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第3回:エネルギーぐるり

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ほっしゃん

エアコンが太刀打ちできない寒さの救世主

こちらに来て2カ月、厳しい寒さにもようやく慣れたと同時に、山梨の冬も終わりに近づいてきました。庭から小さなかわいい芽がちょこちょこと出ているのを見つけ、こどもたちと春の訪れを喜んでいます。
山梨に引っ越したのは一番寒い1月でしたから、最初のころは朝が寒すぎて次男が泣きました。寒くて泣く人を初めて見ましたが(笑)、確かにこれは3歳児がこれまで経験した寒さの中では一番かもしれません。
なにせ、窓や玄関ドアの下の部分が凍って、窓やドアがなかなか開かないこともしばしばでしたから。つららが垂れ下がる光景はこどもたちにはもちろん、名古屋と東京育ちのおとなの私の目にも新鮮に映りました。
まず自分の家につららができる状況自体、想像したこともありませんからね。こどもたちといっしょに大興奮して、つららをライトセーバーに見立ててブォーン! ブォーン!……だなんて、よい子はマネしてはいけませんよ!

アラジン

ゆらゆらする青い炎が美しいストーブ「アラジン」。2カ月の付き合いにして、早くも我が家の重鎮

こちらでは石油ストーブのほか、薪ストーブを使っているお家やお店なども多く、私たちがはじめたいお店でも薪ストーブの導入を考えています。
穏やかな暖かさと料理にも役立ってくれること、燃料となる薪が比較的手に入れやすい地域だということ、そして木は薪として使える大きさに成長する過程に二酸化炭素を吸収して育ち、薪として燃やした時にその二酸化炭素が空気中に排出されるという持続可能エネルギーであることが導入したい理由です。

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コーヒーを淹れようと思った時はすぐにお湯、豚汁を煮込みながらこどもたちの上履きも乾かせる我が家の敏腕家事ヘルパー

3.11を経験して感じた電力依存

話は東京に住んでいたころにさかのぼります。
長男は東日本大震災が起きる2週間前に生まれ、生後1週間健診以外の彼のはじめての外出は「避難」でした。
当時、私たちが暮らしていたマンションは12階だったために地震の揺れがひどく、部屋中がめちゃくちゃになりました。もしもこれ以上の地震がきたら……と考え、私は長男を抱えてかつて勤めていた会社に飛び込みました。
長男が生後2週間ということは、私自身もハハになって2週間のド新米です。私は1日や2日、何も食べなくても大丈夫だけど、この子のライフラインは私しかないじゃないか。この非常事態に体が緊張しておっぱいが出なくなったら、この子は死んでしまうかもしれない。そうおびえました。
私は息子に乳をあげつつ、仕事を終えた夫が夜遅く迎えに来てくれるまで、元勤務先でひとりおっぱい体操をしていた、あの夜のことを私は一生忘れません。

私たちが住んでいた地域は停電にこそなりませんでしたが、3.11によって多くの方が思ったように、私も東京での暮らしはあまりにもエネルギーを電力に依存しすぎではないかと、あらためて恐ろしく思うようになりました。
マンション暮らしでは石油ストーブの利用が禁止のところがほとんどですから、暖房器具はどうしてもエアコンに頼りがちですし、もっと寒い時期に同じことが起きて停電になったとしたら、私は長男とどうしただろうか。時折、そんな現実には起きてほしくないシミュレーションをしては恐怖を覚えました。
その後、立ち上げた子育てサークル「おやこのおへそ」では、万が一の災害現場ではこどもがいるのといないのでは用意するものも行動も起きりうることも違うはずだと、子連れならではの「子連れ防災講座」や「こどもの応急処置講座」といった勉強会を開いたりしていました。
ところが、日常的な電力依存、家庭で消費するエネルギー源の分散化となると、実践的には電気の節約くらいで、節約することももちろん大事なのだけど、ダイナミックな転換ができないままでした。
寒さにエアコンが太刀打ちできないことを「痛快」と書いたのは実はそこです。かつてあれだけ電力依存をどうにかしたいと思っていたのに、住む場所を変えたら、地域特性によって電力依存度が下がるじゃないかと。それを愉快に感じたのでした。
もちろん、石油やガスなどは化石燃料なので、限りのある資源であることや二酸化炭素や窒素酸化物の排出など、別の課題はあるのですけどね。

湯たんぽ

右ふたつの湯たんぽは母親が送ってくれたもので、真ん中は私が生まれた時に使っていた年季もの。左はトタン素材でアラジンの上に直接乗せて沸かせる

自然エネルギーの現場に暮らして

一方、東京にはない、山梨のなかでも特に北杜市ならではのエネルギーに関する課題もあります。「太陽光発電のソーラーパネル」設置の増加です。北杜市は日照時間が長く、特に私たちの仮住まいのある明野町は日照時間が日本一だと言われている地域にあります。それだけにソーラーパネルの設置も非常に多い場所です。
物件探しをしていても、手頃な金額の物件を紹介されて現地を見に行くと、お隣の土地にはソーラーパネルがズラーッと並んでいて「なるほど、金額が手頃なわけだ」とすごすご帰ってくる、なんてことを何度も経験しています。おかげで、その物件そのものも大事ですが、周辺状況に関する聞き込みをしっかりするようになりました。

昨年、北杜市はパネル乱立を防ぐために景観規制を始めましたが、すでにソーラーパネルの設置の申請が通っているのが数百件あるとも聞きます。山や森林を切り崩してソーラーパネルが設置されている様子もいくつも見ていますが、自然エネルギーを生み出すために、自然を破壊するのはどうも納得のいかないところです。
ソーラーパネルの太陽光によってつくった電力を電力会社に売電するわけです。ソーラーパネルが増えているということは太陽光の電力が売れるからにほかならないのでしょうが、3.11後、昨年8月に川内原発が再稼働されるまで日本の原子力発電所はすべて止まったままでしたが、その間、日本が電力不足に陥ることは一度もありませんでした。そんな状況において、売電によって電力会社が支払っている費用は「再エネ発電賦課金等」として国民が支払っていますが、そこまで国民にさせて大手電力会社は太陽光の電力がまだまだほしいの?と不思議に思ってしまいます。

かくいう私も、実は新しいお店や自宅の屋根を使った太陽光発電を検討しているのですけどね。といっても、私は電力会社に売電するのではなく、自家発電したものを自家消費するためにソーラーパネルを導入し、いわゆるオフグリット生活に挑戦したいと考えています。 現状の太陽光パネルは寿命が20年~30年といわれていますし、リサイクルが難しい部分は産業廃棄物になるという課題もあります。そう思うと、自然の恵みを活用したエネルギーは大きなビジネスにするよりも、個人や村、集落など小規模で消費するのに向いているのではないかなと思います。エネルギーの地産池消です。
太陽光発電だけでなく、こどもたちと散歩している途中で、雪解けの水がすごい勢いで流れている水路を見ては、こどもたちには「あんまり前のめりで見ていると落ちるぞー!」とか言いながら、心のなかではここにマイクロ水力発電機を置いたら、これだけでうちの集落の電力まかなえちゃうんじゃねー?とか思っていたりするのです(笑)。

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思い思いに雪遊びする子どもたち

今春4月より電力自由化になることで、私も電力会社をぼちぼち調べているのですが、そんな時にふと思うのです。東京に住んでいたら、自然エネルギーを推進する電力会社をそうよく調べもせずに選んでいただろうな、と。
こちらに来て、個人の家の屋根の上にあるソーラーパネルから巨大メガソーラーまで、太陽光発電のさまざまな現場を見て、いろんな事情を聞いていると、自然エネルギーを売る電力会社を両手放しではやっぱり応援できないな。情報公開をちゃんとしている企業をしっかり吟味していかないといけないな、と。
いっそ、有機野菜のパッケージのように、誰がつくった電力なのかわかるようにして売ってもらえないだろうか?なんて思ったりして。もし可能ならば、多少値が張ったとしても、障害福祉サービス事業所や更生保護施設、児童養護施設の屋根を照らす、ウェルフェアトレードな太陽エネルギーを私は選びたいな。

石田 恵海(いしだ えみ)

1974年生まれ。オーベルジュ開業準備中&編集ライター
「雇われない生き方」などを主なテーマに取材・執筆を続けてきたが、シェフを生業とする人と結婚したおかげで、2011年に東京・三軒茶屋で「Restaurant愛と胃袋」を開業。子連れでも楽しめる珍しいフレンチレストランだと多くの方に愛されるも、家族での働き方・生き方を見直して、2015年9月に閉店。山梨に移住し、新たにオーベルジュとして開業する準備に、3歳と4歳の年子男子のかあちゃんとしても奮闘中!
Restaurant 愛と胃袋

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キーワード:暮らし
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