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第15回:味噌で、映画で、交わる古民家

石田 恵海 │ 2018.03.08

第14回

前回、出産と分断についての原稿がWebにアップされた翌日、三男を連れてあるセミナーに参加しました。すると、そこでお会いした妙齢の女性に「とっても穏やかなお子さんね。自然分娩でしょ」と言われ、これこれ!と思いながら「あ、この子は帝王切開です」とちょっと苦笑い。女性はしまったという表情。STOP・ザ・こういうの!

お味噌でつながる大寒の1日

さて、春の足音がかすかに感じられるようになってきましたが、気温がまだそう上がらないこともあり、1月終わりに降った雪がまだ溶けず、ところどころ残っています。

「冬の北杜市での営業はお客さまがいらっしゃらなくて大変だよー」と聞いていたので、どうなるのだろうか?とドキドキしていましたが、1月は本当にいらっしゃいませんでした(笑)。

1月2月は休業される飲食店もこちらは多いのですが、弊袋は1年目の今年はどんなものか冬季休業はせずに営業してみようとお店を開けることにしたのです。ですが、「成人式が終わったらパタリとお客さまいらっしゃらないよー」という先輩同業者さんの言葉どおりで、成人式の日後はランチもディナーもノーゲストという日もあり、まち全体がまるで冬眠しているかのよう。

まだうちのお店は予約制なので、ご予約がなかったらお店は開けないという決断ができますが、当日ふらりといらっしゃるお客さまもお受けするお店の場合、ご来客があるのかないのかわからなくても仕込みをして、お店を開けておかなければならないので、ロスも多く、光熱費もかかるでしょうし、自分をモチベートするのも難しいだろうと推測します。冬季休業されるお店が多いのもよくわかりました。

我が家では、定休日でもないのに父親が夜もいっしょに食卓の場にいることでこどもたちは大喜びで、その状況に慣れてくると、逆にお客さまがいらっしゃる日を「えー! 今日、夜お店やるのー」なんてこどもたちが言うように。

1月2月は日・月曜日を定休日にしたので、休みの日にこどもたちと家族そろってスキーに出かけたりもしました。といっても、ここはスキー場に30分以内で着いちゃうロケーション。スキーの概念覆ります

「おいおい!ちょっと待ってよ。たくさんお客さまがパパのお料理をおいしいおいしいって食べに来てくださるから、そうやってクラクラする匂いのおやつを逆立ちしながら食べて(次男)、ボロボロとソファにこぼしながら(次男)、ゲラゲラ笑ってられるんだぜ!(長男&次男)」というと、長男次男ふたりして本当にゲラゲラ笑いながら「そうでした、そうでした。ごめんなさい、ごめんなさい」と本当に理解しているのかどうなのか軽口をたたき、確実に意味を理解していないであろう三男までも、兄たちが楽しそうな様子を見てコロコロと笑うのでした。

そんな静かな1月のなかでも、大寒の日である1月20日は古民家にたくさんの人が訪れてくれました。

木樽で仕込む味噌づくりの日です。一年で一番寒い日といわれる「大寒の日」は水の温度も低く雑菌が繁殖しにくいため、「寒仕込み」で仕込む日本酒やお味噌はおいしいといわれています。せっかくだから、この日に仕込もう!ということになったのでした。

昨年3月11日、まだ改装途中の古民家のお披露目と味噌づくりを兼ねて開催した時は60名近い方がご参加くださり、とってもいい時間を過ごしました。東京方面からいらしてくださった方、甲府から、長野から、北杜市内から……さまざまな地域で暮らす人々が、宿場町というかつては人が行き交っていた今ではちいさな集落に味噌づくりで集いました。

遠くは東京や埼玉からも参加があった手前味噌づくりの会。総勢30名ほど集まった。うちのこどもたちもいつの間にか参加して、味噌団子を木樽に入れる場面では率先して投げつけていた。

そして、11月にはその味噌を仕込んだ木樽を開いて、みんなで味噌を分けて、味噌ランチをいっしょにしました。木樽で仕込んだ味噌はほんのりした樽香と木樽仕込みだからこそのまろやかな味。こんなに違うもんなんだねと、みんなで驚きました。そこで木樽仕込みに味をしめたみなさんが、今年1月もいらしてくださったり、これまで自分で味噌づくりはしたことはあったけれど、木樽で仕込んだことはなかった、という方の参加もありました。

この日は味噌の木樽仕込み以外に、古民家の畳の部屋を使ったドキュメンタリー映画『いただきますーみそをつくる子どもたち』の上映会や味噌ランチ会も開催。味噌づくしの1日となりました。

味噌って家族で食べる1年分の量をちゃんと仕込もうとすると、けっこうな重労働なんですよね。きっと昔は家族や親戚総出でわいわいやりながらつくったのではないかと思います。1月の味噌づくりの日は大寒なのにポカポカ陽気だったので、味噌づくりの全行程をお庭でしたのですが、老若男女みんなでわいわいやっている様子はさながら親戚一同のよう。

味噌づくりは何度も経験しているうちの子どもたちも、「ま~た、味噌づくりー!」なんて言って、最初は家で遊んでいたものの、いつの間にか外に出てきていてミンサーを回していたり、味噌玉を木樽の中に投げつけていたりと楽しそうに味噌づくりに参加していました。

次男にいたっては「オレ、明日も保育園で味噌づくりなんだよね」と、「オレ、明日も渋谷でライブなんだよね」と同じ調子で言っていて「味噌ライブ、2DAYSかよ!」と笑いましたが、それくらいこちらでは味噌づくりが盛ん。この次男は八ヶ岳移住3年目に入ったところなのに、甲府の老舗味噌店「五味醤油」6代目社長・五味仁さんと発酵デザイナーの小倉ヒラクさんでつくられた『手前みそのうた』をダンス付きでフルで歌えるほどの味噌男子に成長しています。

味噌づくりは何か人を惹きつけるものがあるのでしょうか。昨年参加してくださって、この1月の味噌づくりには日程が合わずに参加を断念された東京在住の方から、3月くらいにまた味噌づくりの会を開催しませんか?といったお問い合わせを頂戴したり、1月に参加された方がもっとつくりたくなったから、また開催しませんか?と言われたり。なんでしょうね? この「味噌が好き」ではなくて、「味噌づくりが好き」という熱は。

みなさんのご要望にお応えして、追加味噌の会を3月24日に開催することになりました。『大人気により追加仕込み!!木樽で仕込む「てまえみそ」づくり』、どなたでもご参加できますので、ご興味のある方はぜひご参加を!

ゆるやかに時間を共有する映画館という存在

この味噌の会ではドキュメンタリー映画『いただきますーみそをつくる子どもたち』の上映会をしましたが、3月10日11日にはカレー付き映画上映会として『世界でいちばん美しい村』を、5月には『さとにきたらええやん』の上映会を計画し、広い畳の部屋を「キネマたたみ」と称して、そこで今年は精力的に映画の上映会をしたいと考えています。

上映会というと、100人以上は入るホールを借りて、行政の後援や企業の協賛などをいただきつつ、ボランティアスタッフ総動員みんなで力を合わせてお祭りのように集客されるパターンが多いように思うのですが、私がしたいのは私ひとりで運営できる程度のミニシアター的なちいさな上映会。入場料は安価にはできないし、それでも赤字にならないことが目標という感じの上映会です。

畳の部屋で座布団に座って鑑賞するスタイル。冬の古民家はすこぶる寒いので、上映会は無理かと思ったが、ファンヒーター2台フル稼働させたら冬でも開催できるとわかった。そうはいっても、圧倒的に人が少ない北杜市。上映会の集客には毎回苦労する

『世界でいちばん美しい村』のチラシが刷り上がってきて、「これ、ママの映画のCMの紙?」と次男が言うのでそうだと答えると、こう聞かれました。「なんでママは映画をやってるの?」。「だよねー(儲からないのにね)。なんでだろうね?」。本当に私はなんで映画の上映会なんてやっているのだろうか?と思いました。

すると、そこへ私のパソコンで何やら検索していた長男がパソコンの画面をまっすぐ見たまま「ママは映画が好きだからだよ」と投げ込んできました。ほほーっ。

かつて映画館に私は勤めていたことがあるのですが、そこに勤めていたスタッフは皆、当然のように筋金入りの映画好きな女性たち。若いのにみんなよく見ているなーと感心するほどで、彼女たちの熱に比べたら、私なんて映画好きだなんて恥ずかしくて言えないくらい。じゃあ、なぜ映画館に勤めていたかというと、その映画館が好きだったからです。

その私が勤めていた「下高井戸シネマ」は、古くからの商店街の端にある映画館。モーニングショーではご年配向けの映画を上映したり、日中は旧作を2本立てで上映したり、夏休みや春休みはこども向けアニメ映画を上映。レイトショーではマニアックな映画や懐かしい映画、映画好きな方や映画関係者が喜ぶような(たとえばATG特集、アレクサンドル・ソクーロフ特集、北野武特集、イラン映画特集……)特集を組んでいて、老若男女多種多様な人が訪れる、街の映画館だったのです。

私が辞めた後、閉館の危機があったのですが、街の人々の支えがあって復活し、さっきチラリと下高井戸シネマのサイトを見ると、「さよなら さんかく またきて しかく」なんていうユニークなタイトルでドキュメンタリー映画の特集をしていました。今でも変わらず、街の多様な老若男女に愛される現役の映画館です。

私は名古屋から上京し、文章の勉強をし直しながら、リクルートの当時の超花形部門で進行管理などいわゆる雑用をしていました。しかし、自分のやりたいことと現実とのギャップが苦しくて、毎日1時間近い通勤ができなくなってしまい、半年ちょっとで逃亡。モラトリアムな時期を埋めるように過ごしていた時間が、この映画館での勤務だったように今振り返ると思います。

シネマ勤務も1年くらいだったのでしょうか。どれくらいいたのか定かではないのですが、映画館退職後、私はライターとしてしっかり修行しようと覚悟を決め、編集プロダクションに8年間勤めて、その後フリーランスになりました。

2月初旬は我が家はインフルエンザに泣き、いつも元気な次男もヒイラギで威嚇したものの、最後にもらった。また、東京で3夜だけのポップアップレストランをしたり、北杜市内のレストランのシェフたちが一同に会す野外イベント「北杜シェフズバル」にも出店。弊袋らしからぬラーメンと串揚げを出したが、2日分用意した食材が半日でソウルドアウトという誤算だった

映画館という空間は、とっても私的な感情とつながりの深い場所だと私は思っています。暗い空間のなかで映像と物語の旅をしながら、自分の内側を揺さぶられ、自分では計算できない想いが吹き出される約2時間。映画が終わった時、「ありがとうございました」という言葉かけだけなのに、観客の方それぞれ個人と別段会話はなくとも「……ね?」「……でした」と漏れ出た私的な感情を受け止める機会がままあったのですが、映画館でのそんな私的なボソボソとしたやりとりが私は好きなのでした。

3月10日11日に開催するカレー付き映画上映会もそのボソボソとしたやりとりの最たるもののような企画じゃないかと思っています。

3月11日は東日本大震災があった忘れられない日ですが、この日、自分ひとりではなく、誰かと過ごしたいという思う人は、きっと私だけではないと思います。上映する映画『世界でいちばん美しい村』はネパールの震災で被災した地域のドキュメンタリー映画なのですが、いわゆる悲しみと絶望と復興という震災映画特有のステレオタイプの物語とはちょっと一線を画した映画です。

この映画を映画館という空間で観客として共有し、その後、ネパールカレーをみんなで食べることで、映画や震災やネパールへの私的な思いをボソボソと話したり、カレーといっしょに飲み込んだりしながら、ゆるやかなつながりのなかで過ごそうという企画です。

自己紹介してチーム分けして積極的にみんなとつながろうつながろうというようなのが苦手な、でもゆるやかにつながれたらいいよね、という人ってけっこういるんじゃないかと思い、私もその部類なので、そんな私的ボソボソゆるやかつながり上映会にしてみました(笑)。しかも、カレーは同じ北杜市の小淵沢にTARAさんというネパール料理店があり、「ネパールつながりということで、出張カレーしていただけないですか?」と相談したところ、快く引き受けてくださったのです。『映画「世界でいちばん美しい村」カレー付き上映会』、こちらもご興味ある方は、ぜひいらしてくださいませ!

「ママはさー、映画館が好きなんだよね」。こどもたちにそう言うと、長男次男はそろって「ああ、わかるよ」という顔をしていたのですが、どなへんをわかってくれたのは定かではありません。まだ彼らとはシネマコンプレックスにしか行ったことはないのですが、きっと5年、6年という短い人生経験でも2時間の映像と物語の旅をしながら、自分の内側を揺さぶられ、自分では計算できない想いが吹き出されているのだろうなと思うのですよね。

そんな彼らも10代、20代になったら、モラトリアムな時期を私のように、ちいさな映画館に逃げ込むように映画を見たりすることもあるのかな? 彼らが大きくなっても、ミニシアターという存在があってほしいなぁと願います。

私たちが暮らし、お店をしている「長澤」という地区は、本当にちいさな集落なのですが、ここはかつての宿場町。そしてお店になっている元「問屋(といや)」は地域の方、遠くの方が行き交う物流の拠点でもあったわけです。食がつなぐご縁、味噌がつなぐご縁、映画がつなぐご縁……。いろいろな地域から多様な方々が訪れ、交わうこと、私はそれを自分が思っている以上に意識しているので、きっとこの地のご先祖様に何か導かれているのではないか。なーんて、最近思ったりしています。

夏あたりに地域の子どもたちやご年配の方など老若男女多様な方が楽しめる、古民家映画祭でもやろうかな。

石田 恵海(いしだ えみ)

1974年生まれ。ビオフレンチレストランオーナー&編集ライター
「雇われない生き方」などを主なテーマに取材・執筆を続けてきたが、シェフを生業とする人と結婚したおかげで、2011年に東京・三軒茶屋で「Restaurant愛と胃袋」を開業。子連れでも楽しめる珍しいフレンチレストランだと多くの方に愛されるも、家族での働き方・生き方を見直して、2015年9月に閉店し、山梨県北杜市へ移住。2017年4月に八ヶ岳ガストロノミーレストラン「Terroir愛と胃袋」を開業した。7歳と6歳と1歳の3男児のかあちゃんとしても奮闘中!
Restaurant 愛と胃袋


第1回:ハロー!新天地
第2回:熊肉をかみしめながら考えたこと
第3回:エネルギーぐるり
第4回:「もっともっとしたい!」を耕す
第5回:「逃げる」を受容するということ
第6回:生産者巡礼と涅槃(ねはん)修行
第7回:「ファミ農」、はじめました。
第8回:東京から遠い山梨、山梨から近い東京
第9回:土と水と植物と身体と
第10回:自立と成長のこどもたちの夏
第11回:自分らしくあれる大地
第12回(前編):今年は引越・入学・転園・開業・出産!
第12回(後編):今年は引越・入学・転園・開業・出産!
第13回: 素晴らしき八ヶ岳店スタート&出産カウントダウン!
第14回:出産から分断を包み込む
第15回:味噌で、映画で、交わる古民家
第16回:夫、妄想殺人事件!


研究員プロフィール:石田 恵海

つくるめぐみ代表
得意なテーマは自ら実践する「田舎暮らし」「女性の起業」「自由教育」。八ヶ岳ガストロノミーレストラン「Terroir愛と胃袋」女将であり、「自分らしい生き方」などをテーマとした編集・ライターでもあり、三兄弟の母でもあり、こどもたちをオルタナティブスクールに通わせている。「誰もが、オシャレしてメシ食って恋して仕事して、最期まで自分を生きられる、自立した社会づくりに貢献すること」を理念に活動。2020年より古民家一棟貸しの宿、棚田を愛でながらコーヒーを楽しむカフェ・ギャラリーも開業する。
Terroir 愛と胃袋

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