢は、いつ頃から作り始めましたか? 杉江 6、7年前くらいからですね。地元の問屋さんがたまたま絵付けしたすり鉢を見て「お店に並べてみない?」って声をかけてくれて。 ひらばる そこで手応えを感じて、イベントにも出展されるようになったのですね。 杉江 いや、お店では手応えはなかったですね。名古屋クリエイターズマーケットにはじめて出展してみて、ビックリでした。うわーって売れて。こっちは売れないって苦しんでるのに、こんなに売れるの? なんでみんなすり鉢ほしがってるの? って。 ひらばる お客さんにとっても、作り手である職人さんが自ら販売してくれるってうれしいことだと思います。それから、たくさんのイベントに出展されていますが、作るのにもお忙しい中で、どんな風に時間をやりくりしていたのでしょう。 杉江 これがほんとに大変でした! 昨年、大反省しましたもん。いろいろ予定を入れ過ぎちゃって、体調を崩してしまったんですよね。やっぱり休むときは休む、というのが大事だなと。 ひらばる ご自身のタイミングで、長く続けていただくことが、お客さまのためにもなるのかなと。それでもやっぱりイベントには今後も出展される予定ですか? 杉江 そうですね。イベントに出るようになって、使ってくれる人と対話ができるようになったり、一度買ってくれた人がまたイベントにきてくれたり。「買って良かった。使いやすいし、洗いやすいし」って聞くとほんとに幸せな気持ちになりますね。

一過性のブームにしたくない

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工房での杉江さん(写真提供:ヤマセ製陶所)
杉江 でもね、やっぱり先への不安はすごくあります。 ひらばる それは、すり鉢が今後どうなっていくのか、ということでしょうか? 杉江 ですね。焦る気持ちがあって、そんなときはただひたすらすり鉢を作っていると落ち着くんです。 ひらばる 海外でも人気になりそうですけれども。 杉江 よろしくお願いします(笑) きっとね、上手に伝えてくれる人が現れたら、もっと広まっていく気がするんです。でも、たとえばテレビで「すり鉢がいいよ」って特集されたりしたら、電話がバンバンかかってきて、その対応で作れなくなってしまうんですよね。すごい注文数がくるんだけ ど、一ヶ月くらい経つと、もういいやってキャンセルが相次いで。 ひらばる それは、すごくかきみだされちゃいますね。 杉江 そういう、いろいろな一過性のブームを見てきましたが、一気に大手が参入して、 あっというまに荒らされて。コツコツと作ってきた人がかわいそうだなって思いますね。 ひらばる ブームによってものづくりの重みが変わっていってしまいますね。 杉江  ただそういう意味では、すり鉢って強いんですよ。商売としての魅力がないというか、要するに、儲からない。みんな手をださなかったんですよね。それがうちが残ってこれた理由かな。 ひらばる これだけ手間ひまがかかっているのに。 杉江 中間業者さんから求められているのは品質より値段だったりするんですよ。でも、お客様は違います。 ひらばる だからこそ、イベント参加も大事にされているのですね。 杉江  そうですね、直接参加して、お客様に価値を伝えながら直売もできるのはすごく魅力です! <商品DATA> すり鉢屋(ヤマセ製陶所) すり鉢屋Facebookページ >>次回は、杉江さんのプライベートとヒット商品に迫ります! (取材・文 ひらばるれな)
研究員プロフィール:平原 礼奈

mazecoze研究所代表
手話通訳士
「ダイバーシティから生まれる価値」をテーマに企画立案からプロジェクト運営、ファシリテーション、コーディネートまで行う。
人材教育の会社で障害者雇用促進、ユニバーサルデザインなどの研修企画・講師・書籍編集に携わった後に独立。現在多様性×芸術文化・食・情報・人材開発・テクノロジーなど様々なプロジェクトに参画&推進中。

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